第16話:私、人類統治共和国、国家安全保安局のコウ・キュウキと申します
倉庫の正門側から少し離れたところで赤羽たちは変わらず張り込みを続けていた。
夜食を食べ終え、眠気が出てきたので仮眠を取ろうとしている赤羽に対して、桐谷は次の報告会のために、キャンパスノートに記録をつけている。
ルームランプを点けられない状況下の薄暗い車内で、月明りを頼りに一生懸命書き記そうとしている桐谷を見て、真面目なんだか不器用なんだかと苦笑いを浮かべる赤羽であったが、歩が放った銃声が彼の眠気を吹き飛ばした。
「銃声です! 裏門の方!」
銃声を聞き、ノートをダッシュボードに放り投げた桐谷が無線機を立ち上げ、本部へ連絡を始める。
「応援を急がせろ!」
赤羽は懐からグロックを取り出すとマガジンを装填し、車から飛び出した。
「ヨウさん!?」
赤羽たちは刑事四課に所属する私服警官であるため、帯銃は使用許可が下りないと許されない。
許されたとしても自動拳銃ではSIGの日本警察仕様が精々なのだが、赤羽はグロックを取り出して駆け出している。
その姿に桐谷はどんな裏技を使ったんだと驚いたが、それよりも赤羽の決断の早さに、彼は舌を巻いた。
「俺は先に行ってる!」
そんな桐谷の混乱を余所に、赤羽は白龍運送に突入を始めるのだった。
赤羽が突入を開始したころ、冴島たちもまた、歩の放った銃声に気が付いた。
「……なんだ?」
「裏門の方からですね」
冴島とコウが、周囲を見回す。
すると裏門の方からミンが歩といのりを両脇に抱えながら現れた。
「我鼠二匹発見。彼等荷物窃盗目論見。我彼等捕獲」
歩たちを捕まえたと誇らしげに語るミン。
意識を取り戻した歩たちは後ろ手に縛りあげられており、彼女の腕の中で暴れていた。
「放せよ! 言うとおりにしてんだろ!」
「痛い! 放して!」
鬱陶しくなり、二人を放り投げるミン。
「こいつ等……」
賀茂村に監禁していたはずの二人が目の前に現れ唖然とする冴島。
ミンからアタッシュケースを受け取ったコウが、二人を見て顔色を変えた冴島に気付く。
「おや、お知合いですか?」
「……いや」
コウの質問に、咄嗟に冴島は嘘を吐いた。
歩たちが赤羽と親しい関係なのを知っているため、少しでも火の粉が降りかからないようにしようとの彼なりの配慮であった。
「嘘つけ! 俺らからBETAを奪って拉致したくせに!」
冴島の配慮に気付かずに食い下がる歩。
コウはアタッシュケースを開けBETAが入っているのを確認する。
「ほうほう。これはこれは。あなた達が持っていたんですか」
コウは歩たちの顔をまじまじと観察したあと、紳士然とした振る舞いで自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。私、人類統治共和国、国家安全保安局のコウ・キュウキと申します。そっちは私の部下兼ボディーガードのミン・シユウ。以後、お見知りおきを」
二人の名前を聞き、歩たちは顔を蒼くする。
それはソフィアから聞かされていたテロリスト犯だったからだ。
「アンタたちがソフィアちゃんの研究所を襲撃した……」
いのりはゴクリと息を呑んだ。
「おや、その話もご存じでしたか。冴島さん、彼らの始末はお任せします」
いのりの話をさらりと受け流し、コウはアタッシュケースを閉じた。
「アンタらBETAでなにするつもりだよ!? いい加減にしろよ!!」
上体を起こし、コウを責め立てる歩。
「それは俺も気になっていたんだ」
冴島も歩の話に乗り、コウの近くまで歩き出した。
「コウさん、アンタぁ、BETAでなにをするつもりなんだい?」
