第5話 新たなる日常
朝のホームルームが終わり、クラスはいつもとは違う喧騒に包まれていた。
……主に、俺の横の席で。
「どこから来たのっ?」
「ねぇ今日の帰りカラオケ行こうよー」
「俺らのマネージャーやらないか!?」
「趣味とかなに?」
「美人さん!モデルとかやってるのー!?」
「み、みなさん質問は順番に……」
横からSOSの視線が飛ぶ。が、そもそも人混みが嫌いなので、その視線を無視することなく、頑張れっ!、という顔をして席を立つ。後ろからはいまだに様々な声が上がっている。
そんな喧騒から逃れるために俺は行きたくもないトイレへと向かうことにした。まあ、前もって尿意を消しておくに越したことはないだろう。
そうしてトイレへ向かっている途中、後ろから肩を叩かれた。振り向くと何か言いたげな表情の北条である。
「なんだ、どうし——」
瞬間、拳。俺の左頬を打つ。一瞬の出来事で何がなんだか分からなかったが、あまりに突然、理由を話すこともなく殴られたことに怒りが湧いてきた。
だから俺もやつの左頬を打つ。強く怒りを込めて。よろけながらもこちらを見て立つ北条に、抑えながらも怒号を飛ばす。
「なんだよ急にっ!!」
「それはコッチの台詞だっ!!」
「……はぁ!?」
ふらふらしている北条は一度息を呑み、やがて切先を向けるような鋭さの視線をくれた。
「あいつは誰だ!!」
「……急にどうした?あいつは——」
「あいつは西澤 芽衣じゃないだろっ!?」
「……!」
こいつ……まさか気づいてるのか!?
でも北条の性格上、こうして突然わけの分からないことを突拍子もなく口にするたちなので、ボロが出ないように慎重に話す。
「……芽衣は芽衣だろ。俺も昨日再会したばっかでちょっと動転はしたけど……お前ほどじゃないぞ」
「……」
「それにどっからどう見ても芽衣じゃないか!どうしてそれを別人なんて言えるんだ?」
「……勘だ」
「……お得意の勘、ね。確証もないのにそんなこと、言うもんじゃないぞ、お前」
「で、でもな!?あいつは——」
「はい、俺トイレ行ってくるから。んじゃ」
「お、おい待てよ東山っ!!」
そんな北条の声を無視し、早足でその場を去る。そしてトイレへと駆け込むと個室に入り鍵を閉めた。
「はあぁ~……」
なんてやつ……!危うく俺の下手な嘘でバレるところだった!……まあ、嘘は言ってないけどな。
それにしても……あの完璧な演技を勘だけで見破る北条も北条だ。一体どこが不自然だったと言うのか。いや、それも勘の内なんだろうけど。
「ふぅ……」
そもそも何故俺はカノジョをこうまでして隠しているのか。別に知られたところで何もまずいことなんて……いや、あるんだけども。
でも本来俺には関係のないことだ。それをあの北条に嘘を吐いてまで隠す必要なんて——
「……あ」
そうか、俺は中身すら違う彼女の……カノジョの容姿が
アイツの正体がバレればアイツはここにはいられない。そうなると俺の好きな、惚れた容姿の人間が居なくなってしまう。そこまでして俺はあの
「……なんか俺、気持ち悪いなぁ」
実際そうだ。なんだ容姿が好きって。もはや俗に言う面食いより遥かに酷いものだ。……でも、それでもやはりあの容姿を失うのは怖い。もう二度と、失ってたまるか。
「……戻るか」
時刻的にもうすぐ授業開始の本鈴が鳴る。いい加減この場所から出て、席に戻らなくては。
そうして個室を出て一応手を洗い、教室へと戻る。
……バレるわけにはいかない。トキコの演技こそ本物同然ではあるが、アイツはどこか抜けている部分がある。それをカバーするのが、俺の役目だ。
二度と、失ってたまるか。
◎◎◎
つつがなく全授業が終わり、放課後。あれから北条は何やら考え込むようにして席に座ったままで、今日一日俺に話しかけてくることはなかった。
もともと北条以外にも芽衣のことを知っているやつは数人いたが、どうやら北条以外は本物の芽衣だと思っている様子である。ひとまず安心……。
「篤人君、帰りましょ」
「っ!……お、おう」
隣からトキコがそう声をかけてきたので、賛成の意を返事する。マジでこいつ芽衣そのものだな……。
その声に机をガタっと言わせて立ち上がった人物がいた。
「俺も……一緒に帰って、いいか?」
「……北条」
その北条の声色と真剣な眼差しが、俺とトキコを突き刺す。
抜け骸身につけ冬虫夏草。 ベアりんぐ @BearRinG
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