第40話「鬼と狼の狩猟戦線ー3」

 森の中は、巨躯の人狼と化した狂戦士によって極寒の冬の如き空間と化した。


 墓所森林の地脈に繋がり、その身に刻んだ「凍結のルーン」の効果と異廻術イデア行使による術式の再構築によって、自身が支配する地脈を基に領域を構築した。

 それによって現在、墓所森林は怨念ではなく、氷点下の寒さを持つ空間となったのである。


“この寒さが長続きすればどうなるかわかったものじゃない。柚季さんたちが屋敷に到着すれば何とかなるかもだが、それまで待つことなんて到底できるわけもない。早くコイツを斬る!”


「うおぉぉぉ!」


 体内の魔力を全身に回し、頼孝は身体能力強化を行い、自分より大きな2m以上の人狼の狂戦士へと向かって行く。


「オォォォ!!」


 それに対し、バーサーカー……ラグヴォルは氷の両手斧に変化した片手斧を振り下ろす。


 刃と刃が衝突し、最初に打ち合った時よりも激しい衝撃が発生する。


「!? オレと力が拮抗しテいるダと……!?」


 明らかに重量、質量、物量で上回っているはずなのに自分と力が拮抗していることにラグヴォルは驚愕した。


「さぁ、な! オレもそこら辺はよくわかっていねえけど、なんか力が湧いてくるんだよ!」

「グッ!?」


 頼孝は眉間に血管を浮き上がらせながら、刀を打ちあげて両手斧を弾き飛ばす。


「ナめルなァ!!」


 だがラグヴォルは怒りのままに両手斧を片手で振るい、再び嵐の如き乱撃を繰り出す。


 それに対して頼孝も刀に魔力をまとわせ、冷静に的確に見極めて迎撃し、僅かな隙を狙って攻撃を行う。


 一撃一撃がぶつかり合う度にその衝撃で木々が激しく揺れ、彼らの周囲にあった墓石や脆くなった枝や木を吹き飛ばす。


「グゥゥゥ!!」


 怒涛の嵐の中、先に傷を入れることが出来たのは頼孝だった。


 ラグヴォルは異廻術イデアによる完全な獣化によって理性を飛ばした結果、荒々しくも技術のある武術に繊細さが無くなり、頼孝の急所を狙った剣術に対応しきれなくなっている。


 ルーンによって肉体を復元させることが出来ても、あくまでそれは自分に向けた呪詛であるため、退魔の力を持つ頼孝の妖刀の攻撃からの復元も遅くなってしまう。

 そして頼孝は本来の彼が持つ柔軟な思考に加え、傷が治っていないことによる危機感の精神的負荷によって神経が研ぎ澄まされているため、動揺することなく型にはまらない剣技を繰り出すことを可能としている。


 これはライコウの時の精神が持つ「魔を殺すことに特化した機械的合理性」を持たない故のものであり、一定のパターンしか出せない攻撃をしないことでラグヴォルの戦士特有の直感を回避するというものだった。


 それ功を成してか、激しい打ち合いでラグヴォルの体の傷は徐々に増えていき、復元が追いつかなくなっていく。


「小賢シイ!!」


 ラグヴォルの足裏に仕込んだルーンを起動させ、その場を強く踏みしめる。


 すると、彼を中心に氷が花が咲くように展開され、打ち合っていた頼孝の眼前に棘の如き先端が襲い掛かる。


「―――――っ!! 危ねえ!!」


 氷の棘をギリギリの所で背中を反らして避けた頼孝は後方に引き下がる。


イーサ氷よ、アンサズ我が声にてスリサズ貫く茨となれ!!』


 呪歌による特殊な言霊を含んだ咆哮という形での詠唱を行い、距離を離したラグヴォルは強引に術式を構築し、強化された氷の矢を生成して頼孝に発射する。

 強化された氷の矢は、矢というより巨木の如き大きさでそれが4本飛翔する。直撃すれば氷に秘められた呪いが頼孝を襲い、凍結に追い込むだろう。


「そんなものに―――――」


 それに対し頼孝は真正面に立ったまま、妖刀に魔力を込める。魔力は凄まじい電荷となって、辺りを焦がす。


「当たるかァァァ!!」


 電荷をまとった刀を横一閃に振り抜き、凄まじい衝撃波となって彼の眼前に迫りくる巨大な氷の矢を一瞬にして破壊しきった。

 力がぶつかり合い、電撃による熱と氷の矢の水分による水蒸気が発生し、周囲が霧に包まれる。


「クソ……、ドコだ!? 出てこイ……!!」


 霧によって頼孝の姿が見えなくなったラグヴォルは苛立ちを隠さず、鋭くなった嗅覚を用いて探す。


“この姿じゃ、探索のルーンを上手く使えねぇ……! あの野郎、オレのルーンの運用方法に気が付いていやがる……! それに、ヤツの電撃で周囲を燃やしたせいで臭いがわからねえ……!”