一歩分の距離まで近付いた冴島が、煙草に火を点ける。
吸うかと差し出した煙草を、コウは手で拒否すると視線を歩に移した。
「……貴方は先日の歌舞伎町で体験したかと思いますが?」
コウはどうするかくらいわかるだろうと言いたげに歩に尋ねる。
「バットで頭を殴られても、ナイフで刺されても銃で撃たれても、すぐに傷が治ってた。それに全裸男が手をかざすと人が破裂した。ソフィアはBETAを服用するとそうなるって」
歩はわざと説明するように話す。
それは冴島を自分たち側に引き込むための歩なりの抵抗だった。
コウは歩の話を、指を合わせながら聞き、ゆっくりと頷いた。
「ではあとは簡単でしょう? 不死身の兵士を作るんですよ」
そう言ってコウは笑う。
その笑みはこれまでの社交的な笑みと違い、これから起きるであろう大虐殺を思い浮かべ悦に浸る酷く歪んだ笑みだった。
歩といのりは、その笑みを見て、戦慄する。
「たとえ頭を吹き飛ばされても死なない。不死身の兵士で構成された軍隊。その最強の軍隊で世界の覇権を掴むのです」
恍惚とした表情を浮かべ、演説するように話すコウ。
冴島はコウの話を聞き終わると吸殻を捨て、靴裏で踏み消した。
「……アムリタを簡単に明け渡したのはつまりそういうことか」
冴島がそう言い終わると光の筋がひらりと、コウの目の前を舞った。
光の筋が消えると、コウの右手首がアタッシュケースとともにボトリと地面に落ちた。
冴島は懐に入れていたドスで、コウの手首を切り落としたのだ。
BETAが落下の衝撃でアタッシュケースから飛び出し、転がる。
「ギャアアアッ!?」
咄嗟の痛みで絶叫するコウ。
ミンが二人の間に冴島を遮るように割って入る。
「アンタ、ここにいる人間全員殺すつもりだったな?」
冴島はただならぬ殺気を放ち、ミンをけん制しながら歩たちの拘束を解く。
「冴島、我等裏切気!?」
コウの手首をきつく締め、止血するミンが怒声を上げた。
「一時的にアムリタを俺らに渡して信用させた後、BETAを投与した兵隊で日本を滅茶苦茶にしてやれば良い。そう言う算段だろう?」
コウの血で塗れたドスを構え、冴島は啖呵を切る。
「くくく……。いまさら気付いても遅いですよ」
痛みで脂汗を流しながら、コウが不敵に笑い、左手を上げた。
倉庫の奥から工場エリアにいた作業員たちが、カラシニコフ銃を構えて現れる。
その時、正面搬入出口から赤羽が飛び出した。
「警察だ! 全員武器を捨てろ!」
警察バッジを見せながら、グロックを構える赤羽。
「ヨウさん!」
「ヨウさん、なんで!?」
「話はあとだ!」
赤羽の姿に驚く歩といのりであったが、赤羽はそれを一蹴した。
「ヨウジ! やるぞ!」
冴島の掛け声で赤羽は倉庫の端へ駆け出す。
赤羽の姿が建物の物陰に隠れるのと同時にダンプが倉庫の中へ突っ込んでくる。
「いまさら気付いても遅ぇんだよ!」
ダンプを操る林下が、啖呵を切りながら飛び降りる。
猛スピードで暴走するダンプはそのままエレベーターに激突した。
燃料の軽油が引火し、爆発を起こす。
「ぐわっ!?」
中二階で取り囲んでいた作業員たちが、爆発の衝撃で吹き飛ばされる。
「歩くん! いのりちゃん! こっちだ!」
覆面パトカーで搬入出口付近まで乗りつけた桐谷が、SIGを構えながら歩たちを呼んだ。
桐谷と同時に、搬入出口に現れる冴島組の構成員たち。
「歩! いのり! 桐谷の車に乗って逃げろ!」
歩たちの元に辿り着いた赤羽が、彼らを遮蔽物に誘導しながら逃げるよう、指示を出す。
「日本人風情が舐めた真似をしてくれますね」
