100円では買えなかったもの
めいゆ
100円では買えなかったもの
小学5年生の時、地元の夏祭りでジャニーズの下敷きを買ったことがある。
まず、エンタメとしてテレビを見る習慣がない家で育った当時のわたしはジャニーズが何なのかをよく知らなかった。
クラスのおませな女の子たちとの会話の中で、とりあえず「山ピー」と「亀梨」がいて、二人ともとにかくイケメンでこの顔が嫌いな女子はいないらしいことまでは知っていた。一体どんな顔なんだと思い親にねだってテレビのチャンネルを回してみたが、彼らの顔はわたしが寝る21時以降のテレビにしか映らないらしかった。
そんな知らない人の下敷きを買うことにしたのにはもちろん理由があって、当時参加していた地域のスポーツクラブで6年生のお姉さんたちがジャニーズ好きな人が多かったからなのだった。同じ5年生のチームメイトたちが6年生と仲良くしている中で、わたしにとっては上の学年の子と仲良くなることはおろか話しかけることだって相当な勇気が必要だった。そして、いつだって会話のきっかけを探していた。
スポーツクラブのみんなで行った夏祭りの屋台は、そんなわたしに大きなチャンスをくれた。その日、輪投げやくじ引きと一緒に店頭に並んでいたのが、ランダム式でジャニーズメンバーの写真がプリントされている下敷きだったのだ。黒いビニール袋で包まれ中身が見えない状態で、根元をひもに通され冊子状に束ねられている。
これを見つけた時わたしの中には、もしかして下敷きを買えばお姉さんたちとの繋がりができてそこから仲良くなったりしちゃうんじゃないかというあまりにもいじらしい期待が芽生えてしまったのだ。
案の定、下敷きの束にわっと集まるお姉さんたち。手持ちが70円しかなかったわたしは「ま~この子ったらジャニーズに興味を持つようになったのね」と思われる恥を忍び急いで一緒に来ていた母親に30円を借りにいった。
下敷きのもとに戻ると、めいめい下敷きを手に入れてひとしきり盛り上がったお姉さんたちがわたしの登場にざわめいた(ように感じた)。10枚の10円玉を握りしめたわたしをみんなが囲む。「えっ、(わたしの名前)ちゃんも買うの!?」「ジャニーズ好きなんだ!誰が好き!?」「ねぇねぇ、ウチ一緒に選ぼうか?」あの瞬間、わたしは主人公だった。
黒いビニール袋に包まれた下敷きを一枚一枚めくりながら「本当に欲しいわけでもないものを買ってしまった……」と自分自身に小さなショックを受けていたことを今でも覚えている。でも、そんなことはどうでもよかった。
周りでお姉さんたちがビニールの隙間から中を覗きながら「これ多分○○くん(知らない)だよ!」「これいっぱいメンバー写ってるからお得だよ!」「山ピーにしなよぉ!」などと盛り上がっていたのは、単純に自分の好きなコンテンツを人にススメるときのそれだったのだけど、わたしにはそれが自分のために一生懸命になってくれているように思えて、ひどく嬉しかったのだった。
可能な限りゆっくりと時間をかけて段々お姉さんたちも飽きだした頃にようやく選んだ下敷きは、結局どこのグループの誰だったのか、もう覚えていない。
夏祭りのあと、6年生のお姉さんたちと仲良くなることはなかった。わたしは21時以降のテレビにしか映らない山ピーや亀梨のカッコよさを知らないままで、毎週更新される話題についていけなければ話の輪には入れなかった。小学生の世界は大人よりずっとシビアなのだ。
あの場で輝いて見えた下敷きは家に帰る頃にはすっかり光を失っていた。友達とおそろいで買ったサイリウムの腕輪よりもずっと短い寿命だった。冷静に考えると、そもそも知らない人の顔が下敷きいっぱいに写っていることが怖いし、それを自分の手元に置いておくというのはかなり抵抗があることに気付いてしまった。
すぐに捨てるのは罪悪感があるし、小学生からしたら100円はそれなりの大金でもったいない気持ちもあるしで、しばらくは部屋の隅に積み上げた本の下敷き(文字通りの意)にしたのち結局一度も使うことなく捨てることにした。
名前も知らないジャニーズの人がゴミ袋越しに誰かと目を合わせなくて済むよう、下敷きを折り曲げて袋に詰めようと試みたが、これが値段の割に頑丈で中途半端に曲がっただけだった。「く」の字に曲がった新品の下敷きを見て、今度はものを粗末にしてしまったことにショックを受け少し泣いた。
心のすり傷と、母親からの30円の借金、そして100円ではお姉さんたちと仲良くなることはできなかったという事実。自分に残ったのがそれだけだったと気付いた瞬間、わたしは生まれて初めて「虚しい」を知った。
これがこの先の十数年、特に重めの体調不良に陥った時なんかにふと蘇る記憶になるとわかってさえいたら。当時のわたしは下敷きを買うことを一瞬くらいはためらったかもしれない。
100円では買えなかったもの めいゆ @meiyu_0v0b
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