第27話:アタシの人生を返せえええ!!
――千代田区、警視庁本部
冴島が暴徒たちを鎮圧しているころ、ミンはソフィアに7.62ミリ弾を浴びせていた。
しかしそのどれもがソフィアの目の前で弾道が逸れ、彼女には届かなかった。
「くそったれ! どうなってんだ!?」
ミンはタクティカルベストに提げた手りゅう弾を投げつける。
ソフィアはそれに電撃を放ち、空中で爆発させた。
「くっ……!」
爆風と爆圧でソフィアの顔が歪む。
「へっ! 無敵ってわけじゃねぇみたいだ、な!」
爆風を突っ切って間合いを詰めたミンが、ソフィアの腹を膝で蹴り上げる。
「!? ぐっ!」
衝撃でソフィアの身体がくの字に曲がったところを、ミンは肘鉄でソフィアの頸椎を打ち抜き、ダウンさせた。
「ほらほら、どうした? 弾を弾くだけじゃ勝てねぇぞ?」
ソフィアの腹を蹴り、廊下の隅へ追いやるミン。
ソフィアの頭部に狙いを定め、引き金を引く。
ソフィアはミンのカラシニコフに電撃を放ち、マガジンに装填されていた弾薬を誘爆させ、カラシニコフを無力化した。
「へへっ! 楽しいなぁ、オイ!!」
誘爆の破片がミンの顔に突き刺さる。
それを意に介さず、むしろミンは嬉しそうにソフィアの横っ面を蹴り飛ばした。
「ソフィアちゃん! くそっ! 早く取れろ!」
桐谷はその様子を観察しながら、暴走警察官の腰に提げられたニューナンブを外すのに手間取っていた。
起き上がったソフィアの眼前に、ミンの貫き手が迫る。
それを捌いたソフィアは、そのまま廊下の壁を支えにし、ミンの水月に向かって肘鉄を放った。
ちょうどそれは功夫で言うところの硬気功と六合拳を合わせたようなカウンターとなり、ミンを反対側の壁まで吹き飛ばした。
「ガハッ!?」
壁に強かに打ち付けられたミンは、口の中が爆発したかのように大量の血を吐き出した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らしたソフィアの紋様の光が、切れかけた蛍光灯のように細かく明滅する。
「よし、外れた!」
ニューナンブを外し終えた桐谷が、ミンに気付かれないように弾を入れ替え始める。
「ケッ! お上品過ぎて反吐が出ちまった」
復活したミンが唾を吐いて軽口を飛ばした。
対照的にソフィアは呼吸が戻らず、消耗し切っていた。
「くそっ、落ち着け、落ち着け……」
焦る桐谷の手が滑り、装填が上手くいかない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
紋様の光が消え、膝を着くソフィア。
その様子を見たミンはせせら笑い、腰ベルトに提げたアムリタを飲みながら悠々と彼女の元へ近付いていく。
「もうガス欠か、純粋種? だらしねぇな?」
膝を着いているソフィアの顔がよく見えるように、ミンはしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
苦悶の表情を浮かべるソフィアを見て、ミンは嬉しそうに笑って立ち上がった。
「良いか? テメェは親を切り捨てたクソ女だ!」
ミンはそう言い放つとソフィアを床に這わせるように肩を踏みつける。
「ぎっ! がはっ!」
ダウンしたソフィアを、ミンは執拗に踏みつけた。
「それが人類を救う救世種だと? 笑わせんなよ!」
ミンの踏みつけが激しさを増していく。
ミンの言葉の意味がわからない桐谷であったが、装填が終わり銃を構えて立ち上がった。
「やめろ! それ以上彼女を傷つけるな!!」
桐谷の警告に、ミンは踏みつけるのを止め、ゆっくりと彼の方を見た。
「そういやお前、あの場にいたな? ガキどもを逃がした若い方の刑事か?」
警告するくらいなら撃てばいいのにと、桐谷のお上品な所作にミンは辟易しながら尋ねた。
「だったらなんだ!?」
桐谷はニューナンブの撃鉄を起こす。
ニューナンブにカーラクータは装填済み。
当たればミンの力は無くなる。
しかし問題はどうやって当てるか。
