第4話 初登校

 次の日——。俺はいつものように登校していた……はずなのだが。




「あのぉ~……私、上手くやっていけるでしょうか……?」


「……俺が聞きたい」




 なんと登校している最中にめ——……トキコに遭遇した。しかも俺が通っている高校の制服を着ている。


そのわけを聞くとなんと、高校へと編入してくることになったようだ……。え、この状態で?


 学校まで行く道を並んで歩く。見れば昨日の黒い触手はどうやら引っ込んだようだ。あの後詳しく聞くと、どうも驚いた時や感情が昂った時に出てしまうようだ。




「それで、なんでまた学校なんかに……今まで来てなかったじゃないか」




 すると少し俯きがちになりながら、カノジョは応える。




「実はこの二年間……私、ずっと病院にいたんです。身体をいただいたは良いものの、元々臓器器官に擬態する生命体なので全身・・となると、どうしても不具合が出てしまうんです」


「それで……?」


「どうも人間で言う、植物状態だったみたいです。私自身は二年間意識があったんですけど、身体はそうもいかないみたいで……」




 しっかりと目覚めた時には二年もの歳月が経とうとしていた……というのが真相らしい。色々と不可思議なことではあるが、カノジョの話し方のトーンでそれが確からしいことが分かった。




「それでこれからは学校に、と?」


「そんな感じです。……あ、学校とか家では芽衣ちゃんらしく振る舞いますよ!この二年間きっちり準備だけはしてましたからっ!」


「そ、そうか——ん、もうすぐ学校だ。ほらあそこ。建物が見えるだろ?」




 そう言うとカノジョは、目を輝かせて感嘆の息を漏らす。




「あれが学校……!ずっと行ってみたかったんです!さあ、早く行きましょう!篤人さん・・・・!!」


「あ、おい!ちょ、引っ張んな!!」




 自然と手を握りそのまま引っ張る形で走り出すトキコ。……分かってはいたが、確かにもうそこに芽衣・・はいないんだな、と分かってしまった。














         ◎◎◎














「えー……今日は、編入生がやってきます。是非このクラスに馴染めるように、温かく出迎えてあげてください」




 朝のホームルームでそう担任が告げた。どうやら俺がいるクラスにトキコは来るようだ。これならトキコがもしも、変な行動や触手を出してしまってもなんとかフォロー出来そうである。


他のクラスメイトは、美人が来るだの優等生が来るのかなど、それぞれが勝手に想像して言葉を飛ばす。俺も口にこそしないが、編入生と聞いたらそんな憶測を考えていたことだろう。


 担任が廊下と教室を繋ぐ引き戸を開けて、それじゃ入ってきて、という言葉をかける。その言葉に応えて、トキコが教室に姿を現す。




その瞬間、教室の空気が一変する。




 入ってきたトキコの動きは、全ての動きに意味があるのではないかという錯覚すら起こさせるようでいて、実に自然でこの世の理が彼女に握られているような——まさに、西澤 芽衣の動きそのものであった。


そんな中トキコは黒板に自身の名前をかつかつと書いていく。そんな音がやけにうるさく聞こえたことで、クラスにいる人間が全てカノジョの動きに魅せられていることに気づいた。


やがて黒板に自身の名前・・・・・を書き終え、こちらに向き直し、まるで早朝に凪ぐ間に一点の朝露が落ちる瞬間のような、そんな雰囲気を醸し出しながら、一音ずつハッキリと響かせて言葉を紡ぐ。




「この度このクラスに編入することになりました、西澤 芽衣です。みなさんどうぞよろしくお願いします」




 その挨拶の後、クラスは静まり返っていた。というより、見ていた全員が息を忘れてカノジョの領域へと引き込まれていたからだろう。


そして引き込まれていた担任がはっ、となって拍手をしたためか、生徒たちもようやく空気を取り戻し、それぞれが拍手をしだした。




「そ、それでは西澤さんありがとうございます。席は……廊下側の後ろに一つ空間があるから、あそこに机を持ってきましょう。東山さん!申し訳ないんだけど、向かいの数学科準備室に机があるはずだから、取ってきてもらっても良い?」


「あ、はい……」




 そう頼まれて席を立ち、向かいの準備室へと歩みを進める。……廊下側の後ろということは、俺の隣か。これなら授業中でもボロが出ないように見ていられるな。


頼まれた机を運び、俺の席の隣へと置く。そこにトキコがやってきて小さく、ありがとう、と言う。その言葉の響き方はまさに、芽衣そのものであった。


 そうして互いに席につき、クラスメイト達から奇異の目を向けられているトキコが、こちらに嬉しそうに呟く。




「な、なんとか上手く出来ましたー!!」


「……良かったな」




 たったそれだけを交わし、トキコに向けられた目線から外れるように俺は、黒板と担任へと向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る