第3話 君ではないキミ–3–
「……」
「……」
……気まずい。
自室に畳んでおいたミニテーブルを挟んで、お互いがお互いに声をかけずらい状況である。
あれから急ぎ足で帰路に着き、自宅の二階にある自室へと転がり込んだ。幸い今日は両親がどちらも仕事であり、帰りが遅くなる日であった。
壁に掛けてある電波時計の秒針が、ただひたむきに時間を刻む。その音が、いつにも増してうるさく感じる。
このままでは埒が明かない……。そう感じていた俺は、恐る恐るカノジョに声をかけることにした。
「……あ、あの~……」
「え、あっ、はい!」
まずい。何から話して良いか、今の一言で完全に頭から抜けてしまった。何か……何か言わなければ!
「えっと……キミは君じゃないってことで良いんだよね?……ね?」
「えっと、はい。そう……なります」
「そうかぁ……」
いや、キミは君じゃないって、なんだ……?でも確かにカノジョは彼女じゃないってことで……俺は何を言っているんだ?
そんな混乱状態の俺を見かねてか、カノジョから話を切り出した。
「私……"トキコ"って言います。改めて……篤人さん、で合ってますよね……?」
「あ、うん……」
「……先ほどお見せしてしまったように、私は人間じゃありません。正確には
「はあ……」
「人体の寿命は約八十年。その中で稀に百年以上生きる人間がいると思いますが……あれは体内の内臓に私達のような擬態種が居るんです」
なにか突拍子も無いような話をされているが、まだ何か話しそうな素振りをしていたので頷くだけにしておいた。
「あの黒い触手は普通の擬態種なら出ないんです。だから、人間は私達の存在に気づかない……。でも、私は違ったんです」
「違った……って?」
「擬態種として、あまりに大きすぎたのです。どうしても人間の内臓に擬態することが出来ず、死にかけの中街をひっそりと彷徨っていました……」
当時を思い出し、今にも泣きそうなカノジョであったが、一変まるで神を崇めるかのような顔で、隠す激情を混ぜるように話を続けた。
「その時に、芽衣ちゃんに会ったんです……!ボロボロで彷徨う私を家まで連れて、私はなんとか生き延びることが出来たんです!!それから暫く、私は芽衣ちゃんにお世話になっていたんです」
「そんなことが……」
その後カノジョはまくし立てるようにして、彼女の、西澤 芽衣との思い出を話す。彼女の寝相が変だとか、一つひとつの所作が綺麗だとか、そしてある時から"ある男性"……俺のことをよく話すようになったこととか。
そうして話しているとまたも一変、次はとても悲しそうな目で、微笑みながら話を続けた。
「でも……ある時から、私の身体が言うことを聞かなくなったんです。……無理もありません。私は、擬態種ですから」
「……」
「それを前から芽衣ちゃんには話していたんです。そしたら……そしたら、食べて、良いよって。芽衣ちゃんがっ……」
「……そっか」
「ぞれでっ、めいぢゃん、たべぢゃったのっ……!……それを、謝りたくて……」
ごめんなさい。そう言って頭を下げてこちらを向くカノジョに、なんて言えば良いか分からなかった。
情報が巡り巡る。頭の中が絡まる糸のようにまとまっていない。それでも、何故かこの言葉だけすんなりと出てきた。
「……キミのせいじゃない」
「っ……!!」
「キミを助けたのは、彼女の意思だ。だから、謝らなくていい。その分キミは生きればいい」
「……ありがどう、ございまずっ……!」
その後、部屋ではしばらくカノジョが泣いていた。それをただ、横で眺めていることしかできなかった。
そしてその中、彼女がもう既に、この世界にはいないのだと悟り、静かに涙を流していた。
◎◎◎
しばらくして、またも沈黙が流れていた時。下から玄関の開く音が響いた。
「まさか……」
「え、なんですか?」
急いで振り返って時計を見る。するとどうだろう、まだ七の数字を回ったばかりであった。何故だ!?まだ帰ってくる時間でもないはず……!?
「ただいま~」
「お、おかえり!」
「あ……お邪魔して——むぐっ!?」
「馬鹿っ!」
「あら、誰か来てるの~?なら今から飲み物持ってくわね~」
「い、良いよ母さん!」
駄目だ。もう登ってきちまう!
「なんか来るとマズいこと、でも……?」
「キミさっきから触手でっぱなしじゃん!!」
「えっ!?」
やっぱり気づいてなかったか……家に転がり込むようにして入ったのもそれが理由だと言うのに。
今でもカノジョの背中からは、別生物と言うしかない黒い触手が伸びきったままだ。
「入るよ~」
「ちょ、待っ——」
開く扉にどうすることも出来ず、手を顔に当ててて、あちゃー、とだけしていた。
飲み物を持った母親が入ってくるなり、何やら不思議そうにしている。無理もない、触手の生えた謎の女がいるのだから。
「あれ……誰もいないじゃない。ちょっと篤人!悪ふざけはやめてよねー」
「え、あ……うん。ちょっと、ひとり劇場してた……」
「そうならそうと言ってよ~もうっ!あ、ジュース置いてくわね。んじゃ、下戻るわ~」
「は、は~い。ありがとう」
あの反応、そして実際見た時にカノジョの姿がなかった……一体何処へ……
「も、もう大丈夫、ですか~……?」
「どこに……って、天井!?」
見るとそこには、天井にへばりつくカノジョの姿が。そんなことも出来るのか……。
天井からゆっくりと、触手を使って降りてくるカノジョを眺めつつ、これからのことに不安と、ある種のドキドキ感を持ちつつあった。
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