闘牛除霊師・レイコ

夏伐

過疎村を破壊するバッファローの群れ

 レイコには三分以内にやらなければならないことがあった。

 レイコの住むみたらし村が数多の怪奇現象により存続の危機に陥っていたのだ。通話状態で胸ポケットに入れていたスマホに向かって叫んだ。


「神主さん!!!」


 洋裁店の不良在庫であった大きな布を揺らしながら、道路に立ちふさがっていた。霊感などはなかったレイコではあったが、見えない何かが地面を揺らしているのを感じた。


 彼女にとって初めての霊現象だ。


 さながら闘牛士のように、布を揺らす。一瞬ではあるがこちらに気を引けばいい、と言われていたものの、初めて体験する霊現象に命の危険を感じていた。


 ☆


「君たちは『霊道』という言葉を知っているか?」


 みたらし村の集会所に村人が集まっていた。神社の神主は神妙にそんな言葉を呟いた。


 レイコは普段はSNSで『パーティーしようぜ!』と似非パリピ除霊法をポストしている除霊系インフルエンサ―だ。


 幽霊が好む場所の特徴で有名なものとして「じめじめしてる」「薄暗い」「風通しが悪い」などがある。

 卵が先か、ニワトリが先か。


 レイコはその場所を様々な最新家電や地元であるみたらし村の人脈を駆使し「除湿」「間接照明」「リフォーム・部屋の模様替え」を行うことで、結果的に解決に導いていた。


 それでも解決しなかったし、急に怪奇現象が起き始めたのだ。


 本当にどうしようもない霊は、普段から寄進しまくっている寺の和尚に経を読んでもらい、それでもダメであればみたらし神社の出番である。


 その神主が『霊道』などと言い始めた。


「霊が通る道と書いて『霊道』。道ごとに似通った性質の霊が通っているという」神主は大げさにため息をついた。「小玉串村が山を崩して道を分断したせいで霊道がうちの村を通ることになったようだ」


「でも、換気とかしてれば大丈夫って言いますよね?」


 レイコの質問に、八百屋も魚屋も、みたらし村の大地主でさえうんうんと頷いている。みんな『霊』を商売にするにあたってスピリチュアルは一通り履修済みだった。


「限りなく霊感商法ではあったがレイコちゃんのの活躍でようやく復興していたみたらし村もこれで終わりだ……私はこの神社と共に果てる覚悟をしています」


「うちの村もビルとか建てて土地開発しちまえばいいんじゃないか?」


 大地主のみたらしさんがそう言った。

 霊が見える、と子供の頃から有名だった神主さんではあったが、みたらし氏の全てを金でしばきたおす戦法に肩をすくめる。


「霊道に変な家を建てたせいで霊級ダンジョンみたいになった話をホン怖で見たぞ。ならうちも道路で分断するかビル立てて迷宮作っちまおうや」


 みたらし氏のスピリチュアル教科書は漫画雑誌だったようだ。


「ウィンチェスターハウスみたいなの作って、呪いの館で村おこしってのもいいなぁ」


 レイコの父も楽しそうに幽霊版の監獄島アルカトラズ計画について話し始めた。


「皆さん、今、村で怪奇現象を起こしている霊のほとんどは動物霊です。そして数時間後に津波のようなバッファローの霊の群れが突進してきています」


「は? でも霊じゃないですか?」八百屋がすっとんきょうな声を上げる。「すり抜けるでしょ?」


「でも霊って首絞めたりするの定番じゃない?」


 魚屋の奥さんが定番怪談を思い出したように言う。


「そうそう、俺たちが見てるYoutubeの人も『霊が攻撃してくる瞬間、実体化してるその時に反撃で殴ると消える』って言っていたぞ。でもバッファローの群れじゃなぁ」


 二人はYoutubeを参考にしているらしい。みたらし村では村おこしの方法があまりにグレーなため、変な思想に染まったら抜けるまで寺で修行のうえ、その間、神社清掃のボランティアの刑に処される。

 二人は二度ほどこの刑をくらっているため、一般村人では検索には引っかからないレベルの謎tuberの知識を披露することがある。


 しかし今回は、大当たりだったようだ。


「そうですね……、既に村は幽霊サイドのホームな状態です。我々がアウェイな状態では、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに対抗することはできません」


