バッファロー突撃婚約破棄回避RTA

鷹見津さくら

バッファローと婚約破棄は突然に

 わたくしには三分以内にやらなければならないことがあった。


 その一、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡してきた第二王子をどうにかすること――本来ならば、言い渡された時点でどうしようもないのだけれど、今回ならば解決出来る見込みがある。


 その二、晴れ舞台での婚約破棄という特大スクープを手に入れた観客たちの興味を他のことに逸らすこと――正直なところ、これは既に達成していると言っても過言ではない。


 その三、全てを破壊しながら、パーティー会場に乱入し突き進む魔バッファローの群れを全滅させること――このおかげでその一もその二も達成出来そうなので、危険な状況ではあるが、神の救いだとも言えるだろう。


 わたくしは、周りを見渡し状況を頭に叩き込む。幸いなことに我が王国の貴族たちは皆、魔法が使える。王国の外に生息している魔バッファローを見た事があるのは初めての者が多いだろうが、防御魔法を使って自衛程度は出来る筈だ。生徒たちも卒業出来る程度の能力を持っているので、問題はない。三分以上、討伐に時間をかけてしまうと、その防御魔法だって破られてしまうかもしれないので気をつけなければならないけれど。

 壇上から、わたくしに婚約破棄を言い渡した時のままで固まっている第二王子は、顔が青ざめていた。魔バッファローに対して苦い思い出があるのだから、仕方ないだろう。側近候補である騎士団長の次男や魔法師団の師長の次男たちが、壇上にあがり彼を守ろうとしているので、こちらも大丈夫。それにいざという時は動くことの出来る人だということをわたくしは知っている。


 現状の把握に三秒も使ってしまった。いくら、わたくしの予定が王弟妃教育によって敷き詰められていたからといっても、この体たらくではお父様にお叱りを受けてしまうだろう。そのことを考えると、少し憂鬱だった。


 鎖骨と鎖骨の間の窪み、刺青によって刻まれたわたくしの生まれたブランシュフルール家の家紋に触れた。そこから指を離せば、するすると指に吸い付くようにしながらわたくしの愛剣が姿を現す。魔力を纏わせ、軽く一振り。久方ぶりの魔獣討伐であるが、愛剣はご機嫌斜めではないようだった。わたくしの意思通りに鋭い風の刃を飛ばし、魔バッファローの群れを切り裂く。会場で最も先に排除すべき対象を見つけた魔バッファローは、真っ直ぐにわたくしへと向かってきた。舌で唇を軽く湿らせ、跳躍する。そのついでに一番近くの魔バッファローに切りつけた。

 魔バッファローの毛皮はひどく硬い。彼らの生息地は主に湖だ。時に深く潜って獲物を油断させる彼らは、水圧にも負けない毛皮を持っている。普通の剣では太刀打ち出来ない硬さのそれは、特別性の剣か魔法を纏った剣でなければ切り裂く事が難しい。わたくしの得意魔法は風なので、水属性である魔バッファローに効果的とは言えないが。それでも、無いよりはマシだった。


 魔バッファローの首を狙って剣を動かす。

 お父様かお兄様、あるいは国王殿下や妃殿下がいらっしゃれば、もっと早くに片付いているだろう。しかしながら、全員、今朝方異変があった国境付近に調査に向かってしまった。現場主義の国王殿下だとこういう時に困るのだな、と頭の片隅で考える。宰相がよく、国王が騒ぎの中心に行くな! と叫んでいた。そもそも、その異変のせいで魔バッファローが王都の真ん中にある学園に突如として現れたのかもしれなかった。

 辺りには、血の臭いが漂っている。前々から用意していた卒業パーティーの為のドレスも赤く染まってしまった。せっかく、婚約者の色をあしらったドレスだったというのに! 久々に嗅ぐ血の臭いに神経が昂ってくる。難しいことなんて考えたくもないし、体を思う存分動かして暴れたい。そういう、第二王子の婚約者になる前のわたくしのような思考に傾いていくのが分かった。だって、今の状況はすごく彼と出会った時に似ているのだもの。




