裏山で*春にさよなら

「この子、山桜だったんだ」


 春緒はるおにつられて、夏生なつきも見上げた。

 ぼんぼりのような花を咲かせて、丸ごとにゆれている。満開が過ぎたのか、赤褐色の葉が合間あいまに色を区切っていた。風に撫でられ舞い散る花弁がひらひらと視界をかすめていく。

 きれいねぇという呟きに、うんと返した。

 ほら、ナツと手招きされた夏生の心臓が跳ねる。去年からずっと頭の片隅から離れない約束を果たすときが来た。


「あ、伸びてる」

「でも、まだこしてない」


 仏頂面にそうねぇと笑う春緒は何処かうれしげだ。

 身長に合わせて山桜の幹につけた傷は春緒は変わらなかったが、夏生は指二本分、高くなっていた。

 傷跡を撫でた春緒は安心させるように夏生に笑いかける。


「大丈夫よ。きっと桜に追い着くぐらいになるわ」

「ないだろう」

「わからないじゃない」


 押し黙れば、だんまりだと鈴を転がすように笑われた。

 夏生が乱暴に座れば、周りの花弁がわずかに中に浮く。

 春緒も並んで座り、しばらく舞い降る花弁を見つめていたかと思えば、膝を抱えて頭を押し付けた。

 しばらく放っていた夏生は、横目で見て肩が震えていることを確認してまた揺れる桜色の丸を見上げる。

 音もない風のただよいに、葉のささめきが応えていた。


「ハル」

「なあに」

「笑いすぎだ」

「あちゃ、わかっちゃいましたか」


 桜はゆっくりと降り積もる。


「何が面白いんだ」

「うれしいのよ」


 そうかと呆れれば、そうよと笑みが深くなった。



『春にさよなら』より

https://kakuyomu.jp/works/16817330655321229854

夏生と春緒でした。

山桜の花言葉は「あなたに微笑む」



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