3分で呪える簡単魔術

天西 照実

前編


 呪術師のアミには三分以内にやらなければならないことがあった。

 依頼された『のろい』を完成させる事だ。


 依頼人が、呪いたい事情を上手く表現する必要はない。

 アミには依頼人の怨みの気持ちや、有りのままの事実を見通す力があるのだ。

 本心を見られるなど敬遠されそうだが、逆に有りのままを誰かに知ってほしいと言う者も多い。

 アミの能力を伴う呪術は、弱い立場の者たちに人気だった。

 今日も、アミの館に依頼人が来る。



 アミは古い洋館の一部を改造して、呪術館を営んでいる。

 真珠色の胸元と太ももを目立たせる、細身の黒いドレス。

 ふわふわの長い黒髪に色っぽい身のこなし。

 性格は姉御肌と来れば、魔女をイメージする者も多いかも知れない。

 だが、アミは呪術師だ。

 依頼人の『怨み』を『呪い』に代える仕事を請け負っている。


 重厚な書斎が、大きなランプの明かりに照らされている。

 魔導書のぎっしり詰まった書棚が並び、怪しげな魔術道具の棚もあった。

 中央には、どっしりとした革張りのソファーが向かい合わせに置かれている。

 ピカピカに磨かれた黒石のテーブルには、金細工の付いたティーセットが並ぶ。

 アミの正面には、頭に被ったスカーフで顔を隠す女性が腰かけていた。

 本日の依頼人だ。

「もう、人目を気にする必要はないわよ」

 と、アミは依頼人の女性に声をかけた。

 軽くお辞儀しながら、依頼人はスカーフを取った。二十代半ばに見える女性だ。

 栗色の髪を頭の後ろでまとめて、こしらえの良いベージュのワンピースを身に着けている。

 優しげな美人だが、その表情は暗かった。

 アミは依頼人を見るとすぐに、

「あぁ、わかりやすいわ。姑と夫ね」

 と、言った。

「――すごい。占い師さんみたい」

 顔を上げた女性は、両手を合わせて驚きの表情を見せた。

「……あら。いきなり始めちゃったわね。ごめんなさい。先に説明するわ」

 咳払いするアミに、依頼人の女性はニッコリと笑って見せ、

「呪術師さんにとっては、いつものお仕事ですものね」

 と、答えた。

「うふふ。フォローありがとう。ちょっとした失敗にも優しい言葉がかけられる。そういう性格を良いように使おうとするのが居るのよね。でも、あなたはそのままで良いのよ」

 言われて女性は目をパチパチさせた。

「優しい人と、優しさにつけ込む人。優しい人が悪いはずないわ。それでも口八丁くちはっちょうで、優しさを曖昧って言い換えてみたり。つけ込むじゃなくてビジネスだの権利だの、誰でもこう判断するだとか。いくらでも言い返してくるわね。でも私は、そういう口八丁で作られた結果じゃなくて、発端から関わる者の言動と心情の有りのままを見抜けるの。当然、あなたの本心も言動も、あなたが忘れている部分も。過去のあなたに遡って見ていくわ。それでも良いかしら?」

 聞きながらアミは、スリットから覗く太ももを、惜しげもなく披露して脚を組み替えた。

「……すごいです。一語一句を長年分覚えている訳でもないので、助かります。私の悪い所もわかれば、教えて欲しいです」

「あなたの姿勢、素晴らしいわ。じゃあ、よく見せてもらうわね。よかったら、紅茶を召し上がっててね」

 アミはソファーの肘掛けに頬杖をついて、女性の瞳を覗き込んだ。


 依頼人の女性は、ゆっくりとティーカップを口に運んだ。

 アミは女性の額辺りを見つめたり、時折小さく頷いたり。

 女性もアミの表情を見つめながら、静かに言葉を待っていた。

「……うん。見せてもらったわ」

 軽く息をつき、アミは紅茶をひと口。ゆっくりと頷いてから、

自己中じこちゅうな姑と、よく似た一人息子があなたの夫なのね。家事の得意なあなたを褒めたたえておいて、結婚したとたんに嫁がやるのは当たり前だと手のひら返し。義理の祖父にあたる老人が最近亡くなるまで、あなたが介護していたのね。祖父から見れば姑が嫁の立場のはずなのに。癖の強い性格の、体だけ寝たきり老人なんて、初めましてで介護するのは大変だったでしょう」

 淡々と話すアミの言葉に、女性は涙をあふれさせていた。

 ポケットからハンカチを取り出し、目頭を押さえて頷く。

 女性のカップにティーポットから紅茶を注ぎ足し、アミは、

「押し付けられた仕事や介護をあなたが片付けたと報告すれば、それを自分がやった事のように他人へ披露して、嫁は何もしないと嘘を付け加える。それを聞いた他人が、あなたに『少しは家の事を手伝った方が良い』なんて嫌味を言ってきて、あなたはやっと姑の虚言に気付いたのね。姑にやんわり聞いても、なぜか自分が被害者のように喚き散らし続けるばかりで、お話にならない。そう。早く言えば、自己中がいつでも自己中すぎて、どうにもできずに泣き寝入りばかりだったのね」

 と、続けた。

「……もう、すっかり無かった事にされてしまったと思っていました」

 つぶやく女性に頷いて見せながら、

「夫も酷いわね。あなたが相談しても、嫁は家に尽くすものだとか偉そうに。介護の得意な使用人を探して雇うのが普通なのに、自分の知らない事を自分から調べようとはしないのよね。他人が知っている知識を自分が知らない事にするのが面白くないっていうチンケな理由。人間性がチンマイほど、嫁をもってる大黒柱として社会に認められた立場だとか勘違いするのよ。そんなの、ひとり息子じゃなければ、まともな親は跡継ぎにしないわ。それこそ今にも死にそうな病人って事にして、まともな弟を跡継ぎにする。そういうご時世になってる事も、知ったこっちゃないのよねぇ」

 徐々に姉御口調になりながら、アミに見える依頼人の事情を説明した。

 女性は目に涙を溜めながらも、途中からポカンとした表情になっていった。

 アミは、またティーカップの紅茶をひと口。

「別に私の主観は入ってないのよ。常人には理解できない不条理を説明すると、どうしてもこんな感じになるのよ」

「……なるほど」

 女性は小さく、何度も頷いていた。

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