Gratuitous Violenceを忘れない

君足巳足@kimiterary

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 おれは最初はじめての日のことを覚えている。それどころか、日などという悠長な単位ではなく、時間でも分でも秒でもなく、その瞬間ときのことを覚えている。おれは何かを言われていた――これは覚えていない――誰かに言われた――これも覚えていない――しかしどうなったか覚えている。おれの心臓のあるあたりから腹筋へかけてが引き攣ったことを。ここからは現在形にする。思い出しているのは今だからだ。呼吸が一瞬途切れる。目が開く。瞳孔というものも、わからないがきっと開いているだろう。これらは動かないように耐えようとした結果で意識的ではない。意識は遅れている。トロい意識ではない何かでおれはを一瞬耐え、しかし、次の一瞬それはあえなく放棄され、意識は音を遅れて聞く。聞いたことを覚えている。


 拳が握られている/腕が振られている/足が踏み込まれている――


 目線は外れている。音がしている。しているのだった。手に熱を感じる。腕、肘、連なった痛みを感じる感じるのだった。だから『何か』に命中しているはずだ。が、こういうのは全部トロい。遅れているから無視されている。そして『何か』はよろける。たたらを踏む。つまり倒れていない。そのことが更に衝動を呼ぶ。第二打。通る。反撃はない。そうだ、不意を打ったのと思っているのは今ここのおれであってその日のおれじゃない。相手は倒れた。倒れて遠くなった。殴りにくいから腹が立った。そう思う頃にはすでに足が出ている。踏み込む。さっきまでの、殴るという動作のためのものではなく、踏み込むために踏み込む。声がする。声がする?。ふざけるな。思う、より、早く、動く。つま先が相手の顔を、その下顎のあたりを突く。相手はかばおうとする。。おれは蹴り飛ばし、踏みつける。その掌を。さておれはそろそろ余裕を取り戻リラックスしている。その証拠にこのときのおれは勃起している。勃起ってやつは副交感神経優位リラックスしていないと、しない。先生が言っていた、と今のおれは思い出す。このときのおれはもちろんそんな事は考えていない。このときのおれは掌より小さな単位に注目している。つまり指を見ている。別に細くはない。むしろ太い。汚らしく毛も生えている。だが脚や腕よりは細い。踏みつける。五本あるはずのそれを三本折り損ねる。気分が悪いから腹に爪先を入れる。虫みたいに腹を見せる。だから踏む。そんなことを、全部どうでも良くなるまで繰り返し繰り返したら動かなくなったから、おれはその場を去った。去ったのだと、今のおれは思い返して語っている。その後のことは思い出さないし語らない。しかしなぜこんなことを思い返しているのか?当然、それが必要になったからに決まっている。それが?何が? 何が、ってそれは、当然ながら、殺意。


 ◆


 殺意と集中力は同じものだよと先生が言ったことをおれは忘れていない。


 ◆


「いけるな?」と、そう傍らから声をかけられて初めて今のおれはなのか、今ここがどこなのかをようやく思い出す。おれはリングの上にいる。総合格闘技の。ただし、それの。試合開始からは三ラウンドが過ぎている。認めよう。若干不利だ。認めよう。おれは初戦で、相手にはキャリアがある。認めよう。自分は勢いだけの若手ガキだと思われている。認めよう。認めた。しかし、ならば勢いは自分にないとまずい、まずい?ちがう。おかしい。なんで、ない?おかしいよな。おかしいだろ。おかしいんだから、要るだろ。勢いも、殺意集中力も。


「冷静になれ」と聞こえる。大丈夫。集中している殺してやる。「大丈夫だよ。冷静だ。冷静に冷静に、初めての日のことを思い出していた」「何言ってるんだ、今日が初戦だ、お前は」そうだけど違うよ。最初の日は、あんたを動けなくした、あの日だよ、とはおれは言わない。そしてあんたは先生じゃないよ。とも言わない。「大丈夫だよ」とは言う。「冷静だよ殺してやるよ


 ゴングが鳴る。


 身は起きるというより弾ける。頭の中には思い出していた集中力殺してやるが残留する。それは役に立つ。眼の前の相手は思い出はじめての相手とは何もかもが違う。まずおれの攻撃はすべて不意打ちではない。構えている。躱すだの受けるだのという構えがある。その先に、撃つのは自分のほうだという構えもある。おれも同じだ。だから何もかも違う。技術がある。磨いている。鍛えている。無駄なく。突き詰めている。何もかもかつてのいつどこだれと違う。だが集中殺意していることだけを同じにしておかなくてはならない。それだけでいい。


 前に出る。集中している殺してやる。それだけで他のすべてが遅れていく。

 踏み込む。集中している殺してやる。それだけで他のすべてが遅れていく。

 体を捻る。集中している殺してやる。それだけで他のすべてが遅れていく。

 拳を放つ。集中している殺してやる。それだけで他のすべてが遅れていく。

 繰り返す。集中している殺してやる。それだけで他のすべてが遅れていく。


 押して、時に引く。押せる時に、押す。

 勢いを殺さずそれ以外のすべてを殺す。


 そうした。

 そうしろと教えてくれたのは先生じゃなかった。

 やがて、相手が動かなくなったので、おれはその場を去った。

 それだけは、最初はじめての日と、同じだった。


 ◆


 先生へ。

 覚えてるよ、おれが学校を辞めた日、集中力をもって臨むことは何事にも役に立つって言ってたこと。

 そしておれを抱きしめて、これはお前にしか言わないが、お前にだから言うが、って、そう、こっそりと、教えてくれた。殺意と集中力は同じものだよ。

 笑ってたな。

 会ってないけど、あんた、まだ生きてるのか?

 死んでないか――殺されてないか?

 もしかしたら――殺してる生き生きしてるのか?

 そうだったらいいなって、思うよ。おれは。

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