第2話「匿って頂けませんか……?」

「ル、ルナ、スウィート、クリス……?」


 名前が長くて覚えられなかった俺は、覚えている限りを口にしながら彼女を見る。


 外国人って、こんなにも名前が長いの……?

 一度じゃ覚えられないでしょ……。


「ふふ……ルナ、でよろしいのですよ」


 戸惑っている俺を見て、ルナはクスッと笑みを浮かべる。

 あんな怖い目に遭ったばかりだというのに、随分と落ち着いた子だな……。


「あっ、えっと……俺は、桐山聖斗です。よろしくお願いします……」


 とりあえず、俺も自己紹介をしてみる。


「聖斗様……」


 彼女はジッと俺の顔を見つめながら、噛み締めるように俺の名前を口にする。


「様はいらないですね……」


 お嬢様か何かなのだろうか?

 口調も丁寧だし、仕草も上品さが窺える。

 

 もしかしたらそれで、変な奴らに攫われそうになっていたのかな?


「いえ、聖斗様、とお呼びさせて頂きたいです」

「はぁ……?」


 どうやら、俺のお願いは聞いてもらえなかったらしい。

 変なところでこだわりがあるものだ。


 まぁ、そう呼びたいって言うなら、仕方ないかな……。


「場所移しながら話をしましょうか。警察に連絡をしたほうがいいですよね?」


 男たちが復活したら今度こそやばいので、俺は奥に続く道を指さしながら話を続ける。

 しかし――。


「駄目、です……。警察への連絡は、してはいけません……」


 何やら訳ありのようだ。


「でも、誘拐されそうになってたんですよ……?」

「警察は駄目なのです……」


 警察が駄目……?


 はっ――!

 もしかして、裏で警察を手懐けているような、凶悪組織が裏にいるとか……!?


 ――なんていう馬鹿な考えが頭を過り、俺はアニメの見過ぎかもしれない、と自分をいさめた。

 普通に考えて、そんなことありえないもんな。


 ……いや、誘拐自体が普通はありえないことだから、警察の件もあながちないとは言えないかも……?


「では、どうしたらいいですか……?」


 とりあえず、被害者であるはずの女の子が駄目だと言うなら、警察に言ったところでどうしようもない。

 だから、彼女の考えを聞いてみた。


「…………」


 ルナは口元に手を当て、真剣に考え始める。

 そして――。


かくまって、頂けませんか……?」


 とんでもないことを言ってきた。


「えっ!?」

「実はわたくし、先程の方々から逃げている最中なのです……。捕まってしまいますと、望んでもいないことをさせられますので……。数日でよろしいですから、匿って頂けませんか……?」


 もしかして、さっきの男たちは借金取りか何かなのだろうか?

 捕まったら身売りをさせられるから、必死に逃げている感じかな……?


 確かに、かなり怪しい男たちだったし……暴力団関係者と言われたら、納得してしまいそうな風貌だった。

 そんな人たちと関わるようなことはしたくないのだけど……。


 考えを整理していた俺は、チラッとルナの顔を見る。


「…………」


 ルナは縋るような目をしながら、ジッと俺の顔を見つめてきていた。


 こんなにもか弱い子を、見捨てることなんてできないもんな……。

 そもそも、一度関わってしまった以上は、あの男たちに目を付けられているだろうし……。


 この子を説得して、警察に行かせたほうが良さそうだ。


「わかりました、数日であればなんとか……」


 幸い今は夏休みであり、いつも以上に自由が利く。

 たった数日であれば、あの男たちに見つからないようにできるだろう。


「本当ですか……!?」

「困った時はお互い様ですからね。ただ――」


 俺は現在訳あって一人暮らしをしていることと、匿っている間は外出を控えてもらうことを伝えた。

 すると――。


「好都合でしかありませんわ……!」


 なぜか、喜ばれてしまった。


 あれ、おかしいな……?

 この子、身の危険とか感じないのだろうか?


 こう見えても一応、俺は男なんだけど……。


 天然そうに見えるし、よく考えていないのかもしれない。


「それではすぐに、俺の家に行きましょうか。この近くですので」


 この辺の道は熟知しているので、男たちがいた場所から鉢合わせしない抜け道を通ることにする。

 ルナは文句も言わず、俺の後をついてきてくれていた。


 その道中――。


『あっ、下着……』


 ルナが、ボソッと何か呟いた。


「何か言いましたか?」

「その……」


 尋ねると、ルナは言いづらそうにモジモジと体を揺すり始める。

 心なしか頬も赤くなっているのだけど……どうしたんだろう?


「問題でもありましたか?」

「えっと……服はお貸し頂くにしましても、その……下着の替えがないことに気付きまして……」

「あっ……」


 ルナに指摘されて気が付いた。

 一人暮らしをしている俺の家には、現在女ものの下着なんてあるはずがない。

 実家に帰れば妹の下着を借りることもできるだろうけど――あまり使いたくない手だ。


 持ってきてくれ、なんて言った日には軽蔑と罵詈雑言の嵐だろうし。


 となると、買いに行かないといけないのだけど……。


「いったん家に帰って、変装をして出かけましょうか……」


 このまま出歩くのは危険なので、俺の持っている服を貸して変装してもらうしかないだろう。

 さすがに女ものの下着を一人で買う度胸はないので、ルナに買ってもらわなければいけない。


「わかりました、それではそのようにお願い致します」


 ルナも納得してくれたらしく、予定通り俺は自分の住んでいるマンションを目指すのだった。


『――この運命的な出会いに、感謝致します……神様……』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る