桐谷はその方法を考えながら、話を長引かせるようにミンを誘導した。
ミンは桐谷の初々しい反応に気を良くし、もっと楽しもうとソフィアの頭を掴んで持ち上げた。
「テメェもコイツにほだされたんだろ? 予告しといてやるよ。コイツはアタシらを裏切る。人間はコイツらほどお行儀良く出来てねぇからだ。いつか愛想尽かして切り捨てる」
ミンはソフィアを盾のように桐谷に掲げながら問答を投げかける。
それは奇しくもソフィアと初めて科捜研に行った帰りに、桐谷がソフィアにした回答と似ていた。
「だったら最初からいない方が良い。そうだろう?」
ミンは桐谷を試すように言葉を続ける。
ミンの言っていることを、桐谷は理解できた。
人類はソフィアたちが考えているほど利口ではないし、悪意をもって悪事を行う。
だから警察がいるのだし、このような事態が起きてしまっている。
だったら最初からBETAなんて無ければ良い。
これに桐谷は反論する材料を持ち合わせられなかった。
「BETAはアタシら人統人が都合の良いところだけ使う。だから寄越せ」
ミンの言葉に、桐谷の決心が固まる。
「BETAは渡さない! 武器を捨てて投降しろ!」
問題は存在の是非ではない。
人間の本質が善性であろうが悪性であろうが関係無い。
BETAがあろうとも無かろうとも関係無い。
人間はその営みにどう向き合っていくかで決まる。
であるのであれば自分のやることはこれからも変わらない。
桐谷は真正面からミンを見据え、宣言した。
「おいおい、コイツごとアタシを撃つのか? 酷いやつだな。傷は塞がっても痛いんだぜ?」
ミンが桐谷を揶揄っていると、頭を掴まれ持ち上げられたソフィアの身体がぴくりと動いた。
「……ません」
ソフィアがか細い声で囁くと、紋様が一瞬だけ強い光を放つ。
「私はもう絶対、誰も見捨てません!」
ソフィアがそう言い放った瞬間、彼女の電撃がミンの眼球を破裂させた。
「ぎゃっ!?」
痛みでたじろぎ、ソフィアを投げ捨てるミン。
「いまです!」
投げ捨てられたソフィアが、桐谷に合図する。
桐谷がカーラクータをミンに放つ。
三発放った対BETA用特殊弾頭はミンの鎖骨下、脇腹、太ももに命中した。
「ぐぅっ! クソガキがぁあ!!」
ミンは紋様を光らせ、電撃を発生させようとする。
しかし紋様の光は消失し、かざした手から電撃は照射されなかった。
「クソが!! なにしやがった!?」
ミンは腰ベルトから新しいアムリタを補給して再度電撃を放とうと試みる。
しかし同様に彼女の力は失われたままであった。
「その弾は君のために作った特別製だ。もう君には再生能力も電撃も残ってない」
手錠を取り出した桐谷はミンを押さえつけ、拘束する。
フラフラと立ち上がったソフィアが、彼を手伝う。
「全て片付いたら、元に戻してさしあげます。それまで大人しくしていてください」
特殊弾頭によって無力化したとはいえ銃創は銃創。
このまま放置すると死んでしまうため、被弾箇所を警察官の死体から制服を剥ぎ取ると、応急処置として患部を縛り止血を施す。
「ぐううう!! ふぐうううう!!」
舌を噛み切って自害もさせないよう、口に布を突っ込み、猿轡をする。
完全に無力化したミンを保護室に放り込んだソフィアと桐谷は、安達家に向かうのだった。
――練馬区、光が丘、上田家、裏庭
暗雲が空を覆い、流れた血を洗い流すように土砂降りの雨が降り注ぐ。
上田家の裏庭に隣接するバルコニーには、えりなが慌てて取り込んだ洗濯物が雨に晒され、洗濯カゴに水たまりを作っていた。
その先、家庭菜園のある裏庭で、二人の女性が組み合っている。
コウ・キュウキの企てたベリーベリージュースによる暴徒の社会混乱は、上田家にも波及していた。
「ふぅー、ふぅー」
目を朱く光らせ、アムリタに操られたいのりが、渾身の力で女性を組み伏している。
「ぐっ……い、の……な……」
いのりが組み伏しているのはえりなだった。