 建国から辺境伯として国境付近で魔物の脅威を退けてきたブランシュフルール家。その長女として生まれたわたしは、当然のように幼い頃から戦う術を仕込まれていた。遊びは全て魔物討伐の訓練に繋がるような遊びで、貴族の娘としての教養を学ぶ以外は実技での授業だった。主に馬術や剣術、魔法についての。

 そんな風にして育ったわたしは、齢七歳で魔物討伐を果たした。お父様やお兄様には褒められたけれど、お兄様はもっと早くに討伐していたことを知っていたから、少しばかり不服だった。わたしが女の子だから、甘やかしているのだと思ったのだ。

 どうにかお父様たちに認められたいと考えたわたしに転機が訪れたのは、王家の皆様がブランシュフルール家を訪問した時だった。いつもは着ないドレスを纏って、この日の為に猛特訓した礼儀作法のおかげで王家の前でも問題のないカーテシーを披露する。わたしの任された仕事はここまでだった。まだ子供で辺境から出る予定の無かったわたしは、大人たちのお茶会への参加が免除されている。その後は自室に戻って晩餐の時間までのんびりするつもりだった。流石にドレスを脱いで訓練をするのは許されなかったので。


 わたしは、椅子に座り刺繍の練習でもしようかな、と思っていた。窓際なら、日光が当たって心地も良いだろう。そう考えて、窓に近づいいてそれを目撃した。

 キラキラと輝く金色の髪。先ほど挨拶をした第二王子だ。少し気弱そうだったが、優しそうな笑顔が素敵だなと思ったので、しっかり顔を覚えていた。……いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。その素敵な王子様は、地面に座り込んでいている。目の前には、魔バッファロー。なんで辺境伯の屋敷の敷地内にいるんだ、という疑問が浮かぶ余裕もないまま、わたしは窓を全開にした。

 そして、そのまま飛び降りる。ドレスが捲りあがり下が見えにくいが、着地を成功させる。鎖骨の間にあるブランシュフルール家の家紋から剣を取り出して第二王子の前に踊り出た。魔バッファローの角を弾き、ふらつきそうになる体を踏ん張る。後ろに行くと不味い。恐らく、戦闘経験どころか、魔物を見たことすらないだろう王子にぶつかってしまうとパニックを起こす。ここは冷静に素早く仕留めて、安全な場所に連れて行かなくては。


 ぐっと腹に力を入れて、魔バッファローの首に向かって剣を突き出す。大丈夫、出来る、わたしが出来なきゃ、後ろの子が大怪我をしちゃう。

 その一心で、わたしは魔バッファローの首を落とした。血が噴き出て、体を汚す。顔にも飛び散ったので、すぐ風呂に入りたい。


 肩で息をしながら、わたしは振り返る。腰を抜かした第二王子は、じっとわたしの戦いを見ていたようだ。キラキラした髪は血に汚れていない。体にも怪我はなさそうだった。ちゃんと、守れたらしい。

「よかったぁ」

 今まで、領民を守る為に戦うのだと言われてきたけれど、実感が無かった。民ではなく、王子様だけれども、わたしは人を守ることが出来るのだと初めて実感出来た。


 それから、わたしたちは血相を変えてやって来た親たちに保護されて、風呂に入れられ、綺麗な服に着替えさせられた。

 魔バッファローについては、大人たちの間では色々とあったらしいのだが――第二王子が死んでいてもおかしくなかった事態だったので――子供のわたしたちには関わらせてもらえなかった。魔バッファローを引き入れた人間がいた、だとかは後々聞くぐらいだった。


 この時のわたしは、中々に血みどろで貴族令嬢だとは思えないような姿のだったけれども。何故だか、その後に王家から婚約の打診が来てしまった。わたしとしては、素敵な王子様との婚約者になれるということで嬉しかったから即座に受けた。




 それからは、大変だったけれども、楽しい日々だった。未来の王弟妃としての教育を受ける為に剣や魔法の訓練の時間は減ってしまったけれど、それでも彼の為にならば頑張れた。

 初めて王城で茶会をした時のこと。お忍びで城下町デートをした時のこと。わたくしの好きなケーキを自ら用意してくれた時のこと。誕生日のプレゼントを贈ったら喜んでくれた時のこと。共に王太子の治める国を支える為に必要なことを語り合った時のこと。


