定時で帰りたい

寄鍋一人

あと三分

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 何を隠そう、今日は定時で帰らないといけない日なのだ。

 以前から計画を立てて上司にも相談して了承をもらっていたし、定時で上れるようにいつもより仕事のペースを速めた。

 しかしそれが仇となったらしい。

 退勤の三分前にミスに気が付いてしまった。

 正直、月曜日に直しても納期に余裕はある。でも今日終わらせてしまったほうが、このあとの予定に集中できる。

 調べてみると幸いミスはそこまで影響はなさそうで、数分あれば直せそうだ。心苦しいが彼女には少し待っていてもらおう。

 そう考えてチャットで文字を打とうとしたとき、定時を告げるチャイムが鳴った。


「お先に失礼しまーす」


 隣の部署では入社のときからお世話になっている先輩が、ヒールを鳴らしながら颯爽と退勤していた。今でこそ部署は違うが、エレベーターで一緒になれば世間話くらいはする。

 そちらに目をやれば先輩の視線もこちらを向いていて、少し虫の居所が悪そうにも見える。

 あれだけ定時で帰ると豪語していたのに不甲斐ない。僕の会釈もどこかぎこちなくなった。先輩の目を直視できずに思わずモニターの陰に隠れてしまい、そのまま逃れるように意識を画面に戻した。



 結局ミスを修正し終わったのは十数分後。思ったより時間がかかってしまい、身支度もそこそこに会社を飛び出していく。


「はあっ……! はあっ……! ごめんなさい、お待たせしました……」

「……遅い。超待った」


 息を切らしながらやってきた僕に、改札前で待つ先輩はむすっと口を尖らせながらぼやいた。


「先輩、少しは待ってくれても……」

「一緒に帰ったら不自然じゃん」

「それはそうですけど……」


 優秀だと一目置かれる先輩と付き合っているのは周りには内緒だ。だからこうして数駅先での待ち合わせにした。


「ほら、行こ」

 

 呆れたように差し出された左手を握り返し、反対の手で先輩の薬指にはめる予定のものをポケットの中で握りしめた。

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定時で帰りたい 寄鍋一人 @nabeu

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