旅支度は3分で【KAC20241】

八木愛里

第1話

 マリウスには三分以内にやらなければならないことがあった。


 非常食を袋に詰め込んで、長年住んだ部屋に別れを告げる。


 姫さまに旅の同行を許されたからって、三分で身支度済ませろだとは、なんて無茶苦茶な要求なのだ! ……とマリウスはぶつぶつ文句を言ったが、結局ささっと身支度を調えた。


「おーい! マリウスこっちだ」


 ダイアンが茶色い気球船の入り口で手を振っている。


「はい、今行きます」


 マリウスは袋を抱え、駆けだした。

 気球船に乗り込むと、ふわりと飛んだ。

 正門まで行くと、姫さまと侍女たちが待っていた。


「パーティが始まりますので、会場へどうぞ」


 と、侍女がマリウスに言った。


「ありがとうございます」


 マリウスが丁寧に礼を言う。


「姫さま、お手をどうぞ」


 ダイアンがうやうやしく手を差し出すと、姫さまはその手を取り、二人はゆっくりと会場へ歩いていった。


「姫さま!」

「ダイアンさま!」


 会場のあちこちで歓声が上がる。


「姫! お美しい!」


 と叫ぶ声もするし、拍手する者もいる。

 マリウスはそんな光景にやっと二人は結婚するのかと感慨深い気持ちになりながら、侍従の後をついていった。

 広間にはいくつもテーブルが並べられ、いろいろな食べ物や飲み物が並んでいる。

 姫さまはダイアンと共に、長テーブルの上座に座った。マリウスは姫さまの後ろに控えた。


「みなさま! 今日はよく来てくれました!」


 と、姫さまが言うと、拍手が起こった。


「まずは乾杯を」


 侍女たちがお酒を配り始めた。


「では、この良き日に乾杯しましょう」


 姫さまがそう言うと、一同が乾杯と唱和した。

 姫さまはグラスのお酒を飲み干した。


「それでは、パーティの始まりです。みなさんも遠慮なく楽しんでください」


 と言うと、みな口々に歓声を上げた。

 そして、やがてテーブルの上には色とりどりのご馳走が並び始めた。

 会場には楽団が演奏を始めており、いよいよ賑やかになってきた。

 姫さまとダイアンは招待客に挨拶をしている。

 マリウスは長テーブルの上座で忙しくしている二人を見て、この人たちってこんなに偉かったんだっけ? とあらためて思った。

 姫さまはダイアンに助けられながら、招待客の挨拶を受けている。


 長い旅の幕開けとなったパーティはにぎやかなまま夕刻まで続き、宴もたけなわになってきたところで、この場は閉会となった。


 そして、会場の明かりが消えた。



 一年後。


「お母さん大変! 私のお雛さまの着物に穴が空いてる!」


「やだ、ネズミが死んでるじゃない。一体どこから入り込んできたのかしら……」

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