月刊 虚船学園ウエツフミ 号外

 まず私がこの物語を説明するに当たって一つ断っておくと、このS県赫蟲市あかむししを巻き込んだ一連の怪現象について明確な終わりがないということです。

 というのも現在私は全ての怪事件を経て、こうして記事を書いているわけなのですが、それら事件を一応は私達なりに解決へ導いたものの、未だ完全な終息には至っていないという事実を改めてこの場にてお伝えしておきます。

 ではなぜ私どもがそのような曖昧模糊とした状況でこの事件の概要を書き連ねているのかと言えば、それは傍観者であったはずの我々も、【彼ら】の一員となってしまったからだと言わざるをえないのです。

 ミイラ取りがミイラになる。まさにその諺とそっくり同じ状況にあるわけなのですが、不思議と私はこれで良かったのだと納得しつつあります。それはやはりこの物語の主人公である彼、新入部員である石積幽児も同じであるはずで、だからこそ彼も現在こうして私と並んで記事を書いている次第なのです。


 ――さて、まず私はあなた方にこの事件の始まりを話さなければならないと思う。しかしこれらは事件の埒外である単なる導入に過ぎず、本質を語る上での意義は特段ないのかもしれません。ですがそれでも私は紙面の貴重な文字数を割いてまで、これらの出来事をあなた方に真摯に語ろうと思います。なぜならこの事件の始まりの主役である【彼ら】こそが、何を隠そうこれからの事件の終息に必要不可欠な存在であるからです。

 それでも聡明なる読者様の中には、無駄なことを省いて簡潔に結論を述べるべきだ、そう合理的に考える方もいらっしゃるであろうことは私どもも重々承知しています。正直に申しますと、別に大まかな概要を結論に向けて軽く説明しても全く構わないのですが、いかんせん今の私達はこの如何ともし難い特殊な状況に興奮し過ぎているのです。

 とにかくあの事件を終えて今我々が思っていること、これら精神を蝕む厄介な感情を全て吐き出さないことには、この事件の締めくくりを納得して話せそうにもありません。ですので奇怪なるこの新聞の愛読者であるあなた方には少し退屈かと思われますが、どうか我々部員どもの壮大で深淵な、あの痛ましくも勇壮な冒険の独白を大らかな態度で見守ってほしいのです。ある意味でいえば、そうすることで【彼ら】不浄なる魂を持つ憐者達を見送ることの出来る、唯一の鎮魂歌レクイエムとなると私個人は信じています。


 ……そろそろよろしいでしょうか? 覚悟は決まりましたでしょうか? この奇妙で陰険なる三文記事を、今この寂れた廃校舎で読んでいるあなたは、おそらく、いえきっと、永久とこしえの眠りについたはずの【彼ら】が今にも背後から襲ってくるかもしれない、そんな妄想めいた恐怖としかと戦っているものだと了承しています。

 こんな人間はおろか野生動物さえも近づかない寂れた場所にわざわざ足を運ぶくらいなのですから、あなたも我々同様に相当のオカルトフリーク変わり者なのでしょう。だからこそ同好の士として申し上げますが、今この時点でかの事件の真相を知ることに少しでも迷いがあるのならば、すぐにこの廃校舎から退散して全てを忘れることを私は強く勧めます。


 ……どうして? と、ここまで読んだあなたはそう思っているのでしょうか? もし現時点で私の言う意味が分からないのであるならば、やはりすぐにでも逃げるべきだと思います。

 今、あなたが読んでいるこのたかが地方の学生新聞、ですがその性質と成り立ちを既に知り得ている姑息な熟練者マニアならば、もうとっくに読むことを諦めて退散しているはずなんです。

 もしもあなたのいる時間軸での今が黄昏時ならばそれは手遅れ、周囲の空間が漆黒に包まれた闇夜ならば全てを諦めて、この続きは自らが死者であると自覚して覚悟して読むべきです。そしてその読み終えた果てに待つ【何か】を、あなた自身の朽ちかけた身体と心とで痛感してください。


 ……少々前置きが長くなり本筋とずれてしまいましたが、これも全てはこの新聞を次の世代へと伝えるための自衛的手段でもあるのです。何度も言いますが、これは我々部員の為でも、学園関係者の為でも、ましてやあなた方読者の為に存在しているわけではなく、全ては【彼ら】のために存在るのですから。