いのりの手は、えりなの首に当てられ、全力で締め上げられた首はギリギリと骨が軋む音を立てていた。
にわか雨により外の状況がわからなかった歩は、捨てられていた紙屑が自分宛てに冴島が送った荷物だということを知り、真理を問い詰めようと彼女の寝室のドアをけたたましく叩いていた。
「真理ちゃん! 俺宛てに荷物届いてたろ!? どうしたんだよ!?」
現代式の戸襖のドアノブをガチャガチャと動かす歩。
するとドアの向こうで鍵の空く音がした。
「真理ちゃ」
歩は中に入ろうとする。
しかし歩の意に反しドアは開き、その先には痩せこけた真理がいた。
「BETAはどこだ?」
真理はそう言うと歩の腹部に硬いものを押し当てる。
歩が視線を下げると、そこには分厚い回転式けん銃、トーラスジャッジが押し当てられていた。
歩はそれで全てを理解する。
歩と冴島のニアミスにより、本来歩の元へ届くはずだった目の前の拳銃は、真理の元に渡ってしまっていたことを。
「BETAはどこだ?」
真理は撃鉄を起こしながら言葉を繰り返す。
その余りの迫力に、歩は後ずさる。
「も、持ってねぇよ」
歩は正直に答える。
すると真理は銃口を玄関に向け、発砲する。
小口径ながらショットガンシェルを装填可能なけん銃、ジャッジは安達家の玄関に設けられた木製の収納棚を粉砕した。
「BETAはどこだ!?」
激昂し、再三言葉を繰り返す真理。
「持ってねぇっつってんだろ!!」
歩はその衝撃と真理の狂気でパニックになり、泣き喚くように叫んだ。
「あのクソ女と一緒に持ってこい!! 全部ぶっ壊してやる!!」
真理はソフィアも連れてくるように要求した。
その言葉を聞き、歩は真理が曖昧でありながらも事情の移り変わりを知っていたことに気付いた。
なら説得できるかもしれない。この時、歩はそう思ってしまった。
「どっちもいまは警察だよ! 真理ちゃんはもう関係ねぇんだよ!」
歩は真理の説得を試みる。
しかし関係無いの一言が、真理の逆鱗に触れてしまった。
「関係無くねぇんだよ!! アンタがあのガラクタ轢かなきゃこんな事になってねぇんだ!!」
真理からすれば、関係無かった自分たちを巻き込み、散々引っ掻き回されて破滅まで追い込んだ挙句、放り捨てたようなものである。
それこそこれまでの真理を形成した人格の上で、絶対許せないものであった。
歩のその関係無いの一言が、それを想起させ、真理を逆上させた。
「最初に匿うって言ったのは真理ちゃんだろ!!」
その辺りを推し量れず、歩は反論してしまう。
「ヨウさんが死んだのはお前のせいだろうが!!」
真理はさらに激昂し、収納棚の、歩に近い位置を打ち抜く。
発砲の衝撃と赤羽の件を指摘され、歩は腰の力抜け、尻餅をついた。
「それは……」
その通りであり、言い返せなかった歩は顔を伏せてしまう。
「お前がヒーロー気取りで出しゃばらなきゃヨウさんは死なずに済んだんだよ!!」
真理たちの計画通りに進めば、例えBETAがコウたちに奪われたとしても、赤羽たちが逃げ出すことは出来た。
それが適わなかったのは、歩たちが正義感から白龍運送に乗り込み、人質となってしまったからだ。
歩たちを逃がすことを優先したがため、赤羽たちは徹底抗戦するしかなかったのだ。
「……そうだよ。ヨウさんが死んだのは俺のせいだよ」
歩もそれを理解していた。
そして赤羽の死が自分のせいであることを認めた。
「でもだからって! それで引っ込んじまったら、本当にヨウさんが無駄死にになっちまう!」
しかし歩はだからこそ、引き下がれなかった。
「俺はヨウさんを無駄死ににさせたくない!!」
赤羽が命と引き換えに逃がしてくれた自分は、そんなくだらない人間になりたくない。 なってしまったらそれこそ、赤羽が浮かばれない。
桐谷に何度も言われても、いのりに嘘を吐いてでも、自分自身何もできないやつだとわかっていても、引き下がれなかった意地の正体を、歩は真理に訴えた。
「ガキが知った風な口を聞くな!!」
