第10話:俺は、なんになりたいんだろうな……

――新宿区、歌舞伎町、高級クラブ『ニルヴァーナ』

 歌舞伎町のちょうど真ん中辺り、東通りの一角に真理の勤めるクラブはあった。

 ギラギラとしたホストクラブやキャバクラが軒を連ねる中、その店、『ニルヴァーナ』は歌舞伎町の住人、またはこの地で働く人たちを対象にした、どちらかと言えば片田舎の商店街にある様な、落ち着いた店構えをしていた。

 店内装飾も明るめな色を基調としているが派手にならず、優しい色合いで整えられた落ち着ける空間が演出されていた。

 真理はここで経営者、つまりママの補佐役を務めている。

 真理がカウンターで氷を補充しているボーイのサポートをしていると、ドアの鳴る音が響き、振り向くとパッと華やかな顔が一層際立った。

「はーい、いらっしゃ、あらぁヨウさん!」

 店に現れた赤羽と桐谷の姿を見た真理は、跳ねるような声で喜び、二人に抱き着いた。

「いやぁ流石に骨が折れてよ」

 真理の頭をポンポンと叩いて離れるよう促す赤羽。

 満開の花のような笑顔を顔に浮かべながら、カウンターに戻って、仕度を始める。

「いつもの水割りで良い?」

「あー今日はビールからが良いな。喉がカラカラだ」

 ボーイが案内に出ようとするが、真理と赤羽が制止した。

 かつて常連であった彼には、専用の席がある。

 赤羽はそこへ移動し、真理もそこへグラスを用意した。

「おう、ヨウジ。来ると思ってたぞ」

 カウンターにある赤羽の席には、冴島が座っていた。

「お前! 雲雀任侠会の冴島!?」

 冴島の姿に驚いた桐谷が咄嗟に身構えたが、赤羽がそれを制した。

「……考えることはお互い一緒か」

 冴島の隣にドカッと座る赤羽。

 真理からおしぼりを受け取ると、気持ち良さそうに赤羽は汗ばんだ顔を拭った。

 その裏で真理が瓶ビールの栓を開け、二つのグラスに注ぐと赤羽と冴島に差し出した。

 二人はそれを受け取ると、軽くグラスを重ね、一息に飲み干した。

「ヨウさん! マズいですよ!」

 その様子を眺めていた桐谷は慌てて赤羽を止めようとする。

「おいおいおい、なにがマズいんだよ?」

 真理から受け取った乾きものに手を付けようとしていた赤羽を引き剝がそうとする桐谷。

 その慌てぶりに赤羽はキョトンとした。

「だって、警察とヤクザが一緒に呑むだなんて」

「あー、ココは元々、そういうお店なのよ。桐谷くん」

 困惑する桐谷を宥めて、説明する真理。

「そういう?」

 真理の説明に呆気にとられる桐谷。

 桐谷の様子を見て、冴島が赤羽に尋ねる。

「なんだヨウジ、教えてないのか?」

「コイツはお前さんたちとは無縁になりそうだったからな」

 冴島に問われ、漸く桐谷に説明してなかった赤羽が取り繕うように弁明する。

 赤羽の話を聞き、冴島は桐谷を見る。

「じゃあ坊主は頭良いのか?」

 値踏みするような視線に気圧され、姿勢を正す桐谷。

「早稲田の法学だ。どうだ? すごいだろう?」

 桐谷の肩を抱き、冴島に自慢する赤羽。

 赤羽の話を聞き、感心する冴島。

「数年すればすぐに現場ともおさらばだったろうに。こんな事件の担当になるとは、運は無いみたいだな」

 冴島は桐谷の胸中を想像し、皮肉っぽく同情した。

「いえ、そんな……」

 予想外に好意的な接され方をされ恐縮し、頭を掻きながら照れる桐谷。

「おう、真理も飲めよ」

「はーい」

 ひと悶着が済んだところで、冴島は真理も参加するよう促す。

 真理も快諾し、桐谷を着席させると自分と桐谷のグラスを出してビールを注いだ。

「まぁ、なんだ。久し振りだな」

「そうだなぁ。ちゃんと呑むのは10年ぶりくらいか」

「嘘言わないの。去年もここで飲んでるでしょ!」

