第30話:あなたの勇気に、託します
「なにをしている! 早く蜂の巣にしてやれっ!」
その迫力に気後れしたコウが、隊員たちに攻撃命令を出す。
隊員たちの持つカラシニコフ銃が7.62ミリ弾を掃射する。
しかし弾はソフィアの手前で軌道を逸れてしまう。
「銃弾が当たらない……どうなっている!?」
ミンが警視庁で経験したことと同じ事例がコウの目の前でも起きていた。
「電磁力による障壁を形成し、障壁内に入った弾丸を超電導化させることにより軌道を反らせています」
ソフィアの前には靄のような半透明の障壁が形成され、そこに入った銃弾が電気を帯び、磁石が反発するようにその弾道を逸らせていく。
隊員の一人がライフルのアンダーバレルにマウントされたグレネードランチャーから榴弾を放つ。
ソフィアは手をかざし、そこから榴弾に向かって電流を走らせると榴弾は空中で爆発した。
「ば、馬鹿な……!!」
爆発の衝撃風に身を守りながら、コウはソフィアの圧倒的な力に愕然とする。
隊員たちも銃弾も榴弾も効かないと知ると、有効になりそうな手段を考えあぐね、銃撃を止めてしまった。
「弾切れですか? ではこちらも」
銃撃が止んだことに気付いたソフィアは障壁を解き、床に転がる弾頭を拾い集める。
「避けられませんので、物陰に隠れることを推奨します」
両手一杯に弾頭を集めたソフィアはそう言うと、それを指で弾いて飛ばした。
ソフィアの指弾によって射出された弾頭は磁気を帯び、秒速1000メートルの速さで隊員たちの間を通過し、その後に衝撃と轟音が彼女たちを吹き飛ばした。
「ぎゃっ!?」
壁に叩きつけられる隊員たち。
弾頭の先にあった展望台デッキフロアの強化窓ガラスは盛大に砕け散り、そこから気圧差で空気が急速に失われていく。
「せ、先生ぇーっ!?」
隊員の一人が吸い出される空気と一緒に外に放り出された。
気圧が外界と同じになり、空気の流出が止まる。
辛くも建物の縁にしがみついて難を逃れたコウと残りの隊員が立ち上がった。
「な、なんだいまのは!?」
訳の分からないコウは驚愕する。
「超電導化させた弾頭を、電磁力を用いて射出しました。」
これ以上はスカイツリー自体を破壊しかねないと思ったソフィアは、残りの弾頭をポケットに仕舞いながら答えた。
「レールガンだと!? 人体でっ!? デタラメじゃないかっ!!」
ソフィアの答えに、コウは驚愕する。
銃弾は防がれ、爆弾は誘爆させられ、電撃を纏い、超高速移動、電磁投射砲まで持つ。
現代兵器では対抗しうる手段が無いと気付いたコウは、その理不尽なまでのソフィアの力に恐怖を感じ、へたり込んでしまった。
「い、イヤアアアっ!!」
残り一人となった隊員が、背中にマウントしたマチェーテを抜くと、決死の表情で気合いの掛け声と共にソフィアに飛びかかる。
「近接戦で取り押さえる。正しい選択です。ですが」
ソフィアはマチェーテによる一撃を右手でいなし、流れた腕の肘関節を左の掌底で砕いた。
「がっ!?」
隊員は痛みに顔を歪ませながらマチェーテを落とす。
その刹那、タクティカルジャケットから手りゅう弾を取り出し、すれ違いざまにソフィアに投げつける。
しかし投げつけた先にソフィアの姿はすでになく、彼女は元居た位置の反対側に回り込んでいた。
「理士は全身の筋肉運動を強化出来ます。また電脳化した脳はネット上からあらゆる格闘技のデータをダウンロードし、実践することが可能です。つまり力、速さ、技術において理士に格闘戦で勝てる人類は存在しません」
飛び退いて手りゅう弾をやり過ごそうとしていた隊員を、小股投げの要領で倒れようとしていた方向と反対方向へ倒す。
その先には先ほど放り投げた手りゅう弾が転がっていた。
隊員は手りゅう弾に覆い被さる形で倒れ、そして手りゅう弾が爆発した。
隊員の戦闘不能を確認したソフィアは、ゆっくりとコウの元へ歩み寄る。
「そして博士が新宿で使用したこの現象ですが」
ガタガタと震えて怯えるコウの前に辿り着いたソフィアはしゃがむと、その顔を両手で掴む。
「や、やめ……」
命乞いをするコウを無視し、ソフィアは紋様を光らせた。
「マイクロ波を頭蓋骨内で循環させるように照射することにより、中心部が超高温に達し、内部圧力の上昇による突沸現象で破裂させるのです」
コウに添えたソフィアの手からスパークが発生し、電子レンジで加熱されるゆで卵のように、コウの頭部が加熱されていく。
「ぐわぁあああああああ!!」
コウの頭部内の物質がマイクロ波による分子振動で彼の頭部が加熱され変質していく。
その痛みと死への恐怖でコウは絶叫した。
「ソフィー!」
コウの顔が熱膨張により膨らみ始めたその時、彼女の名を呼ぶ声がフロアに響き、彼女は手を止めた。
「……歩さん」
ソフィアが振り返るとそこには息を切らしながら歩く歩の姿があった。
「……それ以上はダメだ。殺しちゃいけない」
歩はコウによる拷問のおかげで服はボロボロの血塗れであったが傷は全て塞がっていた。
彼はソフィアの元に辿り着くと、ソフィアの肩に手を置いて彼女を止めた。
「ですが歩さん、コウ・キュウキは赤羽警部を、真理さんを、それに私の」
生前の記憶までもが戻ったソフィアにとって、コウは自身を死に追いやり、父を殺した存在である。