 珍しい神主さんの笑顔に魚屋夫婦はほっとした表情を見せる。


「数時間前から続く地響きで、私もようやく気付いたんです」


「今まで動物の霊が村で悪さしてたんですよね?」


「ええ、動物園でしか見れないようなレアアニマルや猿、イノシシ、クマ、犬猫ハムスターがたくさんいました。とはいえ結局は通りすがりでしたから」


 村人の困惑の声に神主はしみじみと答えた。


「でも物理的に干渉してくるって決まってないですよね?」


 レイコの言葉に寺の住職が手をあげる。


「一昨日、寺の鐘が急に吹っ飛んだんだ。こいつに聞いたらフライングバッファローだとさ」


 寺の鐘が宙を舞ったという話はすぐ村中の噂になっていた。

 すぐにざわざわと村人たちが不安の声を口にする。


「和尚と二人で知り合いに連絡したが、対バッファローグループはほんの15人しか集まらなかった……」


 妙にメンバーの多いグループラインのトーク画面を見た村人たちは驚いた。グループ名は、『レイコちゃんファンクラブ』。


「心霊とかも大体は科学でどうにかなるって神主仲間と話していてね……」


「うちも寺ネットワークで話しててね……」


 二人の言葉にレイコは、口元を引きつらせた。


「とりあえずグループ内で、動画映えを意識して簡易巨大祭壇を作ろうって話になって」


「えっ、あの変な依頼ってもしかして?」


 大工さんの言葉に神主はうなづいた。


「そう、パリピ除霊師レイコ、今日よりYoutubeチャンネルを稼働する!」


「霊感ないのにスピ系Youtuberになるんですか? 村の危機に?」


 レイコの言葉に村人から歓声があがった。基本的に村人たちは楽観的なのだった。


「バッファローの群れが通るところにレイコちゃんが立ちはだかり、興味をひく。そしてその間に何とかします」


「何とか、は置いといて、私は霊なんて見えないですよ」


「大丈夫、バッファローってウシ族だから! それに失敗してもこの村が衰退して滅びゆく未来には変わりない……」


 神主と住職は「宴会の準備だ!」と村人と共に拳をつき上げた。


 レイコは洋裁店の店主から渡された巨大布を手に腹をくくるしか出来ないようだった。

 対バッファロー霊対策が失敗すれば最後の宴、成功すれば前祝い。


 果たして村人の半分以上がよっぱらった状態にさらに『レイコちゃんファンクラブ』が集まる。


 霊が見えない和尚はとりあえず経を上げ、神主たちは巨大祭壇の前で各々準備を始めた。ファンクラブのうち二人はカメラマンである。


「除霊チームにいかなくていいんですか?」


「カメラの故障は怪奇現象のあるあるですから」

「俺らレイコちゃんがYoutuberになるって聞いてから映える映像についてめっちゃ研究したから!」


 カメラマン二人は楽しそうにレイコに向かって、いいね祈願のサムズアップを送った。


 そして冒頭に戻る。


 巨大祭壇には八百屋さんより寄付されたたくさんの葉もの野菜が供えられている。全てを破壊しながら突き進むバッファローの霊群とはいえ基本は草食であろうという八百屋さんの粋なはからいだ。


