大好きな彼女のための三分間

帆尊歩

第1話 大好きな彼女のための三分間

僕には、彼女を助けるために、三分以内にやらなければならないことがあった。

三分後に、彼女は死んでしまう。

イヤ、一度死んでしまっている。

僕は彼女の事が大好きだった。

でも、片思い。

昼休み、昼を買いに行く彼女のあとに着いていく。あわよくば告白しようなんて思っていたような、いないような。

その日は、天気の良い穏やかな日だったのに。

僕の前を歩く彼女が、まるで電池の切れた人形のように倒れた。

頭から、たくさん血を流している。

横のビル工事の現場から、鉄の欠片が落ちて来て、彼女の頭を直撃した。

僕は突然のことで、彼女の後ろ二十メートルのところで、腰を抜かしてしまった。

僕は尻餅をついた状態で、彼女を見つめた。

彼女が即死なのは、誰の目にも明らかだ。

全く動かない彼女の横に、一人のみすぼらしい老人が立っていた。

倒れた彼女の回りに人が集まって来たが、誰も老人に目もくれない。

見えてない?

ということか?

すると老人がこっちを見た。

腰を抜かして座り込んでいる僕と目が合うと、老人はよろよろとこっちに向かって来た。

「そちには、わしが見えるのじゃな」あまりに怪しい。

「いえ、見えていません」僕は即座に否定して、首を横に振った。

「見えておらんのなら、受け答えせんじゃろ」

「えっ」老人は、僕の足の先から頭のてっぺんまで見渡した。

「そちは、あの娘の事を好いておるのじゃな」

「えっ、ええ」

「でもすまんの、これがあの娘の寿命じゃ」

「待って、なんで彼女が」

「だから寿命なんじゃって」

「だからなんで?」

「わからん奴じゃな。寿命は、地獄の閻魔がランダムに決めておるので、理由なんて誰にも分らない。最も、決めておるかどうかも分らんがの」

「何とかならないの、と言うかあんた誰」

「わしか、わしは死神じゃ」

「えっ」

「おおーおおー、良いのー、その驚き。そうでなくてはな。

たまに、そちのようにわしが見える者もおるのじゃが、死神と名乗っても、笑うか小馬鹿にするかばかりじゃ。この間など、わしのことをホームレスのコスプレイヤーと思った奴がおってな。寿命を縮めてやろうかとも思ったのじゃが、今の言ったように、寿命は閻魔が決めておるのでな」

「死神さんは、閻魔様より偉いかたなんですか?」

「いや職務上は、閻魔の奴が上じゃがな。そもそも、人の生死を司っておるのが閻魔の奴でな、わしら死神はその指示で動いておる」

「では、何で呼び捨てなんですか?」

「あやつは元々わしの後輩でな。何処ををどう媚びをうったのか、閻魔大王なんぞになりおって、忌々しい。

だからわしは、閻魔がわしより上席とは認めてないし、敬語も使わん」

「イヤ、そんな事より彼女は」

「だから諦めろ。もうどうにもならん」

その時電話が鳴った。

僕は聞き慣れない着信音だったけれど、自分のものかと思い体中をまさぐった。

でも次の瞬間、爺が懐からカマボコ板のような物を出して、表面に指をすべらせた。

えっ、スマホ?

爺は画面を見て、明らかに狼狽していた。

そして直立不動になり、そして恐る恐る電話に出た。

「はい、死神三十五号でございます。はい、いえ、とんでもありません。すみません。本当にすみません。いえ、滅相もございません。いえ、そんな事は」爺は、直立不動だったのに急に首振り人形のように、誰もいないのに、頭を振り、お辞儀を繰り返した。そして腰を曲げた状態で電話を切ると、急に状態を起こし、