 人狼化したことで発達した嗅覚は周囲の木々や土地の焼けた臭いによって阻害され、頼孝の位置を特定が出来ない。

 頼孝は電撃を周囲にまき散らすことで相手が嗅覚で自分を探している可能性に気づき、わざと周囲を燃やすなどして探知しにくくしたのである。


「――――――そこだぁぁぁ!!」

「グ、ンォォォ!!」


 背後から頼孝が妖刀を大きく振りかぶって、雷霆の如き早さでラグヴォルの首を狙って襲撃する。

 それに対しラグヴォルは本能と反射神経のみで両手斧をとっさに後ろに持っていくことでギリギリの所で防ぐ。


「くそ、ざけん、な!! これじゃ魔力の無駄遣いだっつーの!」


 悪態をついて再び距離を取る。


「危なイ野郎ダ……。後少し反応が遅れタらオレの首が落ちテいタ所だったゾ……」


 ラグヴォルは余裕そうに言うが、毛皮の下で薄っすらと冷や汗をかいており、少しばかり焦っていた。


 完全な獣化で非常に頑強になったと言えど、頼孝の持つ「妖切荒綱」の持つ退魔の力を防ぐことは出来ないので、仮に先ほどの首への一太刀が入っていた場合、斬り落とされていただろう。


「ダガ……、こレ以上の悪あがキはおしマいだ!!」


 そう言うと彼は両手斧を地面に突き立て、自分の周囲に魔法陣を展開した。


「くっ……! これは、地脈の魔素がヤツに集中して流れ込んでいるのか!? させねえ!」


 周囲の空気、そしてラグヴォルが展開していた領域の変化を感じ取った頼孝は妖刀を振り下ろし雷の衝撃波を放った。


 しかしそれはラグヴォルに直撃することなく、彼の周囲に渦巻く凄まじい魔力とルーン文字の乱舞によって発生した魔力の障壁で防がれた。


「マジかよ!? うぁっ!」


 それに驚いたのもつかの間、ラグヴォルを中心に渦巻く魔力は頼孝を吹き飛ばす。


「オォォォォ……!!」


 狂戦士を取り囲む魔力は周囲の空気すら凍らせる。

 四つん這いになって大口を開ける狂戦士の口元に魔力が集まり、周囲の気温が極寒までに低下していく。


「溜め込んだ魔力をぶっ放すってことか。……アレを避けたら、後ろの方まで吹き飛ばされる。ここで絶対に食い止めないと、公則さんたちが巻き込まれてしまう」


 頼孝の背後の位置は柚希と公則が向かっている江取家の屋敷がある方角だった。もしラグヴォルの魔力砲が放たれてしまえば、江取家は破壊され柚希たちは一瞬にして凍死してしまうだろう。


「なら――――――、やるしかない」


 覚悟を決め、頼孝は地面を踏みしめ、妖刀を担ぐように構える。


「きたれ、天の雷。我が身を依代とし、その神威を示せ」


 地面を強く踏みしめ、周囲の汚染された魔素をこれまで以上に吸収し、瞬時に魔力へと変換していく。変換された魔力は凄まじいスピードで循環され、彼の力となっていく。

 それによって頼孝の体を巡る魔力量はこれまでの比ではなく、鬼化していなければ肉体が耐えられないほどの熱量となる。


「天網恢恢疎にして漏らさず。魑魅魍魎、悪鬼羅刹。一切を葬り去る」


 かつては異世界トヨノハラでは旧き天神の銘を唱え、その神性の力をその身に下ろし、体内にある魔力回路を拡張・励起させ、その上限を超えた魔力を扱うことが出来る。


 そしてこの技こそ、多々見頼孝がかつて「ライコウ」としての奥義とも言えるもの。


 同時に、これは本来の許容限界を超えた魔力を扱うことを前提としたものであり、代償として頼孝自身もダメージを負ってしまうものなのである。


「天満大自在天神に修め奉る!!」


 体内を削られるかのような痛みを抱えながら天神の銘を唱え、更に魔力を刃に込める。魔力の雷が頼孝を中心に大蛇のようにうねり、地面を削り、焼いていく。


「全テ、全て凍り付クがいイ!! 総極―――――、終末到来ラグナロク氷雪絶界フィンブルヴェトル!!」


 氷狼の狂戦士は己の全てをかけ、大いなる冬の再現たる大寒波の如き魔力砲を頼孝に向けて放つ。


「この一撃をもって、オレが勝つ!! ――――――退魔反転たいまはんてん電光雷轟でんこうらいごう!!」


 刃に収束していた青白き雷は頼孝の言葉と共に黒い雷と化し、雷の魔力の奔流となって放たれた。


 そして、二つの膨大な魔力はぶつかり合う。


 互いのこの一撃によって、雌雄を決するために。

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怪帰奇譚~Returnee.Of.Remnant~ 平御塩 @12191945

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