 しんみりと旧友との再会を喜ぶ赤羽と冴島であったが、真理が茶々を入れる。

 キョトンとした二人だったがすぐにあっ、と思い出し、弾けるように笑った。

「そうだった! そうだった! ガハハハハハ!!」

「俺たちもうボケが始まっちまったみてぇだな!! ガハハハハ!!」

「な、なんなんだ、この人たち」

 ゲラゲラと笑って酒を酌み交わす二人に圧倒される桐谷。

「ああ、二人は昔馴染みなの」

 二人の関係を、真理が簡潔に桐谷に説明する。

「腐れ縁って言うんだよ」

 真理の説明に赤羽が待ったをかけ、訂正する。

「そうそう。腐れ縁ってやつだな」

 赤羽の訂正に冴島も腕を組んでうんうんと頷いていたが、赤羽がそれを揶揄う様に茶々を入れる。

「よく言うよ。お前、昔は俺がいなきゃ喧嘩のひとつも出来なかった癖によ?」

「てめぇだって俺のおかげで警部まで昇進出来た様なもんだろう? ああ?」

 お互いの昔話を持ち出し、花を咲かせる二人。

 気の置けないそのやり取りに、桐谷はただタジタジとするのであった。


 オッサン二人のじゃれ合いも落ち着き、ドリンクもビールからウィスキーに変わったころ、話題はここ数日起きた事件についてとなった。

「それで、昨日の銃撃事件、どこまで裏が取れてる?」

 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、冴島の静かな眼差しの奥に潜む、場数を踏んだものが放つ確かな迫力に、桐谷は息を吞んだ。

 冴島の胸中を察した赤羽が、グラスを置いて口を開く。

「全裸男、シュルティ・ウパニシャドは半年前インド政府からイエローノッティス(国際捜索支援対象者)の申請が出ている。その数週間前、ムンバイの製薬会社に爆破テロが起きていて、シュルティはこの製薬会社の研究員だった」

 赤羽は先ほど外事二課で得た情報を冴島に話す。

 桐谷は慌てて立ち上がった。

「ヨウさん!」

「お前は黙ってろ」

 止めようとした桐谷を赤羽は制する。

 冴島は黙ってその話を聞いていたが、赤羽の話が終わるとグイっとグラスのウィスキーを飲み干して口を開いた。

「じゃあその爆破テロの手引きをしたのはシュルティなのか?」

「逆だ。恐らく爆破テロの狙いはシュルティだ。そしてその犯人は、シュルティを日本まで追い回し、日本在留マフィア、黒龍商会を使って歌舞伎町で襲撃を起こした」

 冴島の質問に赤羽が答える。

 冴島は顎に手を当てて思案した。

「それがコウ・キュウキ、か……」

「そっちもそこまで辿り着いたか」

 冴島の漏らした言葉に、赤羽は頷く。

 冴島は赤羽の方をチラリとみると、真理におかわりを頼み、話を続けた。

「ああ。黒龍商会は先週末、突然現れたコウ・キュウキってヤツに池袋の本部を乗っ取られたそうだ。それからヤツの命令でシュルティを東京で待ち構えていたらしい。その後追いかけっこに発展して、こないだの銃撃事件が起こした」

「……真理さん、二人は一体?」

 ヤクザの若頭とベテラン刑事が角突き合わせて事件に関する情報を交換し合い、そして推理している。

 その異様な光景に桐谷は困惑し、真理に説明を求めた。

「アタシも途中からしか知らないんだけどさ、昔はああやって表の情報と裏の情報を集めて悪人を捕まえてたの」

 冴島のグラスにウィスキーを注ぎ終え、氷が馴染むようマドラーで回していた真理は、桐谷の助け舟に気付き、説明する。

「アタシがこっちに来る前は、この辺は酷い荒れ方をしててね……。警察は政治家に押さえられ、当時のヤクザは法に押さえられ、結果、海外から流れ込んだならず者たちに好き放題にされてたの。それをボコボコにして、追い出したのが冴島さんと、それを裏でサポートしてたヨウさん」