 過去の第二王子――アルヴィン様との思い出が頭に過ぎる。

 命の危機を感じる戦いに身を投じているから、走馬灯のようなものだろうか。それとも、わたくしの気分が高揚しすぎているせいだろうか。


 兎にも角にも、わたくしたちは、良好な関係を築けていた婚約者だったのだ。婚約破棄の、はの文字も似つかわしくない程度には。誕生日プレゼントは毎年贈り合い、婚約者としての交流に必須なお茶会は一般的な回数である月一度ではなく週一度。学園では用事がない限り毎日ランチを共にし、夜会にこそ出てはいないけれど、わたくしたちの仲は社交界でも有名だった。


 それなのに、突然の卒業パーティーでの婚約破棄宣言。わたくしの着ているドレスを贈ってくれたのは、彼だし、そもそもドレスも一緒に選んだ。今日だって、エスコートをしてくれてドレスが似合ってるよと褒めてくれた。どう考えても婚約破棄される雰囲気ではなかった、と言い切りたいのだけれど。


 わたくしは、魔バッファローが残り数体になっていることを確認しながら、ため息を吐き出した。残り一分半。


 ――多分、きっと、恐らく。彼はわたくしとの婚約破棄を前々から考えていたのだ。そう思うと今日、壇上に上がった時にそばに控えていた男爵令嬢の意味も理解出来る。彼にべったりとくっつくどころか、数歩距離を置いて斜め後ろにいたものだから、謎だったのだ。彼がわたくしと婚約破棄をしたい、と言いかけたタイミングで魔バッファローが会場のドアを壊したので婚約破棄の理由も良く分かっていなかったのである。

 男爵令嬢は、悪い噂を聞くような子では無かった。彼女の家は貧困に苦しんではいたので、良い婚約を結ぶか王城で働くコネを掴む為に努力をしていた。男爵令嬢だというのにわたくしたちと同じ特別学級に入るぐらいの能力を持った方で、けれども、控えめで良い子なのである。確かにアルヴィン様も気にかけていたけれども、適度な距離を守っていた。今考えると少しだけ距離が近かったような気もするが、気のせいだろうと思える程度だった。


 多分、あれが彼なりに頑張った結果だったのだろう。


 最近流行りの婚約破棄もの小説を真似て、わたくしとの婚約を破棄して、わたくしを自由にしてあげようという頑張りの。


 わたくしが自信がない人間であれば、彼から婚約破棄を宣言された段階で落ち込み悲しむところだっただろう。彼の目論見通り、わたくしは辺境へと戻って昔のように自然体で過ごして魔物を討伐したのだろう。彼のことをいつしか忘れて、他の誰かと結婚したのだろう。


 血に足を取られて、体がふらつく。不味いなと冷静に考えるが、流石に魔バッファローの群れの大半を屠ったせいで体力が底をつきかけていた。ここで終わりたくはない。わたくしが倒れても、残りの数ならば他の人間たちが、殲滅してくれるだろうと分かってはいた。それでも、わたくしは諦められない。

 だって、わたくしは――。


 ガキンと音が鳴り、わたくしに振り下ろされそうになっていた角が弾かれた。見上げた視界には、キラキラが広がっている。いつ見たって綺麗な金髪だ。

 わたくしの王子様、わたしが素敵だと思った人。晴れ舞台で婚約破棄を申し渡してくるような人だけれども、それだってわたくしの為だと思うと笑顔になってしまう。

 わたくしは、この人のことが好きなのだ。自分の手で守りたくって、わたくしのことだけ好きでいてほしくて、わたくしのことを一番に愛してほしい。


 魔バッファローに襲われた過去のせいで、魔物の中でも特に魔バッファローが苦手なのに。震えながら、わたくしを守る為に剣を持ち助けに来てくれたのだ。

 第二王子としては失格かもしれないけれど、わたくしは嬉しかった。

 今まで受けた愛情を疑う程、馬鹿ではない。それでも婚約破棄を言い出された瞬間は、この世の全てが滅びればいいのにとは考えてしまった。こうして命の危機にもかかわらず守ってもらえると彼に愛されていると自信が持てる。