真理は歩の訴えを餓鬼の駄々と吐き捨てると、撃鉄を起こし、銃口を歩に向ける。
照準が歩に合ったその時、玄関のドアが開いた。
「歩さん!!」
現れたのはソフィアであった。
「ソフィー!! 来るな!!」
歩はソフィアの姿を見て叫ぶ。
全ての怒りと憎しみと悲しみの根源を見つけた真理は、鬼の形相でソフィアに銃口を向けた。
「お前が!! お前さえいなければ!!」
真理はソフィアの顔に照準を合わせ、引き金を引く。
「アタシの人生を返せえええ!!」
歩はソフィアの前に飛び出す。
撃鉄が落ち、火花と轟音とともに銃口から散弾が放たれる。
散弾はソフィアの前に飛び出した、歩に命中した。
「がはっ!!」
散弾は歩の胸の中央、心臓の近くに命中し、銃創からボタボタと大粒の血を流したあと、歩は吐血して崩れ落ちる。
「歩さん!!」
ソフィアが崩れ落ちる歩を抱きかかえ、必死に呼びかける。
「なんで……歩……私の……」
息子のために全てを捧げてきた母は息子の心臓を打ち抜いたことで正気に戻り、そして壊れた。
「あああああああああああ!!」
断末魔の叫びを上げた真理は銃口を自分の脳天を撃ち抜くように顎下に押し当て引き金を引いた。
「歩くん!!」
銃声が聞こえた桐谷が、銃を構えながら遅れて玄関に現れる。
そこにはソフィアに抱きかかえられた血塗れの歩と、自らの頭を撃ち抜いた真理の姿があった。
「なんて、なんで、こんなこと……」
数週間前まで影がありながらも仲睦まじく暮らしていた親子の結末に桐谷は絶句した。
「ソ、フィー……良かっ……げほっ!!」
意識を取り戻した歩が、ソフィアの無事がわかり話しかけるも、血が気道に詰まり吐血する。
「歩さん!! 血が止まりません!! 桐谷さん、BETAを!!」
ジャッジの散弾は小口径のため、歩の心臓を完全に破壊することは無かったが、至近距離からの被弾は胸骨を砕き、傷ついた大動脈からは止めどなく血が溢れ出ており、失血性ショック死となることは時間の問題であった。
ソフィアは自らの上着を歩の傷口に押し当てて止血を施しながら、彼の意識が途切れぬよう呼びかけ続ける。
ソフィアに言われ、桐谷は立石から予備のBETA受け取っていたのを思い出す。
「あ、ああ!!」
桐谷は懐からBETAを取り出し、ソフィアに渡した。
「真理ちゃ……母さ、は……?」
歩は真理の無事を確認しようとする。
先ほどまで興奮していた真理の声がしない。
桐谷が銃を持っている。
見渡すと真理が血だまりの中に倒れている。
真理も怪我を負ったのかと歩は思った。
「歩さん、BETAです! 飲んでください!」
ソフィアがBETAの瓶を開栓し、歩の口元に当てる。
「いのりちゃんもどうなっているかわからない! 僕はそっちを見てくる!」
桐谷はこの場はソフィアに任せ、いのりたちの安否を確認しに飛び出した。
「母さ……に……BETA、を……」
歩は力の入らない腕を懸命に動かし、母にBETAを飲ませるように言った。
ソフィアは顔を上げ、真理の状態を確認する。
「……真理さんは大丈夫です。だから、飲んでください」
ソフィアは数舜沈黙したあと、歩の顔を覗き込むように見つめ、飲むように促す。
BETAを持つ手はカタカタと震え、その瞳からは大粒の涙が零れて、歩の顔に降り注いだ。
「……ああ……母さん……ごめん……」
ソフィアの涙で全てを察した歩は、涙を一筋流すと全身から力が抜け、呼吸が止まった。
「歩さん……」
歩が完全に死亡するまであと数秒も無いと判断したソフィアはBETAを置くと、真理が破壊した収納棚の破片を取り、自らの手首に深く突き刺した。
破片は動脈を貫き、ソフィアの腕から脈動に合わせて血が噴き出す。
その流れ落ちる血液を、ソフィアは散弾を受けた歩の胸部へ注いだ。
「歩さん……生きてください……」
高濃度のBETA細胞で構成されたソフィアの血液が、歩の体内へ注がれた。
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