 小玉串村方向からみたらし村に向かって響いていた地響きは、霊感の有無さえ関係なく家屋を揺らしている。


「あと三分以内にはレイコちゃん地点にバッファローが来るはずだ!」


 スマホから響く神主さんの声に、レイコは緊張のあまり頭が真っ白になった。


 どうしてこんな事になったのか。元は高校の入学式からだった。

 クラスの7割がギャルで構成されていたのだ。


 あまりのことに呆気にとられていた時、今やマブダチともいえるギャルグループの一人が声をかけてきた。「レイコちゃんってメイクしないの?」と。


 それからなれないながらも仲良くしていた夏休みになり、心霊スポット巡りをした仲良しギャルグループが怪奇現象に悩まされるようになったのだ。

 みたらし村からの通学はとてつもない時間を伴うため、レイコは難を逃れた。


 夏休みということもあり、みんなで一人の家に泊まり込むことになった。


 昼間からじめじめしていた家に、レイコは親に頼んで除湿機を運び込んだ。あまりにも湿度が高いと過ごしにくいからだ。


 だが、その夜から「心霊スポットから帰ってきてから家の雰囲気がおかしい」ことが除湿機で解決してしまったのである。


 そして翌日みんなで撮った画像にグループの一人が「友達のおかげで霊現象なくなった」と投稿した。

 レイコもアカウントを作りなよ、とおすすめされ、件のポストがバズりレイコのアカウントのフォロワーも一気に増えたのだ。


 偶然が偶然を呼び、依頼が依頼を呼び、いるか分からない霊を踏み台にしながら、はじめて体験する『霊体験』が今回であった。


「もうすぐ来るよ!」


 レイコは必死にバサバサと布を振った。

 見えないが、いる。なぜなら木が倒されていくのが見えるから。


 横目でカメラマンを捕えると、「ちゃんと撮れてる」と親指を立てている。宗派の違う経や祝詞が響き渡り、巨大祭壇を中心に華やかな明かりが周囲を照らしている。


 巻き上がる土煙に布を振る速度を上げる。

 レイコは冷静沈着ではない、表情が顔に出ないだけであった。


「レイコちゃん避けて!」


 カメラマンの声にレイコは横に走った。見えないからどこまで逃げればいいのか分からないのだ、安全圏であろう近くにいたカメラマンの方に走る。


 カメラが巨大祭壇を映す。


 草木が見えない何か――バッファローの群れになぎ倒され、地響きがどんどんと大きくなっていく。


 村人たちがビール片手に神主が寺の鐘のように跳ね飛ばされるかと見守っている中、巨大祭壇手前の大量の野菜が消失したと同時に地響きがふっ消えた。


「バッファローは消えたんですか?」


 レイコの言葉にカメラマンが静かに頷く。


「ああ、今頃バッファローたちも三途の川を渡ってお花畑を食べてるよ」


「野菜に一直線だったみたいでしたけど、私必要でした?」


「いるよ! レイコtubeの初動画だよ!?」


 レイコの恐怖はみたらし村復興のための礎となった。

 既に祭り状態の村人たちを眺めると、バッファローが野菜を受け取ったことに八百屋さんは大泣きしている。


 レイコはよろよろと立ちあがり、ファンクラブ面々と喜び合ってる神主に一つの問いを投げかけた。


「なんで日本にバッファローの群れなんか出るんですか?!」


「世界中、全てのものを破壊し回っていたバッファローたちがついに日本に来た、それだけの話です」


 神主の言葉にレイコは納得するほかなかった。なぜなら彼女自身は見えないからだ。


 後日アップされた「パリピ除霊師レイコVSバッファロー」という動画はあまりのB級映画さながらの様相に大荒れしていた。


 だがコメント欄が荒れれば荒れるほど、霊感があるというコメント主からの「マジバッファロー草」や「サバンナで狩られた恨みから人間に対しての敵意がすごい」という霊視視聴者のコメントが相次いだことによりネットでは賛否両論であった。


 見えるという人からは「レイコちゃん勇気ある」という賞賛があがり、心霊系Youtuberによる検証動画の投稿も相次いだ。


 それに輪をかけるように、小玉串村の山から降りるようにみたらし村にかけてなぎ倒された木々がニュースになった。人間の仕業ではないという警察の見解が、さらに動画の再生数を上げていく。


『この衝撃的な動画の投稿主は、マタドールのように布を振っているのは『パリピ除霊師』としてSNSで話題の女子高生レイコさんだそうです』


 朝のニュースで話題の動画として紹介されているのを見たレイコは、お茶漬けを食べながらぽつりと嘆いた。


「私、ただの電器屋の娘なのに……」


 等身大の自分とSNSでの自分が遠ざかっていくことに悲しんだレイコの前に、父はトンと焼いた鮭の切り身を置いた。


「レイコ、もう私たちは止まれないんだ。どの道、人口減少でみたらし村は衰退していたんだから、出てきた霊をどうにかし続けるしか道はない。そうバッファローのようにね」


 朝ごはんを食べ終えたレイコは急いでバス停に向かった。高校までの通学時間はおよそ二時間である。


「霊感ないから霊にも申し訳ないな……」



▽▽▽▽みたらし村オンラインショップ▽▽▽▽


前の真面目な除霊シーン↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330668557904283


みたらし村ふるさと納税商品ページ↓

https://kakuyomu.jp/users/brs83875an/news/16817330669302426992

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闘牛除霊師・レイコ 夏伐 @brs83875an

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説