「アルヴィンさま」


 わたくしの声に彼が反応する。魔バッファローを仕留めた後、振り返った彼は、安堵のような後悔のようなぐちゃぐちゃの表情だった。

 彼は昔から、変わらない。怖がりで、優しくて、わたくしのことを大事にしてくれる。


「わたくしのこと、捨てたのではなくって?」


 助けに来てくれたことを感謝すべきなのにわたくしの口は、そんな拗ねたような言葉を吐き出す。先程まで、体力が底をつきたと思ったのが嘘のように元気になっていた。我ながら現金なものだと考えながら、わたくしはアルヴィン様の顔を伺う。ついでに魔バッファローの残りを屠りつつ。


 アルヴィン様は苦い顔をしてから、魔バッファローを屠るのを手伝ってくれる。いつの間にか、強くなったのだなあと思う。


「……その様子だと、僕がしたかったことはもう君にバレていそうだけど」

「アルヴィン様の口から直接お聞きしたいんです。乙女心に配慮してください」


 本来ならば、アルヴィン様とファーストダンスを踊るはずだったフロアでくるくると回りながらわたくしたちは討伐を行う。


「君のことを自由にしたかったんだ。あの日、僕を守ってくれた時に一目惚れして、勢いで婚約を打診したことをずっと後悔してきた」

「待ってくださる? 全然乙女心への配慮が感じられないのですけれど!?」

「……あー、君と婚約出来たのは勿論嬉しかったよ。すごく。君と出会えてから、この世は僕にとっての天国だ」

「続けてくださる?」


 アルヴィン様の言葉に気分が良くなる。魔バッファローもあと一体。残り一分を切った。


「君が、戦うことに――いや、僕を守ることに執心しているのに気がついたのは、すぐだった。勇敢で強い君のことが僕は好きだったから、男としては情けないかもしれないけれど、少し嬉しかったんだ。でも、このままじゃいけないとも思った」

「……何故ですか?」

「王城での教育は、君にとって窮屈だっただろう? 辺境伯の元で過ごしていた君は、住むところも変わった上に今までと違って自由に動くことも出来ない。君には、幸せになってほしいのに僕の婚約者である限りそれは許されなかった」

「だから、自分の瑕疵にして婚約破棄を目論んだと?」


 最後の一体が地に伏せたのを確認して、わたくしはアルヴィン様の手を握る。淑女としては、はしたないけれど、大目に見ていただこう。

 魔バッファローの血に塗れた手のひらだったけれど、アルヴィン様は退けたりはしなかった。


「確かにわたくしは、貴方を守ることに固執しておりました。なにせ、初めてわたくしが守ったと実感出来た相手ですもの。お父様たちに一人前として認められたかったわたくしにとって、貴方は一人前になったことを証明してくれる方でした」

「……そうだろうね」

「それに、王城での教育が窮屈だなと感じていましたわ。わたくし、今でこそ令嬢としての振る舞いが模範的なものになりましたけれど、昔はあまり得意ではありませんでした」


 でも、とわたくしは言葉を続ける。


「わたくし、それでもお役目を投げ出すつもりはありませんでした」

「僕を守ることを重要視していたから?」

「乙女心に配慮してくださいとお伝えしたでしょう? わたくし、貴方のこと好きです。愛しています。だから、窮屈なことにも耐えましたし、貴方の側でじっとしていても楽しかったんです。守る相手として固執していただけじゃありませんわ!」


 ぎゅうと力任せに手を握る力を強める。分かってほしい。わたくしが、貴方のことが好きだってことを!

 果たして、彼はわたくしの思いを理解出来たらしい。ぶわりと音が出そうな勢いで彼の顔が赤くなる。


「ですから、今回のことはとても悲しかったです。小説を真似て婚約を破棄しようとしたこともですが、わたくしに悩みを相談しようとしなかったことも。わたくし、アルヴィン様に思いを伝えていたつもりでしたけれど、足りなかったようですね」

「……それは、ごめん」


 わたくしにだけ聞こえる声量でアルヴィン様が囁く。王族が気軽に謝るのはいけないことだ。でも、わたくしのことを思ってくれるのは嬉しい。こんなことを考えるわたくしは、本当は第二王子の婚約者に相応しくないのかもしれなかった。

