後編


 古い洋館を改造した、アミの呪術館。

 アミは、依頼人の女性に関わる姑と夫の、有りのままを見通した。

 これから依頼人の『怨み』を『呪い』に代える工程が始まる。


 紅茶を注ぎ足したティーカップを片手に、アミは女性を眺めて、

「そうねぇ。姑は人前で、お漏らししちゃう呪いが丁度良いかしら」

 と、言った。

「えぇっ?」

 大人しそうな女性だが、目を見開いて驚きの声を上げた。

「楽しそうに虚言ベラベラしてる最中、本人の無意識にドバッとね。口先だけでどうにもなりやしない。そんな時に配慮してもらえるような日頃の行いもしていない。その瞬間は、なにこれなんなのって喚き散らすけど、余計に人目を引くでしょ? 周りの人たちに、あまり大声で人目を引かない方が良いわって眉をひそめられて、あなたみたいな巻き込める人も周りに居なくて逃げ出すの。それきり表に出なくなるわ」

 眉を寄せたり口元をニンマリさせたりしながら、アミは話した。

 女性は蒼ざめながら、

「でも、そんな……」

 と、困惑の表情でつぶやいた。

「もちろん、お屋敷であなたや使用人たちに暴言を吐こうとしてもお漏らし。それが三十日間だけ続くわ。その間にも虚言暴言をやめて、相手を配慮できる言動が出来るようになればお漏らしは治るようにしておきましょう。三か月後にお漏らしが治ってる事に気付くけど、態度は元に戻らないわね。自分が目撃者の立場なら、何を言っても『人前で漏らしたくせに?』って付けるから。自分もそう思われるって思うのよ。人の気持ちとか日頃の行いってものを学べる、いい機会になるわ」

 呆然としている女性に、アミは続ける。

「夫の方は、それを機に母親からあなたに乗り換えさせるわ。あなたは良い気がしないでしょうけど、人前でお仕事できなくするわけにはいかないものね。姑への呪いの発動と連動するようにしましょうね」

「良いんでしょうか……私のせいで」

 視線を泳がせ、女性は動揺を隠せない様子だ。

「あら。ついでに言っておくと、因果応報の域を出てしまう呪いは完成しないのよ。逆恨みで、何の罪もない人を不幸にする事はできないの」

「そうなんですか?」

「そうよ。それを言うと、使えない呪術師だとか言い出す人もいるけどね。私に逆恨みと見抜かれた時点で、その人はありのままの事実という弱みを私に握られているの。普通なら大騒ぎしそうな自己中も、大人しいもんなのよ」

「……なるほど」

 女性は、頷くような首を傾げるような仕草をした。

「口切りは何にしましょうか……あぁ、ちょうど良いわ。明日、あなたはワイナリーにお使いを言われてるのね。そこで、サービスのリンゴをくれるわ」

「はい。確かに明日は人気の赤ワインが新酒として売り始めるので、予約してあるものを取りに行きます」

「ブドウ畑の隅っこで実ったリンゴは、予約特典なのね。私も予約すれば良かった」

 そう言いながら、アミはティーカップを口へ運ぶ。

「ワイン、お好きなんですか」

「嫌いじゃないけど。異国の透明な、サケっていうのが好きなのよ」

「サケ、ですか」

 聞き手に回ってしまう女性に、アミは苦笑して見せ、

「ごめんなさいね、脱線したわ。あなたの怨みをリンゴに封じ込めるからね。明日もらうリンゴと一緒に持ち帰れば、あなたの姑と夫は真っ先に呪いのリンゴを口にするはずよ」

「呪いのリンゴ……」

「ちょうど、頂き物のリンゴがあるわ」

 ソファーから立ち上がると、アミは書斎奥の棚に向かった。

 不気味な仮面や銀細工の宝飾箱と並び、リンゴや柑橘類の盛られたフルーツ皿が置かれている。

 真っ赤なリンゴを片手に戻って来ると、アミは色っぽい仕草でソファーに腰を下ろした。

「さぁ、このリンゴを見ながら、あなたの嫌な記憶や気持ちを思い出してみて」

 両手に持ったリンゴを、アミはテーブルの上へ差し出した。

 頷きながら、女性は真剣な面持ちでリンゴを見つめた。

 アミは白い指先をキラキラと光らせながら、優しくリンゴを撫で回す。

 アミは、リンゴを見つめる女性の表情を見つめていた。


 窓のない呪術館の書斎。

 どこかの窓ガラスが、風にカタカタと音を鳴らしている。

 女性がリンゴを見つめ始めてから3分も経たない内に、アミは、

「いいわ。完成よ」

 と、言って頷いた。

 リンゴは、特に変わった様子もない。

「もう……呪術は完了したのですか?」

 と、女性は目をパチパチさせた。

「依頼者の『怨み』を三分以内に『呪い』に代えること。三分以内っていうのが、私の呪術の制約なのよ。どんな能力にも制約や代償はつきものなの。でないと、恩には礼、罪には罰も成り立たなくなるわ。バランスを崩した状態では、世界は動かないのよ。制約があるから、人間も呪術も存在していられるのだと思うのよね」

「……」

 呆然と聞き入る女性に、アミは優しい笑みを見せた。

「ごめんなさい、また話が脱線したわ。呪いは怨みの強さで形になるの。呪術は、ちょっと導くだけ。怨みが強いほど、呪いの完成は早くなる。あなたの怨みは、お漏らしの呪いになるまで二分もかからなかったわね」

 ティーセットに添えていた白い布巾ふきんで、アミは呪いのリンゴを包んだ。

「はい、どうぞ。あなたには食べたくないものに見えるでしょうね。でも姑と夫には、とても美味しそうに見えるはずよ。卑しくあなたからリンゴを奪い取って、厨房で一口サイズに切らせるとすぐに完食。この呪いは、相応の罰のようなものだから。あの人たちの罪が、罰を呼んでいるのよ」

 アミは、呪いのリンゴを女性に手渡した。

 両手で受け取り、

「……ありがとうございます」

 そう言って、女性は呪いのリンゴを大切そうに胸に抱いた。

「自己中の自己主張って、聞いてる方はうんざりなのよね。私もおしゃべりな方だけど、一緒にされたくないわ。自分を有利に見せるための虚言を、ひたすら他人に時間を使わせて聞かせ続けるなんて、罪にならないはずがないでしょう。でも、与えられた場で必要な発言をしてるだけだし当然の権利だとかのたまうのよね」

 アミも一方的に話しているが、女性の表情は徐々に明るくなっていった。

「あの、もしよければ、また話しに来てもいいですか。依頼ではなくても」

「あら嬉しいわ。とりあえず結果が知りたいわね。いつでも、ここへ来て大丈夫よ。姑に対して、呪いの犠牲者だなんて予想してくれる人はいないから」

 女性は頷きながら苦笑して見せた。

「私も、誰かに怨まれないようにしなくちゃ」

「そうね。日頃の行いが大事よ」

 明るく笑い合い、ふたりは紅茶を飲みほした。


 明るい昼下がり。

 古い洋館から、明るい笑い声が聞こえた。

                              了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3分で呪える簡単魔術 天西 照実 @amanishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