最も正確な3分
ひとえだ
第1話 最も正確な3分
最も正確な3分
〇〇には3分以内にやらなければならないことがあった。
講師の出した難問に”わかりません”と答えるわけにはいかない。
〇〇に名前を入れるのは抵抗がある、僕は”教育を受ける権利”を行使して、”労働の義務”を満たしていない。法の解釈者が人であるから僕を違法状態と解釈する人がいてもおかしくない。
窓の外は強烈な風が吹いている。もう赤城おろしが吹き始める季節になった。数ヶ月後に無職から解放されれば〇〇に名前が入る。ダルマの目に眼睛を書き込むように。
いけない! 講師にダルマなどと呼び捨てたならば気分を害してしまう。菩提達磨様とお呼びしなければならない。講師は禅宗の信者で、達磨様の遠い弟子であることを誇りにしている。
高校と違って予備校講師は思想系の発言については、法の支配下になく、かなり自由にしている。英語の先生が左翼系の学生運動で職につけず予備校講師になったり、国語の先生が右翼系で日本教育組合系の人と喧嘩して定年前倒しで予備校講師になったりと、刺激的な経歴をお持ちの方までいらっしゃる。
僕はこの講師のお陰で、試験科目が化学だけならば日本のどの大学にも合格する自信がある。この化学の授業は難関校向けに設定されたコースで、火曜日の午後を通して行われる。最初は教室いっぱいの受講者がいたが、今は6名になっている。
講師は理系に進むならば物理は必要で、3回目の講義を受けた後から直接、私の物理の授業を受けろと執拗に勧誘された。しかし僕にはこの1年でやらなければならないことがあった。僕は入試の段階で英語が中学生位の学力しかなかったのだ。
講師の出した問いは
「桐生市において最も正確な3分を測るとしたら、
どのような手段を取るのが最適か?
その問いを3分以内に答えよ」
というものだった。
講師は、僕が物理の授業を受けない選択をしたことについて問うていることだと推測した
「時間は存在しないから、考えてもムダです」
30秒程時間を残して僕は答えた。
講師は満身の笑顔で
「その根拠は?」
「ローレンツ博士が説明しています。確かマイケルソン=モーリーの実験結果が根拠になると思います」
講師は僕の肩を撫でた
「だいぶ肩がこっているようだ、大学に行ったら物理の借金を払わなければならないが、それも君の選んだことですね。
You won‘t regret it.(あなたに後悔はないでしょう)」
僕は講師に深々とお辞儀をしてこう返答した
「神様が未来を選ぶ手段を、人の分際で指図するのはおかしいでしょう」
講師は満身の笑顔で
「時間自体がないなら、神様はサイコロを振って未来を決めているといえるな。
免許皆伝だ。よくここまでがんばったな。
ところで君は神様はいると思うかい?」
「神様はいるかもしれませんが、人の幸不幸には係わっていないと思います」
-了-
最も正確な3分 ひとえだ @hito-eda
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