 真理自身もまた、まだ若かった時分にその二人に助けられた内の一人であり、当時の様子を懐かしく、また誇らしく語った。

「そうだなぁ。昔は楽しかったな」

 真理の昔話を聞き、気恥ずかしくも懐かしむように、感慨に耽る赤羽。

「なんだ? まだ耄碌するような歳じゃねぇだろ?」

 グラスを受け取った冴島が、乾きものを摘まみ、茶々を入れる。

「耄碌するような歳だよ。俺ぁ再来年にゃ定年なんだぜ?」

 赤羽もピーナッツを口に放り込み、冴島の茶々を野暮ったそうに受け流すと、ウィスキーをチビリと口に運んだ。

「えっ、ヨウさんそうなんですか?」

 赤羽の突然の定年話に、桐谷は驚く。

「あれ? 言ってなかったか?」

「聞いてませんよ!」

 寝耳に水であった桐谷が赤羽を責める。

 その様子に呆気に取られた面々は、しばらくポカンとしたのち、一様に大笑いした。

 笑いのタネとなってしまった桐谷は恥ずかしそうに小さくなり、顔を伏せてこの笑いが収まるのを待つしかなかった。

 桐谷を見かねた真理が、助け舟を出す。

「ヨウさんね、定年になったら歩と月面旅行するんだって」

「バッ、バカ! 言うなよ!」

 真理が出した新情報に、今度は赤羽が赤面した。

「月面旅行!? お前が!?」

「悪いかよ、俺が月面旅行したら?」

 冴島が赤羽を指差しながらゲラゲラ笑う。

 場の空気にも慣れてきた桐谷も、冴島たちの雰囲気に釣られ、クスリと笑った。

「月面旅行って、アレですよね? 長崎で建設中の軌道エレベーターで行くって言う」

「詳しいなお前」

 冴島に笑われ続ける赤羽のフォローをする桐谷。

「確か歩が小学校のころに買ったのよね」

 場の雰囲気が収まったころに、真理が当時の思い出話を切り出す。

「ああ、そうだったなぁ」

 赤羽は財布の中に忍ばせていたチケットを取り出し、一同に見せると、懐かしそうにそれを撫でてその時の様子を思い出していた。

「あの時はタロが事故で死んじまって、歩が塞ぎ込んで部屋から出なくなったんだったか……」

 真理と赤羽は、懐かしそうにチケットを眺めた。

 まだ小学生だったいのりと歩の泣きじゃくる姿。

 一緒に家の軒先に墓を作った思い出。

 塞ぎこんで部屋から出なくなった歩。

 泣き疲れて眠るまで、毎日家の前で歩に許しを乞ういのり。

 見かねた赤羽が、星になったタロを三人で会いに行こうと、大枚叩いて買ったチケット。

 全ての記憶が、昨日のことのように、赤羽と真理の脳裏を過ぎっていく。

「もう10年も経ったんだなぁ……」

 飲み干したウィスキーの氷が、グラスをカランと鳴らした。


――同、歌舞伎町、ドンキ前

 中年達が思い出話に華を咲かせているころ、歩は今日も靖国通りの路肩で真理の帰りを待っていた。

 時折通行人が歩の存在に気付き、全裸男から歌舞伎町を守ったヒーローだと、記念撮影をせがまれたり、時にはハグや頬にキスをされたり、今夜の彼はちょっとした有名人になっていた。