 それでも、わたくしを選んでくれたのは彼なのだ。それならば、わたくしは胸を張って彼に相応しくあろうと努力しよう。


「婚約破棄は撤回する。君が僕を選んでくれたのなら、僕は君と共に生きて君を幸せにするよ」

「嬉しいです」


 思わず、心の底から笑ってしまう。今日は淑女として失格な行動ばかりしてしまった。あとで教育係に叱られてしまうだろう。それでも、わたくしが喜んでいるのだとアルヴィン様にしっかり理解して欲しかった。


「……とはいえ、婚約破棄を皆の前で言った以上、撤回が容易に出来るとは思えない。僕が蒔いた種だ。どうにか元の形に戻せるよう努力するよ」


 いつの間にか三分経ってしまった。一応、やりたかったことは全て終わらせたけれども、彼の言う通り後始末が残っている。


「ここにいる全員を脅しましょうか? 今なら、魔バッファローの血がついた剣が手元にありますし」

「平和的解決を目指そう? 婚約破棄に巻き込んでしまった男爵令嬢である彼女のこともフォローしなければならないのだし」

「冗談です」

「君の冗談はたまに良く分からないよ……」


 パーティーに招かれた貴族たちと生徒たちの様子を伺う。戦っている最中は、被害が出ないように気をつけてはいたが、どんな反応をしているのかは見えていなかった。

 ちゃんと意識を向けて初めて気がついた。大半の人間が気絶している。怪我はないだろうと思ったし、息はしているのだが、何故だろう。

 首を傾げたわたくしにアルヴィン様が呟く。


「実戦経験がないから、血を見て倒れたか」

「ああ、なるほど!」


 魔物の襲撃は基本、辺境伯の領地で押しとどめている。近年は隣国と戦争すらしていない。魔物も血も見たことがない貴族の方が圧倒的に多いのである。

 気絶していない少数も端の方で戦ってくれていた騎士の皆さんやアルヴィン様を守っていた側近候補の方々だ。魔物も血も見たことのある人間には耐性があったのだろう。しかも、魔バッファローの血には、魔力が含まれている。魔力酔いも併発してしまったのかもしれない。


 わたくしは、ふむと考える。


「アルヴィン様。全てが幻覚だったことにしましょう。魔バッファローの血で起きた酩酊によって、前後不覚になり、仲睦まじいことで知られる第二王子とその婚約者の婚約破棄だなんて集団幻覚を見てしまったのだ、という筋書きです」

「無理がないか?」

「大丈夫。勢いで押し通せます。初めて魔物を見たんですよ? 気が動転しているのは自分でも理解出来たでしょう。こちらが自信ありげにしていれば、勝手に自分の記憶に対して不安になってくれますよ」

「いいのかなぁ、そんな人間の認知の隙間を突くようなことをして」

「こんなの、貴族なら誰でもしている駆け引きです。他の意識がある方々には……」


 わたくしが、ちらりと視線をやると騎士たちは目を逸らす。


「口止め料を渡しましょう。勇敢にも戦ってくれた戦士たちです。こんなものを渡さずとも黙っていてくださるでしょうが、命を賭けたことへの報酬を与えるべきです」

「そうだね。報酬は弾もう」

「もし、今回のことを口にした者がいても大丈夫です。わたくしと貴方の仲を疑うものがいないように、その……これからも仲睦まじく過ごせば良いかと。あの二人婚約破棄なんて、考えられない、といったように」


 少し恥ずかしくなって、わたくしは俯く。これからも仲睦まじく、なんて誘い文句は、はしたなかっただろうか。

 けれども、アルヴィン様はわたくしの顔を覗き込んで微笑んだ。


「うん。そうしよう。これからも仲睦まじく過ごそう。そして、こんな騒ぎはもう起こさないと約束するよ。僕の大事な婚約者様」




 

 その後の調査で魔バッファローの群れが王都の学園に現れたのも、国境で起きた異変も、全てこの世界を滅ぼすと言われている魔神が現れたせいだった。魔バッファローの襲来が神の思し召しかと思ったわたくしの考えは、そう外れたものではなかったらしい。随分と邪悪な神だったが。

 各国の有力者をかき集め、魔神を封印する旅に出ることになったアルヴィン様とわたくしは、より深く心を重ねて世界を救うことになるのだけれど、それはまた、別のお話。

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