「全く好き勝手なことを。今日の所はおまえの顔に免じて、言うことを聞いてやる。あー、全く胸くそ悪い」

「あのー」

「なんじゃ」

「今の相手は、どなただったのでしょうか」

「閻魔のやつじゃ。全く現場も知らないくせに、好き勝手を言いおる。今日のところは勘弁してやるが、次はガツンと言ってやる」

「はあ。何処も大変なんですね」

「何が?」

「あっ、いや」

「あっ、そうそう。閻魔の奴が下手打って、あの娘の寿命がまだ五十年あったらしくての」

「じゃ、彼女生き返るんですね」

「イヤそれじゃが、一度死んでしまうと変更が効かない」

「ええー」

「でも大丈夫じゃ。わしが時間を戻して、あの娘が真実の愛に目覚め、そちを心から愛すると言わせれば、娘の死は無効となる」

「と、閻魔様が言ったんですか?」

「まあな」

「その愛とかなんとか、ここで関係あります?」

「わしに聞かないでくれるか。そういうことは、閻魔のやつが決めておる。なんかの兼ね合いもあるんじゃろうが、わしには分からん」

「じゃあ告白をして、僕を愛してくれるように仕向ければ良いんですね。ちょうど良かった。僕は彼女との将来を本気で考えていて、ならじっくり」

「そうじゃ。ただわしの力では、三分しか戻せない」

「はあー。それは三分以内に、僕の事を心から愛していると言わせないといけないという事」

「そういうことじゃ」

僕はひらめいた。

「分りました。じゃあ、時間を戻してください」


時間は、三分前に戻った。

彼女が、ビルの工事現場にさしかかった。

「今野さん」僕は、彼女に後ろから声を掛けた。

「はい」驚いて振り返った彼女に、手招きする。

「ゴメンね休憩中、さっきの資料なんだけれど」彼女は僕の方に寄ってきた。これで位置がずれれば、鉄の塊から逃れられる。

風切り音がして、鉄の塊が落ちて来た。

でもこの位置なら、彼女には当たらない。

ところが、塊は地面に落ちる前にどこかに当たった。

すると軌道が変わり、彼女の頭を直撃した。

彼女は盛大に頭から血を流し、僕の目の前で倒れた。

僕はまた驚いて、腰を向かした。

「だから言ったじゃろ。そんな落下位置を変えたからといって、運命は変えられないのじゃ」

「もう一度お願いしします」僕は、決して綺麗とはいえない爺に縋り付いた。

「仕方が無いの」


また三分前だ。

「今野さん、実はお願いが」

「なんですか」

「ちょっと僕の事、愛しているって言ってみて」

「なんですかそれ。愛してもいないのに愛しているなんて、言える訳ないじゃないですか」

「そう言わずに、そこを何とか」

「なんですかそれ、新手のナンパですか、それともセクハラ」彼女は、冗談ぽく言った。

「お願い。嘘でも良いから言ってみて」

「何かの罰ゲーム?仕方が無いな、私はあなたの事を愛しています」次の瞬間、彼女は盛大に頭から血を流して倒れた。

そして、僕は腰が抜ける。

「だから言ったじゃろう。心のない言葉ではだめじゃ、心からこの娘がそちの事を愛さなけれはだめなんじゃ」

「もう一度お願いします」


また、また、三分前に戻った。

「今野さん、僕はあなたの事を愛しています。海よりも深く、空よりも高く、君のためなら死ねる。君が病気になったら、僕の臓器を全部上げるから。だから僕を愛して」

次の瞬間、彼女は頭から血を流して倒れた。

「もう一度お願い」


また、また、また、三分前。

「今野さん。僕宝くじが当たって、三億円もらえるんだ。僕の事愛してくれたら、みんな上げるよ」

彼女は、頭から血を流して倒れた。

「嘘は良くないんじゃないか」爺が横から言ってくる。

「黙れ、彼女のためならどんな嘘でもついてやる。もう一回」


また、また、また、また三分前

「今野さん。僕、軽井沢に別荘があって、高級外車を三台持っているんですよ。僕を愛してくれたら、みんな君の物」

「いやー、そういう物にはあまり興味が無くて」そう言い終わると、彼女は頭から血を流して倒れた。

「だから、そういう嘘は良くないんじゃないか」爺の忠告なんか、くそ食らえだ。

「もう一回」


また、また、また、また、また三分前

「今野さん」

僕は、十八番の恋愛ソングを、振り付け入りで歌い踊った。

彼女はとても喜んでくれて、手拍子までしてくれた。

まわりの人は、危ない人でも見るように、目を伏せて通り過ぎた。

もう僕は必死だ。回りの目なんか気にしていられない。

次の瞬間、彼女は頭から血を流して倒れた。

この歌は、五分ある歌だったのだ。

「もう無理なんじゃないか。諦めろ」

「冗談じゃない」

「でもな、わしの時間を戻す力もそろそろ限界なんじゃ」

「えっ」

「次で終わりにして良いか。最後に別れを言え」僕は何も言えなかった。もう仕方が無いのか。


最後の三分が始まった。

「今野さん」僕の言葉に、彼女は振り返った。

「どうしたんです。ランチですか?」

「今野さん。本当にごめんなさい。許してください」そう言って、僕は彼女の前で座り込んだ。

「どうしたんですか?」

「君を助けることが出来なかった。愛していたのに、誰よりも愛していたのに。愛している、愛している、愛している」そんな自分の言葉に感極まって、僕は人目も憚らず泣いた。

泣きながら、僕は愛していると言う言葉を心の底から絞り出した。彼女はそんな僕をみて、膝をつき僕の手を取った。

「私も、あなたの事を愛しています。今、はっきりと分りました。私もあなたの事を愛しています」

その時、彼女の後ろ数メートルの所に、鉄の塊が大きなな音を立てて落ちて来た。

彼女は小さな悲鳴を上げると、座り込んでいる僕に縋り付いてきた。

「助かったんだ」と僕はつぶやいた。危ねーでもなく、助かったーでもなく、助かったんだーと言う言葉に違和感があったようで、少し笑って彼女はさらに強く僕に抱きついた。

死神が親指を立てて、ガッツポーズをしたけれど。

それが見えたのは、僕だけだった。

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大好きな彼女のための三分間 帆尊歩 @hosonayumu

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