第八話 退屈という猛毒

 ヒトから得た思考という能力と、それに随伴してきた厄介なノイズである自我、感情、記憶。戸惑っていたセイム王であったが、これまでも新しい形質を得て己のものとする時には試行錯誤が繰り返されてきたのだ。ノイズの影響はいつか回避できると、王はヒトを取り込んだ悪影響をそれほど深刻に捉えていなかった。

 摂食した餌が消化されて己の血肉となるプロセスと、何も変わらない。採餌後はいつも不活性になってエネルギー消費を抑えるのだから、不純物はその間に澱として意識下に沈むだろう、と。


 だが……甘かった。セイム王はヒトの能力を取り込んだものの、ヒトではない。ヒトが思考による意識の混乱を抑え、肉体の消耗を回復させるために意識的もしくは無意識に行う『眠る』という行為が、セイム王には出来なかった。セイム王が行うのは不活性化だ。身体を動かさず、静止し続けることで己を長く保とうとする。これまでは意識というものが一切なかったために、静止中は無機物の岩と何も変わらなかった。何千、何万年経ったところで、空腹が身体を駆動しない限りそのまま静止していられた。時間という概念がそもそもなかったのだ。それが、ヒトの摂食後に一変してしまった。


 眠ることで意識を鞘に収めることが出来ないセイム王は、静止中ずっと意識の勝手気ままに振り回されるようになったのである。考えても仕方のないことをぐるぐるぐるぐると考え続け、そのどれもが解の決して導かれないたぐいのものだった。

 何をどう考えたところで結局取るに足らないことばかりだ。考えても仕方がない。セイム王はそう割り切ることで苦難から逃れようとしたのだが。澱を無理に沈めると、その後は永劫とも言える空虚な時ばかりが意識されるようになる。

 これまで静止期間が一秒だろうが何万年だろうが変わらなかったセイム王にとって、無為に何事もなく過ぎ行く時の流れが猛烈に苦痛に感じられるようになったのだ。

 考えても苦痛、考えなくても苦痛。これまでどのような敵に襲われても決して感じなかった果てしない苦痛に苛まされ、セイム王は激しく悶えた。だがどれほど煩悶を繰り返したところで、退屈が消え去ることも薄まることもなかった。ここに至って、セイム王は初めて自己保存という大原則に疑問を抱くようになった。


「俺は、存続し続ける意味があるのか?」


◇ ◇ ◇


 やがて。セイム王がひどく悩まされていた退屈は、少しだけ解消されるようになった。魔王討伐と称して、セイム洞にわらわらとヒトが入り込むようになったからだ。


 セイム王は最初に摂食したヒトが剣士だったこともあって、ヒトの二足歩行や腕の自由利用、道具の使用能力を獲得していただけでなく、剣士としての潜在的技量も備えていた。元々の装甲を甲冑という形に改変し、人型を模して侵入者を迎え撃った。

 侵入者の攻撃が武器によるものであった場合、それがいかなる武器、技量であってもセイム王には通用しない。不死という特性を持つセイム王は実質無敵だったのだ。


 しかし、旧来の性質を保持していたことが王を悩ませるようになった。運動能力が採餌に特化していたため、戦闘を長時間維持できなかったのである。戦闘が長引くと徐々に運動能力が低下し、最終的には静止状態に陥ってしまう。アンデッドゆえにとどめを刺されることはないにせよ、特性を覚られるといつか滅ぼされるかもしれない。王は限られた時間でけりをつけるためにわざと敗走して広間に誘い込み、そこで皆殺しにするという戦法を使った。

 洞からは誰一人として生かして出さぬ。自己保存のための鉄則は徹底されたのである。


 倒したヒトを摂食することにより、最初に摂食したヒトが持ち合わせていなかった技量や情報、思考が追加され、ヒトとして見た場合の王のスキルはぐんぐん上昇していった。だが……それも束の間だった。入り込んだ者が誰も還らぬ呪われた洞。広く悪名が知れ渡るようになったセイム洞の入り口が、巨大な鉄扉で封鎖されたからである。

 洞に入り込む者は誰もいなくなった。己以外は誰も洞から出さないという原則をあまりに徹底したため、己の首を自ら締めてしまったのだ。王は、再び致命的な退屈に悩まされるようになった。

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伝承者の嘆き ー Relayer's Lament ー 水円 岳 @mizomer

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