クラス1の美少女にはやらなければならないことがあった
みけめがね
勅使河原彩子の朝の戦争
「――――ん……ふわぁ……」
一日の始まり、なんだかいつもより気持ちよく寝れた気がしてあくびを咀嚼しながらスマホの電源を入れる。
画面には八時十五分の表示
八時十五分、八時十五分…………
「ね、寝坊したあああっ!!!」
「お姉ちゃん、朝からうるさい!」
同じ部屋で寝起きする二歳年下の妹がせっせと中学校の制服に着替えながら、大きな姿見越しに絶望の表情を浮かべた私に向かって怒鳴る。
その瞬間、私の頭に浮かんだのは遅刻の心配とかありふれたことではなく、自分の顔面の心配だった。
姿見に映った私の目の下には昨日の夜ふかしが祟ったのかくっきりと青クマが出現していた。
このままでは高校入学以前から心掛けていた、美少女で尚且つ夜更かしなんてしない健康優良児の勅使河原彩子。というイメージが先生どころかクラスメイトあわや全校生徒に浸透してしまう!
それよりもアイツにこんな顔見られたら絶対笑われるし……
「行ってきまーす!」
家を出る妹の声で私は我に帰った。時刻はすでに八時十六分、幸いにも髪に寝癖はついていない。
まずやるべきことは制服に着替える。顔を洗い、化粧水を浸透させ、下地にトーンアップ効果のある日焼け止めを塗って時短しつつ、肌を綺麗に見せ、眉毛の少ないところをアイブロウパウダーで生徒指導の先生にバレない程度に書き足す。ついでにちょっとシェーディングも入れる。
いつもと比べたら死ぬほど簡略化している。JKの朝は時間との戦いなのだ。
玄関でローファーを履き、いざ登校。
JKらしからぬフォームで急いで学校に向かって走る。
そんな緊急時でも人間は忘れていたことを思い出してしまうのだ。
(あれ? そういえば青クマ消してないよね?)
スマホに映った時刻は八時十九分……
本末転倒とはまさにこのことだと私は思った。
冷や汗がダラダラと湧き出てきたが気合いで止めた。朝からメイクが崩れるのは流石にまずいから。
(どうする……? 今から家戻る!? でもそれじゃ絶対学校間に合わないし……!)
脳内でぐるぐると思考が回る。
(もう今日は学校休もうかな……)
そう思った瞬間、誰かに後ろから肩をガシッと掴まれた。
「――っひゃあ!!!!」
「はっ……はぁ……おはよ、彩子!」
呼吸を整えながら、顔馴染みで無駄に顔のいい大型犬のような男子生徒が私に向かってはにかんだ。私は咄嗟に両手で顔を隠す。
「
よりによって一番見られたくないやつに会うなんて、今日はとことんついてない。
「なんで顔隠してるんだよ、ははーんわかったぞ、鼻にでかいニキビでもできたんだろ」
「はぁ!?……そ、そんなんじゃないって!」
「じゃあどうしたんだよ?」
「うぅ……絶対笑わない?」
「笑わねえって……」
私は顔を覆っていた両手をどかして、顔を見せた。
「き、昨日……夜更かししちゃって……クマが……」
「……ぷっ……あっはははっ!!!」
やっぱり笑われた。こんな思いをするくらいならクマくらい消してくればよかった。
「笑わないって言ったじゃん!!!」
「いや、予想以上にくっだらないなぁって思って、はぁ……おもしろ……」
「……JKには死活問題なんですぅ!!!」
「まぁ、俺も昨日よく眠れなかったからさ、ほら、目の下にクマちょっと見えるだろ? お揃いってことで!」
日焼けはしているが目立った肌荒れのない綺麗な肌、ぱっちりとした目の下にうっすらではあるが、寝不足が原因であろう青クマが出ている。
(それでも顔が良いのが余計むかつく……)
「おいおい、あんまりむすっとした顔するとシワよるぞ」
「そんな顔してない! ただ……」
「ただ?」
大翔がニヤニヤしながら私の顔を覗き込む。そのむかつく顔が私の心をぐちゃぐちゃにかき乱しているというのに
「……なんでもない!!!」
「なんだよ、まぁ、今日も変わらず彩子は可愛いんじゃね?」
「……え? 今なんて?」
昔よりも随分大きな後ろ姿に聞き返そうとしたその時、キーンコーンと数十メートル先の学校のチャイムが鳴った。
「やべっ、走るぞ!」
「ちょ、大翔! 待ってよー!」
街路樹の間を縫うように木漏れ日がサラサラと流れ、初夏の朝の爽やかな風が頬の上を撫でる。
みんなの好きな私より、あなたの好きな私を目指すのも悪くないかも。そう思いながら学校へ向かって走り出した。
クラス1の美少女にはやらなければならないことがあった みけめがね @mikemegane
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