 ……それではそろそろ件の事件の始まり――【彼ら】の過ちを僭越ながら私どもが微に入り細を穿って説明しようと思います。本来はこのまま新聞記事として読者を楽しませるべきなのですが、今年からは時代の流れという逆らえない状況も相まって、趣向を凝らしてこういう具合に説明を行おうと思います。


 いくら時代錯誤な趣味を持つあなた方であっても、スマートフォンくらいは当然お持ちですよね? さすがにこの時代で必需品とも言えるそれを持っていない人間は、まっとうに社会に関わる生き方を選択している限りはありえませんよね。もしも不幸にもスマートフォンを現時点でお持ちでいないならば、それはあなたの責任、私どもでは贖えない罪であるので、その時は潔く背後にいる【彼ら】から厳正な罰をお受けください。何にでも言えることですが、皆が持つべき常識を持っていないという事実は、それ自体が罪であり自らを貶めている業と同じです。ですのでまことに残念ですが、この時点で我々の希望に添えない方は、自らの罰として【彼ら】の贄となることでお静かにお願いします。


 それではその他の幸運な方々には、まずは当然の備えるべき事案をわざわざ説明したことへの非礼を詫びると共に、早速下記に示されたコードをスマートフォンにて読み込んでくださることをお願い申し上げます。

 そうです。これは二次元バーコードと呼ばれる、ウェブ上の指定されたフォーラムに繋がる簡易的なリンクです。そのバーコードを読み込んで飛んだ先に、私共が今回の事件の経緯を纏めた動画や文章を時系列順にとある時点までアップロードしておきました。それから先の記事は時期を見て我が優秀なる部員たちが各々更新しますので、読者様方にはメールアドレスの登録と随時メールチェックを重ねてお願い致します。

 こういった試みは何分私の代で初めてのことで些か不安ではありますが、それでも昨今の若者たちにはこうした仮想ツールを介した方法のほうが没入しやすいかと考え、こういった手法を新たに取り入れさせてもらいました。かくいうこの記事の筆者であり若者の世代でもある私においても、手書きの新聞を廃校舎の掲示板に直接張るだけ、というのは少々作法が古すぎると常々思っていましたので。


 ……ああ、それと一言注意をしておきますが、このウェブ記事を講読するならば最後の更新まで読み切ることを絶対に放棄しないでください。もしも私共が更新するこの新たな形式の新聞を途中で降りるという暴挙に出るのであれば、それはきっと我々ではなく、【彼ら】があなたを許さないことでしょう。

 それこそ今あなたが最も恐れている現象――例えば神隠しのような突然の失踪などが、遠からぬ未来の内に自身に降り掛かるのはまず間違いありません。ネットを介してこの秘匿されていた新聞が読みやすくなったことで、その分【彼ら】に恐怖する尺度も時間も比例して長くなったのです。もはや前代のようにこの新聞を読み終えたからと言って、この校舎を出ても安全とは言い切れません。なぜなら我々が記事に起こすことで鎮魂していた事件、それはまだ終わりを迎えていないことを意味するのですから……。


 それでは新体制の運びとなり読者様方には色々とお手数おかけすることになりますが、今回のこの赫蟲市街に起きた大いなる変容、その始まりと収束の物語を新たに生まれ変わった【僕ら】視点でお楽しみください。


 きっと大いに恐れさせることはあっても、他趣味に逃避させるほど退屈させることはないでしょう。今までの活動以上にあなた方の脳髄を楽しませることを、当代の責任者である私、九門砂螺くもんさらは固く保障致します。もしもこれから提供する記事に御満足いただけない、そういった意見を少しでも抱かせてしまったのであるならば、遠慮なくその旨をメールフォームにてお叱りください。その際は我々部員一同、そして【彼ら】と共に、退屈という罪科をあなたに与えた非礼を誠心誠意御詫びに参ります。ですので敬虔なる読者であるあなた方は、御安心してこの新聞を存分にお楽しみいただくよう、重ねてお願い申し上げます。


 ――歪さの澱オカルトを愛するあなたの御身に、至上の喜び、そして大いなる不幸が訪れますよう……

                

             虚船うろぶね学園高等部 第二新聞部部長 三年E組 九門砂螺

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オカルト学園新聞部 【虚構都市】 亀男 @saei0425

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