第4話

黎が目を覚ましてから数日後、彼の体調は徐々に回復していた。医療チームの看護と食事療法のおかげで、黎の顔色も少しずつ良くなってきた。

そんなある日、斗鬼が病室にやってきた。


「体調はどうだ、黎?」斗鬼がベッドの横に立ちながら尋ねる。


「少しずつ良くなってきました。でも、まだ体が思うように動かなくて。」黎は少し弱々しい声で答えた。


「禁断の契約書の力を結んだ影響だろうな。無理はするな。今は休め。」斗鬼は頷きながら、黎の肩に手を置いた。


「そこでなんだが、お前に紹介したい奴らがいる。お前が、回復したらすぐに任務に回されるだろうから療養中の今しかないと思ってな月影についてとかお前も聞きたいことがあるさろう。それの説明を受けろ。」


そう言って後に、斗鬼さんは「入れ。」と扉に向かって言う。すると、「失礼します。」と言うはもった2人の声が聞こえた。

入ってきたのは、斗鬼さんと同じような隊服を着た2人。一方は、その隊服に白い白衣を纏っている綺麗なミルクティー色の髪の女性。もう1人は、同じような隊服に白衣は着用しておらず、首までの綺麗な水色のような青色の髪をしていた。あくびをしていて、見るからに眠そう。


「初めまして、月見 黎くん。私の名前は、天羽 蝶亜(あまは ちょうあ)だ。よろしくね!」


白衣を着ていた蝶亜と名乗る人は、斗鬼に軽く挨拶をした後に黎のベットの方に早歩きで歩いて来た。

そして、斗鬼隊長が座っていた椅子の隣に椅子を引きずって持って来て前のめり気味に話をする。


「黎くんには、聞きたいことが山ほどあるし、言いたいこともたくさんあるの!!あ、黎くんって呼んでもよかったかな!?黎の方がいい?!それとも、月見くん?!あ、私のことは好きに呼んでもいいよ!それと〜


「それくらいにしとけ」


「あでっ」


何から答えればいいのか、困って。目を白黒させていると、それを見越した斗鬼隊長が蝶亜さんの頭にチョップを入れる。


蝶亜は、斗鬼の手が頭に触れた瞬間に「いだっ!」と声を上げたが、すぐにおとなしくなる。その様子を見て、黎は少しだけ安堵の息を吐いた。


「すまんな、黎。こいつは少々うるさいところがあるんだ。」斗鬼は少し呆れたように言いながら、蝶亜に視線を向ける。


「ごめんね、黎くん。ちょっと興奮しすぎちゃったわ。」蝶亜は頭を押さえながら謝罪の意を示した。


「あ、いえ。全然大丈夫です。」


とりあえず、悪い人ではないんだと言うことはわかったのでよしとする。


「それでは、黎くん。まずは、私たち月影についていくつか説明させてもらうわね!!」


そう言って彼女はどこから引っ張り出して来たのか、移動式のホワイトボードをガラガラガラーと後ろの方で立ち寝していた人と一緒に運んで来てペンを走らせる。


斗鬼隊長は、もう諦めたような目を向けていた。


ホワイトボードには、いつの間にかびっしりと黒い文字が並べられていた。

 

「じゃあ、まずはどこから話して行こうかしら。月影の起源から?」


蝶亜さんはパッと後ろを振り返り、斗鬼さんの方を見る。


「そんな昔から、話す必要なないと思うが…まぁお前が説明するんだ…好きにしろ。」


そう言うと、蝶亜さんはキラキラとした目で黎の方を見た。


「じゃあ、黎くん。どこから話せばいいか、私もいまいちわかってないけど。とりあえず、説明してくから。頭に叩き込んでね!」


「は、はい…」


そこから、長い長い授業が始まった。


「まず、この契約社会の起源を説明するわ。この契約社会は、ずっと昔。太古の時代、神々が人間に力を与えるために作られたとされている。人間は、神を絶対として祈りなどを捧げていた時代。人類の繁栄のため、国の繁栄のため。力を欲した。そこで、神々が人々の願いを聞き入れてくれたの。ただし、神々は人間に特別な力を授ける代わりに、均衡を保つために対価を要求した。この対価の概念が「契約」の始まりとなった。

最初のうちは、人類は悪用せずに村のため、国のため、家族のため、繁栄のためと使っていたのだけれど、やはりいつの時代にも悪用する人はいるの。その力を使って国を支配しようとするものが現れ、それを阻止しようとする者も現れる。その阻止しようとしたのが『月影』の始まり。国を支配しようとしたのが月影の間で『闇契(あんけい)』と呼ばれる者たちの始まりよ。」


「闇契…?」


蝶亜さんは、ホワイトボードに簡単にまとめながら説明をしてくれる。


「そう、闇契。黎くんの住んでいた街が炎によって燃やされてしまったでしょ?その燃やした人たちがまさに闇契よ。」


「!?」


「闇契の目的は、当初。国を支配することだった。いや、今もそうなのだけれど近年は少し違うの。契約者の中では使ってはならないとされている『禁断の契約書』。それを受け継ぐ者たちを探すようになった。『禁断の契約書』は、この世界に10個存在しているの。『漆黒(しっこく) 』『魔導(まどう)』『時輪(じりん)』 『炎凰(えんおう) 』『瑠璃(るり) 』『翠嵐(すいらん) 』『玉屑(ぎょくせつ)』『雷霆(らいてい) 』『天光(てんこう) 』『天樹(てんじゅ) 』」