 最初は満更でもなかった歩であったが、20回目、30回目に差し掛かった辺りでもう勘弁してくれと思う様になっていた。

 40回目の記念撮影が終わり、ぐったりした歩が車内に戻る。

「オツカレサマデス」

 彼のスマホから、労いの言葉をかけるソフィアに、歩は大きな溜息を吐いて応えた。

「はぁ~~。流石にもう勘弁してほしいんだけど。これしばらく続くんじゃねぇの? 益々真理ちゃんのお迎えやりたくなくなるよ、俺ぁ」

 免許を取得してから、真理の送迎が彼のルーティーンに加わった。

 バイトをしない代わりに、しないと言うより、真理がさせたくなかったのだが、その代わりにこの送迎業務が彼に言いつけられた。

 しかし免許取り立ての人間が東京のど真ん中で毎日車を走らせるのは、大変な緊張を要する。

 この業務はそれこそ真理の送りと迎え、夕方過ぎと深夜に行われるのだが、彼はこれとは別に家事業務がある。

 真理は家事が全く出来ないため歩がこれを全て請け負っており、実際のところ彼は送迎が始まる前から毎日が結構忙しかった。

 その状態で送迎業務まで追加され、輪をかけるかのように今年は受験を控えている。

 歩のキャパシティはとっくにパンパンであり、真理を連れて帰宅した後の彼の体力は底を尽いていることが常であった。

 歩が真理の送迎が余り乗り気でなかったのはそのような理由があった。

「何故真理様ハ貴方ニ送迎ヲ希望スルノデスカ」

 愚痴る歩に、ソフィアが疑問を投げかける。

「知らねえよ。ったく。いまは夏休みだから良いけどさ、これ、二学期始まっても続くよな、絶対」

 歩はドアに肘をかけて頬杖を突いて気怠そうに答えた。

「……聞いたんだからリアクションくらいしろよ」

 返答を黙って聞いていたソフィアに、スマホを小突いて抗議する歩。

「私ガトヤカク申シ上ゲルノハ失礼カト思イマシタ」

「じゃあ最初から聞くなよ」

「申シ訳アリマセン」

 歩は小さく舌打ちするとそっぽを向き、靖国通りの往来を眺めることにした。

 沈黙がしばらく続き、車内には歌舞伎町の喧騒の音が漏れ入っていた。

「……ウチ、母子家庭なんだ」

 景色を眺めながら、歩がポツリと口を開いた。

「ソウナノデスカ」

 相槌を打つソフィア。

「真理ちゃん、16の頃に俺が出来て、でも男に捨てられて、東京に置き去りにされたんだ」

 独り言のように身の上話を続ける歩。

「御実家ニ帰ロウトハシナカッタノデスカ?」

「元々実家とそりが合わなかったから、頼れなかったんだと。真理ちゃん、あの性格だから」

「ソウナノデスカ」

 ソフィアの疑問に、歩は頭を掻いて、バツの悪そうに答えた。

 ソフィアも深く追求しない方が良いと考え、相槌を打った。

「で、俺を育てながら歌舞伎町で働いてるうちにヨウさんに面倒みてもらって、同じ保育園でいのりのおばさんと知り合って、現在に至るってわけだ」

 ここまで身の上話を続けたが、結局歩にはなぜ真理が送迎をさせたがるのか、他人に伝えるための言葉が見つからなかった。

 整理出来ない気持ちを無理矢理引っ掻き回すように、歩は再び頭を掻いた。

「だから、俺に送迎させたいのは、多分真理ちゃんにとっては勲章みたいなもんなんだろ? どうだ見たか、私は女手一つで息子を立派に育てたぞってさ」

 内心、歩にも真理の心理はわかっていた。

 しかし気恥ずかしさと、思春期特有の反骨心が、ソフィアへの返答を曇らせた。

「概ネ理解出来マシタ。アリガトウゴザイマス」

 ソフィアのお礼の言葉に、歩は振り向き、フッと軽く笑った。

「だから俺を医者にさせたいのも、真理ちゃんの人生ゲームの最後の達成目標なんじゃねーの?」

 そう言うと歩は再び視線を戻し、靖国通りの往来を眺め始める。

 対岸の通りを月明かりが照らしているのに気付き、歩は上空を見上げると、ビルの隙間から満月が顔を覗かせていた。

「コレマデノオ話シノ中ニ、貴方ハイルノニ、貴方ノ意思ガ介在シテイナイ点ガ気ニナリマシタ。マルデ持チ物ノヨウニ聞コエマス。ヨロシイノデショウカ?」

 ソフィアは、これまでの身の上話の問題点を、歩に指摘した。

 真理が苦労してきた。それは理解出来たが、歩自身の人生にまで指図するのは道理に反している。