また歩からしてみても、コウは赤羽と真理を破滅に導いた仇に等しい。
二人にとってまさに不倶戴天の敵である。
ソフィアはコウを殺させてくれと懇願するが、歩は断腸の思いでそれを止めた。
「……でも、殺しちゃいけない。お前はこんなことで自分の道を外れたらいけない。これはお前の主人である俺の命令だ」
ソフィアの目的はBETAによる争いの根絶、恒久和平の実現である。
その彼女が殺人を犯してしまうのを、歩は許してはいけないと思ったのだ。
「……わかりました」
ソフィアは悔しそうにコウから手を放し、紋様の光を消した。
ソフィアが手を放した瞬間、コウは這いつくばるように二人から距離を取った。
「はぁ……はぁ……わ、私を生かすのか、安達歩?」
二人が自分への殺意を消失したと察したコウが、歩に尋ねる。
「お前はテロ首謀者として世間の前に突き出す」
歩はキッとコウを睨みつけ、警察に突き出すと答えた。
「……ふっ、随分甘いですね」
歩の答えを聞き、コウは彼の甘さと自分の弱さを嗤う。
「それが、お前に殺された人たちへの手向けだ」
歩はジャッジを取り出し、コウの額に押し付ける。
「……わかりました。降参します」
コウはフッと嗤い、諸手を上げて降伏した。
歩たちはソフィアとの攻防で仮死状態になった隊員たちを拘束する。
「……BETAは素晴らしい。あの力があと少しで我々の物になったかと思うと、口惜しい」
手錠をかけられ、柱に括り付けられたコウが、愚痴をこぼす。
「BETAがなんなのか。その効果を戦争の道具としてしか見ないから、あなた達とは相容れられないのです」
コウのこぼした愚痴に、ソフィアが言葉を返す。
コウはソフィアの顔を見て、尋ねる。
「……ならばBETAとは一体なんなんです?」
コウの質問に、ソフィアは答えた。
「Brahman Equivalent To Atman. BETAは人類の知識と精神を融合させることにより到達する恒久和平の実現を目的として作りました。私はそれをサポートする存在です」
Brahman Equivalent To Atman.
日本語では梵我一如と呼ばれるそれはインド哲学における思想のひとつである。
梵とは偏在する原理、宇宙の真理であり、我とは身体の中にあって、他人と区別しうる不変の実体、つまり人の魂、意識、精神である。
梵我一如とはこれらが同一であることを知ることにより、永遠の幸福に到達しようとする思想である。
シュルティ博士はこの思想を有機ナノマシン、BETAによる人類の電脳化を齎して達成しようと考えた。
電脳化により地球上全ての人類がその知識、体験を共有することが出来れば、様々な国、様々な身分、様々な境遇の人たちが互いを分かり合うことにつながる。
シュルティ博士の考える恒久和平の実現とは人類をひとつの個ともさせうる、相互理解の形であったのだ。
「そして等しく知恵を授かり、お互いを知り、分かり合う存在が理士なんだとさ」
コウの拘束が終わった歩が立ち上がり、ソフィアの答えに補足を加える。
「馬鹿な……! そんなくだらないことのためにあの薬が作られただと!?」
コウは歩たちの話を聞いて愕然とする。
相互理解とは程遠い人類統治共和国に忠誠を誓ったコウには理解出来ない思想であった。
「くだらない? アンタも理士になりゃきっと考えを改めるさ」
コウの恨み節を歩は敗者の戯言と聞き流し桐谷に連絡を入れる。
『歩くん! 大丈夫なのか!?』
電話越しに桐谷の心配そうな声が聞こえ、歩はスッキリしたような表情をしながら答える。
「コウ・キュウキは捕まえた。俺たちは展望台上層の送信機室に行って停止電波を送信してくる。犯人確保は任せたよ」
そう言って歩は通話を切った。
その時、ソフィアが再び崩れるように倒れた。
「ソフィー!? どうした!?」
それを見た歩は驚いて駆け寄る。
「……はぁ……はぁ……エネルギーが、切れました。停止電波の送信は、あなたに任せます」
歩に抱き起されたソフィアは、隊員たちとの戦闘で自身の活動限界が近いことを告げ、歩に託すと告げる。
「で、でもやり方なんて俺……」
それを聞き、歩は狼狽える。
「……大丈夫、です。あなたが、真に、理士として、覚醒すれば、やり方は、自ずとわかり、ます」
狼狽える歩に、ソフィアは途切れ途切れになんとか言葉を続ける。
「……わかった」
息も絶え絶えに苦しそうに話すソフィアの顔を見て、歩は覚悟を決めて頷いた。
「……はぁ……はぁ……歩さん、私は以前、あなたたちにこう尋ねましたね。ロボットと人の違いはなんなのかと」
歩によって寄りかかれそうな壁際に移動したソフィアが、思い出すように話す。
それはソフィアが人間となった翌日、いのりたちと問答をした時のことであった。
「うん」
歩もそれを思い出し、そんなこともあったなと懐かしむように頷いた。
「私は……自分で考え、選択出来る勇気があるかどうかだと、思います」
そう言うとソフィアは震える手を伸ばし、歩の頬を撫でた。
「選択出来る勇気……」
歩はその手を握り、ソフィアの言葉を繰り返す。
「あなたの勇気に、託します」
手を握る歩の顔を見て、ソフィアは微笑みそう告げると、彼女は意識を失った。
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