彼女は指を一つずつ折りながら数える。

黎は、頭の中で蝶亜さんが言っていることを繰り返し唱える。


「これらの禁断の契約書と普通の契約書の違いは、いくつかあるの。まず、自然の節理や法則を無視してしまうと言うこと。神が与えた力は、神自身を上回らないようになっているはずなの。だから普通の契約書は、電気だとしてもそんな雷雨を起こせるような力は出ないし、水といっても津波を起こすような力はない。ただ、『禁断の契約書』の力はそうはいかない。起こせてしまうのよ。津波や雷雨が…だから、神は全ての力の源として使ってはならないと言う意味で『禁断の契約書』と名付けた。では、それがなぜ日常的に起こらないのか。それは二つ目の違いにつながる。代償が大きいと言うこと。」


蝶亜さんはそういって黎を見る。


「さっき、神は力を与える代わりに対価を要求したといったわよね?黎くん。あなたは、禁断の契約を結ばされたから1番わかるでしょう。生死の狭間を彷徨うような思いをした。体は熱くなります、心臓も壊れるのでは、と言うほどに脈打つ。契約に使われた血の量も、多かったはず。死ぬような、思いをしたはずよ」


黎は、その言葉に頷く。

蝶亜さんのこの説明を聞くと、昨日のことのように思い出してきて、体が覚えている。震える。

俺は、思わず心臓を抑えた。


「だから、過去にも禁断の契約を結ぼうとしたものが何人も何十人も何百人もいたの。でも、みんなその莫大な力に耐えられず命を落としたり…契獣と言われるものに姿を変えた…」


そういって、彼女はホワイトボードに契獣と書き、まるで囲む。


「契獣とは、契約をする上でその力に耐えられずに人ではないものへと化した者のことを指すの。太古の時代からこれらの名称は変わることなく受け継がれてきてる。そして…」


「?」


黎は、ずっと真面目に聴いていて。斗鬼さんも黎の隣の椅子で足を組みながら聴いていて。1番奥では、立ち寝をしている人が1人。

蝶亜さんは「そして…」といって、どこからともなくメガネを取り出してクイクイッと押してから


「ここからが、本題よ!!!」


といった。


「あ、まだ。本題じゃなかったんですね。」


「あったりまえよ!!!」


もう、かれこれ1時間は話し込んでいるだろう。

斗鬼さんの方をチラッと見ると「慣れろ。」の一言で片付けられた。


「ここからは、月影について説明していくわ。私たち月影の役割は、主に三つ。一つ目は『禁断の契約書』を10個集めて保管するor破壊して契約の力をなくすこと。二つ目は、闇契をやっつけるor仲間に引き入れる。そして三つ目は、もうこれ以上、私たちのようにつたい思いをする人を少しでも減らすこと。それが、私たち月影の使命だ!わかった!?」


そういって、またどこから出したのかわからない指示棒をこちらに向ける。


かれこれ、2時間か3時間で蝶亜さんの説明は終わった。彼女は黎に対して契約社会や禁断の契約書についての詳しい知識を与えた。黎は情報の多さに圧倒されつつも、彼女の情熱的な説明に感謝していた。


「さて、黎、蝶亜の説明は大変だっただろうが、次はもう一人紹介したい人物がいる。」斗鬼さんがやや疲れた表情で言った。彼の目には長時間の説明を聞き続けた疲労の色が浮かんでいたが、その瞳の奥には慣れが感じられた。

黎もいつかは慣れるだろうか。


斗鬼さんは、ちらりと部屋の片隅で眠りこけている人に目をやった。その人は、さっきまで立ち寝をしているはずなのに、ベッドのそばに置かれた椅子に座り、頭を壁に預けて軽い寝息を立てていた。斗鬼はため息をつきながらその人の方に歩み寄り、軽く肩を叩いた。


「湊、起きろ。黎に自己紹介をしてやれ。」


湊は目をこすりながらゆっくりと目を開け、周囲を見渡した。しばらくぼんやりしていたが、すぐに状況を把握して立ち上がった。


「ああ、悪い。いつの間にか寝ちまったな。」湊は髪をかき上げながら、黎の方に向き直った。

見た目的に女の人だと思っていたのだが、俺と言う言葉に驚きを覚えた。


「俺の名前は湊(みなと)。ここの副隊長をやってる。色々と大変だろうが、何か困ったことがあれば何でも言ってくれ。ふあぁ〜。」


湊はあくびをしながらそのまま椅子に戻り、再び頭を壁に預けた。彼のリラックスした態度とは対照的に、その目には鋭い知性と経験の深さが見え隠れしていた。


「湊は見た目はこんなだが、頼りになる奴だ。お前も何かあれば相談するといい。」斗鬼さんは黎に向かって言いながら、湊に軽く目をやった。


「はい、わかりました。」


「今日から1週間後に、訓練を開始する。それまでは、蝶亜が説明他こととか頭に叩き込んでおけ。」


「は、はい。」


「じゃあね〜。黎くん!ちょくちょく遊びにくるよ〜ん」


そういって、手をひらひらと振ってくれる蝶亜さん。


「じゃあな、黎〜。」


そういって、変わらず眠そうな湊さんは、斗鬼隊長に連れてかれてその日は終わった。

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夜狩り 如月 月華 @monaka211113

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