 歩は歩の意思で、自分の歩みたい道を見極め、その範囲の中で親孝行をするのが道理ではないのかと、ソフィアは彼に問いかけた。

 図星を突かれた歩はキッとソフィアを睨みつけるが、指摘された通りであるために言い返す言葉もなく、すぐに視線を元に戻した。

「……良いわけがないだろ。俺は真理ちゃんの人形じゃない」

 そう反論する歩は、寂しそうにそう呟いた。

「デハ貴方ハドノヨウナ将来ヲ望マレテイルノデショウカ?」

「俺の、将来……」

 ソフィアにそう問われた歩は思案するようにぼんやりと月を眺める。

 歩はハンドルの感触を確かめるように撫でる。

 脳裏に過ぎったのは全裸男を倒した時のスリル、緊張感、興奮、そして恐怖。

 そして同時に先ほどまで人々に持て囃されていた高揚感と達成感。

「俺は、なんになりたいんだろうな……」

 いつもより大きく見える夏の月を眺めながら、歩は自分の中でなにかが大きく育っていくのを感じた。


――場所戻り、高級クラブ『ニルヴァーナ』

 中年達の宴も酣となったころ、冴島が背広を肩に引っ掛け、席を立った。

 酔い覚ましの水を飲んでいた赤羽が気付き、彼に話しかける。

「……そろそろ動くのか?」

「ああ」

「今回ばかりは傍観しておいた方が良いと思うがな」

 赤羽はそう言いながら、煙草に火を点ける。

「歌舞伎町を好き放題されたんだ。これでウチが引いたら、いままで抑え込んできた他のヤクザどもが一斉に息を吹き返す。この喧嘩は最初から引けなかったのさ」

 振り返らずに話していた冴島が、赤羽の言葉に反応し、振り返り、赤羽を見据えた。

 長い沈黙の中、視線をぶつけあっていた二人であったが、先に折れたのは赤羽だった。

「……わかった。後詰めは任せとけ」

 赤羽の返答に冴島は黙って頷いた。

「ああ、それと真理」

「なに?」

 次に冴島は真理に話しかける。真理も煙草を点けながら、ぶっきら棒に答えた。

「コウたちの探し物、持ってんだろ?」

「……!!」

 冴島の指摘に、驚く面々。

 冴島は歩がシュルティを倒した動画を見て、歩または安達家に関わる人間の誰かが、このBETAを取り巻く状況の渦中にいるのだと推理していた。

「なんですって!?」

 酔い潰れ、突っ伏していた桐谷が驚きのあまり飛び起きて真理に詰め寄った。

「そ、そうだよ。こっちも処分に困ってたんだ。どっちでも構わないから引き取ってくれない? あんなんがあるから歩も勘違いを起こしてあんなことするし」

 抱き着きそうなほど急接近した桐谷を払いのけ、真理が弁明する。

 赤羽が眉間を押さえて溜息を吐いた。

「なんで言わなかったんだ?」

「言ってた! なんだったらあのロボット轢いたすぐ後に連絡した! なのにヨウさん、クスリ盛られたんじゃないかって信じなかったじゃない!」

 赤羽が問い詰めた事を皮切りに、これまでのすれ違いを批難する真理。

 一寸、思い出そうと沈黙した赤羽であったが、確かにその話は聞かされたことを思い出し、本当だったのかと項垂れた。

「あー……。そうか、すまん。あの話、本当だったのか……」

「ま、まぁ、そう言う訳だ。コウを誘き出す餌に利用するから、ちょっと借りるぜ?」

 真理の剣幕に押され、たじろいだ冴島であったが、咳ばらいをして場を仕切り直した。

「そのまま持ってってくれても構わないよ。アタシには関係無い話なんだから」

 赤羽に呆れた真理が気怠そうに手で払うジェスチャーをしながら承諾する。

 BETAをヤクザに引き渡そうとしている真理に桐谷が食い下がった。

「そ、それは困ります!」

「うっさいね! じゃあ自分でなんとかしな!」

 辛うじて呂律を維持しながら止める桐谷。

 真理の苛立ちはピークに達し、歩を𠮟りつけるように桐谷に叱咤した。

 真理はボーイに全員お会計させろと告げると、肩を怒らせながらカウンターの奥へ消えて行ってしまった。

「なんとかって……」

「……そう言う訳だ。明日はよろしく頼む」

 真理にこっぴどく叱られた桐谷と赤羽が、ぐったりと席にもたれかかりながら冴島に別れを告げる。

「お、おう、お互いにな」

 冴島は尻に敷かれている二人を不憫に思いながら会計を済ませるのだった。

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