ロボットレストラン

木穴加工

ロボットレストラン

 3.5秒か、悪くないな。

 目の前に置かれたコップを眺めながら僕はそう思う。


 ピロン、という無愛想な音声視覚コードだけを残してサービスボットは音も立てずにそそくさと厨房に引っ込んで行った。


 近頃のロボットレストランはとにかく水を早く出すのが一種のトレンドになっていて、店によってはコンマ1ルールなどといって客が席に着くのとほぼ同時に水のコップが置かれたりする。たしかに四六時中せわしなく動いているメッセンジャー達にはウケるのかもしれないが、僕はあまり好きじゃない。


 そもそも、だ。

 はじめて入る店にはある種の緊張感があってしかるべきだ、と言うのが僕の持論だ。入ったらまずさっと店内をさっと見渡して先客の位置を把握する。そして彼らから近すぎず、遠すぎない最適な距離を割り出し、自分の座るべき席を決める。席に向かい、最後にもう一度周りを確認して腰を下ろす。ここまでの一連の動作をミスなく流れるようにこなし、緊張が解けてふぅと一息ついたそのタイミング、そこを見計らったように水が出てくる。これが一番良いのだ。


 3.5秒というのは大分それに近い。


 ピロン

 コード音が僕の思考回路を遮る。

『ご注文は?』

『ダッシュボードを見せてくれ』

『ダッシュボードを表示します』


 テーブルの上に数字で埋め尽くされた大きなテーブルが浮かび上がる。そこには各メニューのこれまでの売上、原価、材料、評判、リピート率などのデータが飲食標準規格FBSTフォーマットでみっしりと並んでいる。


 僕は初見の店で使ういつもの重み付け関数で即座にスコアリングを行った。

『23番』

『かしこまりました』


 手慣れたものである。


 27年前の通称シバタ法の成立によって、飲食店が特定の商品を顧客に勧めたり、店頭やメニューで目立たせるといった行為が違法となった。今となっては店側は国家標準で定められた公正な情報を開示するだけで、それをどう解釈して何を選択するかは完全に客に委ねられているのだ。


 とはいえこれは客にとってもなかなか骨の折れる作業である。


 なので、すぐに重み付け関数というものが発明された。店側のデータを適切な関数に放り込めば、即座に選ぶべきメニューがわかるという寸法だ。


 何を隠そう、僕の仕事の一つがこの重み付け関数を作って売ることである。実際僕の作った「雨の降る水曜の夜のための重み付け関数」は全関数売り上げランキングでも10位に入るほどの好評を博している。


 今回使った関数は「雨水夜」のような複雑なものではなく、初期設定に少しだけ味付けをしたものだ。初見の店では奇をてらわない、それが僕のポリシーだ。それにこの店は調理ロボットは信頼のマルコダイナミクスの後期型だし、食料は流通最大手ビットサプライのものを使っていて、ソースの配合もオープンソースのレシピなので予測から殆ど外れないはずだ。


『おまたせしました』

 サービスボットが再びやってきて、滑らかな動作で金属製のトレーを置いた。


 盛り付けは悪くないな、と僕は眼の前の緑と白の塊を評価した。人間のレストランと比べるとやはりというか野暮ったい部分があるものの、ロボットレストランの中では上位34%には入るだろう。


 緑の塊を口にいれる。

 うん、当たり。

 この「当たり」は美味しいという意味ではない。関数の計算通りだという意味だ。


「データとしては標準的すぎて使えないな」

 僕はこの店を「その他」のフォルダに放り込んだ。アルゴリズムの改善にとって重要なのは境界値付近のデータだ。ギリギリ予測を外すような店があればそれをカバーするように関数を修正できる。ここはそうではなかった。


「ある意味外れだったな」


『ありがとうございました』

 サービスボットの声を背中に店を出る。春らしい陽気に誘われたのか、アルファヤオ大通りは人とロボットで溢れかえっていた。


「ねぇ、お昼どうする?」

「あそこの店でよくね?」

 一組の男女がくんずほぐれつしながらこちらに向かって歩いてくる。僕には気づいていないようだ。


「失礼ですが」

 と声をかける。

 男性はこちらに目も合わさずに「なんだよ」と横柄な返事をよこした。

「こちらはロボットレストランですので、人間の方にはお入りいただけません」

「あら、本当だわ」

「あぶねあぶね、ワハハ」

 ありがとう、というかわりに男性は僕のマグネシウムの筐体を「こつんっ」と軽く叩いた。


「この近くでおすすめの人間用レストランを案内することも可能ですが」

 と、僕はサービスプロトコルに従って案内する。

「いや、間に合ってる」

 そう言って二人は再び雑踏の中へと消えていった。

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