ダンプを横っ飛びで回避していたコウが、懐からM1877ショットガンを取り出す。携行しやすいよう、バレルを短く切り詰めたそれを、コウは片手でくるりと回し、レバーアクション特有のスピンコッキングをすると、迎撃を開始した。
「全員殺害!!」
コウの銃撃に合わせ、ミンも駆け出す。
「オオオオッ!!」
爆発から逃れた作業員たちも、コウたちに呼応して銃撃戦を始めた。
「BETAだけは!」
銃弾の雨が降り注ぐ中、遮蔽物に隠れていた歩は地面に転がるBETAを見つけ駆け寄り、BETAを拾おうと飛び込んだ。
「私のBETAに触るなぁ!!」
させまいと、コウは歩の腹を蹴り飛ばす。
「ガッ!!」
辛くもBETAの奪取に成功した歩が、コウの蹴りで吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ、BETAを放せクソガキィ!」
いままでの冷静な姿は無く、息を荒げ、目を血走らせたコウが歩に銃口を向けた。
歩を撃たせまいと、赤羽がコウの散弾銃を撃ち、コウの放った散弾は歩から逸れて着弾した。
「チィッ!!」
コウは赤羽に狙いを切り替えようとするが、今度は反対側から冴島の発砲を受け、遮蔽物に身を隠すことを余儀無くされる。
「糞餓鬼ぃ!!」
ミンが歩に狙いを定め駆け出した。
「ガッ!?」
それを赤羽が横からタックルで吹き飛ばす。
そのまま倒れ込み、もみ合いになる赤羽とミン。
「ヨウさん!!」
赤羽を助けようと歩は駆け寄ろうとするが、赤羽はそれを止めた。
「行け! 歩!!」
ミンを押さえつけながら、赤羽は叫んだ。
「糞日本警察!! 殺害ィイイイッ!!」
振り解けない赤羽に苛立ったミンは、咆哮すると紋様を光らせ、全身に電流を発生させた。
「ぐあああああっ!?」
ミンの身体を伝って、赤羽の全身に朱い電流が走る。
「ヨウさん!!」
ミンの電流に苦しむ赤羽の姿に、歩は逃げるのを躊躇った。
「オラァ!!」
ミンの電撃により感電し、身動きの取れない赤羽を冴島が蹴り飛ばして脱出させる。間髪入れず林下から受け取ったトカレフでミンを撃つ冴島。
ミンは身を捻って銃弾を避けると、軽業師のような身のこなしで遮蔽物まで逃げる。
「早く行け! ガキ!」
マガジンを交換しながら、歩に逃げるよう叱咤する冴島。
「歩くん! 弾がもう切れる! 早く!」
搬入出口前で援護射撃していた桐谷が、歩を促す。
「歩!!」
先に辿り着いていたいのりが、歩を呼んだ。
歩は苦渋の表情を浮かべながら、桐谷の元に駆け出した。
「BETAがっ!!」
逃げる歩を見て、コウが叫ぶ。
「させるか!」
コウが銃口を歩に向けようとした時、林下が建築用ダイナマイトを投げ込む。
「ぐあっ!?」
ダイナマイトは建物奥へ落ち、爆発する。
その衝撃波でコウたちは吹き飛ばされた。
冴島たちの攻防のおかげで歩はなんとか桐谷の車に辿り着き、白龍運送を脱出した。
「待ってよ! ヨウさんが!」
歩は赤羽を置き去りにした桐谷に戻るよう頼む。
「大丈夫。ここは六機と交機が目と鼻の先だから、ほら」
桐谷はふぅと息をつくと、対抗車線を指差した。
平和島の隣、勝島から出動した第六機動隊の大型輸送車がすれ違った。
「……すぐ片付くよ。僕たちは帰ろう」
すれ違った車両が要請より少なく、特に放水車が見当たらなかったことに桐谷は疑問を感じたが、歩たちに悟られぬよう、敢えて明るく振る舞うことにした。
激動の一日を終え、歩たちを乗せたクラウンは湾岸通りを北上していった。
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