第3話「この子、やけにグイグイ来てない……?」

「――これで、後はゆっくりできますね」


 無事下着も買ってこれた俺たちは、俺の部屋でホッと息を吐く。

 変な人たちに絡まれることがなくてよかった。


「とりあえず、寝室のほうを使ってください。俺はリビングで寝ますので」


 ベッドは女の子に使わせてあげたほうがいいと思い、寝室へと案内をする。


「リビング……お布団ありますか……?」

「ソファで寝ますので」


 心配そうに見てきたルナに対し、俺は笑顔を返す。

 ソファで寝るのはきつそうだけど、数日程度なら我慢できるだろう。

 女の子をソファに寝させるよりは、俺が寝たほうがいいに決まっている。


 ――と思ったのだけど……。


「なりません、そのようなことは……」


 なぜか、ルナが止めてきた。

 突然両手を包むように手を取られ、俺は固まってしまう。


「お体によろしくありませんよ……?」

「で、ですが、ベッドは一つしかありませんし……」


 わざわざこのために、新しい布団を買うようなお金はない。


「ご一緒に寝ましょう。わたくしはかまいませんので」

「えぇ!?」


 この子、いったい何を言い出しているんだ!?

 そんな、一緒にだなんて……!


「ご迷惑をおかけしていますので、私は大丈夫です」


 ニコッととても優しくてかわいらしい笑みを向けてくるルナ。

 絶対天然が入っていると思う。


「そういうわけにもいかないですよ……! 俺だって男ですから、危ないです……!」

「危ない、とは?」


 ルナはキョトンとした表情で、小首を傾げてしまう。

 俺が端折はしょった部分を理解していないようだ。

 言いづらくて濁したのに、こうも聞き返されると困ってしまう。


「いや、だから、その……!」

「聖斗様は、私に危害をお加えになられる御方には見えませんが……?」

「そりゃあ、意図的に加える気はありませんけど……世の中、弾みってものがありますし……」


 ルナはとてもかわいいのだから、無防備な姿を晒されて我慢できる自信なんてない。

 本当に、この世の存在とは思えないレベルで綺麗なのだから。


「それでは、私がソファで寝ます」


 俺が引かないと思ったのか、ルナは突然厄介なことを言い出した。


「さすがにそういうわけにはいきませんよ。ルナは女の子なんですし」

「ご厄介になっているのは私なのですから、ご一緒に寝るのが駄目なのでしたら、私がソファで寝させて頂きます」

「う~ん……」


 ルナはまじめで優しい子なんだろう。

 こういう時、男なんだからソファで寝てくれって言えばいいのに……。


「やっぱり女の子をソファに寝させて、自分はベッドに寝るなんてことは……」

「では、ご一緒に寝ましょう?」

「――っ!?」


 不意打ちで顔を覗き込まれ、俺は息を呑んでしまう。

 お嬢様のようにおしとやかな雰囲気を纏っていながら、意外とグイグイ来てるような……?


「私はかまいませんので」


 果たして、超絶美少女相手にこんなことを言われて、断れる男はいるのだろうか?

 俺はもう無理だ。


 だって、女性経験なんて皆無なのに、こんなふうに誘われ続けて断れるはずがないじゃないか。


「わかりました……」

「決まりですね」


 頷くと、ルナはとてもかわいらしく笑みを浮かべる。

 本当に、俺と寝ることに対してなんとも思っていなさそうだ。


 男慣れしているのかな……?


「それにしましても、まだ寝るにはお早いですよね……?」


 現在、時刻は十六時過ぎ。

 晩御飯も食べていないし、お風呂にも入っていない。

 当然、寝るにはまだ早い。


「この部屋でのんびりして頂いてもかまいませんし、リビングでくつろいで頂いてもかまいませんよ」

「聖斗様は、普段何をしてお過ごしなのですか?」


 ニコニコとした楽しそうな笑顔で、ルナは尋ねてくる。


「俺ですか? 俺は、宿題とかがなければアニメや漫画を見て――」

「アニメ!? 漫画!?」

「――っ!?」


 まるで餌を見つけた仔犬かのような勢いでルナが食いつき、俺は一歩後ずさる。

 その開いた距離を、ルナがすぐに詰めて俺の顔を覗き込んできた。


「聖斗様は、アニメや漫画がお好きなのですか……!?」


 なぜかルナは興奮しており、瞳をキラキラとさせながら聞いてくる。

 いったいどうしたというんだ。


「え、えぇ、好きですよ……?」


 日本に住んでいて、アニメや漫画が好きじゃない子はそういないだろう。

 たいていの子供は好きなはずだ。


『好みも合っているなんて、やっぱり運命ですわ……!』


 ルナはとても嬉しそうにしながら、包んでいる俺の手をスリスリと擦ってくる。

 英語の早口で言われ、何を言ったのかは聞き取れなかった。


「ル、ルナ……?」


 くすぐったいんだけど……。


「どういうアニメを見ておられるのですか……!?」

「えっ、どういうって……特にこだわりとかはないですかね……。異世界ものとか、スポーツものとか、頭脳戦ものとか……暇があれば見てる感じですから……。それこそ、ラブコメも見ますし……」


 俺はルナの圧に押されながら、正直に答える。

 一人暮らしをしているものだから、普段から時間を持て余しているのだ。


 部活に入るわけでもなく、アルバイトや塾に通ってもいないので、アニメや漫画を見て時間を潰している。

 周りからは羨ましがられると同時に、馬鹿にもされるような生活だろう。


 しかし、ルナは――。


「素敵ですね……!」


 なぜかこんな俺を肯定してくれる。

 他人を見下さないいい子なのだろうけど、こうも肯定されると悪い気はしない。

 というか、普通にとてもいい子だと思った。


「ルナも、アニメや漫画が好きなんですか?」

「はい、大好きです……! そのために日本に来たと言っても、過言ではありませんわ……!」


 それは過言な気がするけど……そっか、だからルナは喜んでくれているんだ。


「それじゃあ、一緒に見ますか? 配信サイトに有料会員登録してありますので、配信されているものでしたら見れますよ」

「本当ですか!? 是非……!」


 どうやら、乗り気になってくれたようだ。

 俺はルナを連れてリビングに行き、パソコンをテレビに繋ぐ。


「何を見ますか?」

「おすすめでお願い致します」


 おすすめか……そう言われるのって、意外と困るんだよな……。

 

 俺は何を見せたらルナが喜ぶのかを考える。


 ルナもアニメが大好きとのことだし、最近放送されているものは見ているだろう。

 となると、俺たちが幼い頃に放送されていたものがいいかもしれない。


 そう思った俺は、昔やっていた女の子向けの大人気アニメを選んだ。


 そして、ソファに座っているルナの隣に腰を下ろすと――。


「……♪」


 突然俺の腕に抱き着いてきて、肩に頭を乗せてきたので――俺はアニメどころじゃなくなるのだった。


 ――うん、この子まじでグイグイ来すぎじゃない……?

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