群れ

@ns_ky_20151225

群れ

 肉と毛皮の塊が地平線のかなたから集団を成して暴走してきた。バッファローと呼ばれていたが、それは旧来の呼称を引き継いだだけであり、環境整備用に運ばれてきたアメリカバイソンだった。体長三、四メートル、体重は一トン以上。それが時速六十キロを超える速度で迫っていた。

 目指すは水場。やっと掘り当てた井戸を目指している。ドローンは途中で行われた脅しの音響爆雷でも群れの進路が変わっていないと報告してきた。

 分け与える水はない。あの井戸は我ら一家の命だ。やっと割り当てられた耕作可能な惑星。それが丸ごと手に入るかどうかがかかっていた。

 年頭の監査局の審査までに農場経営が軌道に乗り、定着したと示せれば所有権が認められる。そうでなければ別の家族と入れ替わるよう命じられる。だから絶対水が必要だった。

 交代なんかさせてたまるか。ここまで来るのにどれほどかかってるか。この星が家族の最後の希望なんだ。それをバッファローの群れごときに潰されてなるものか。

 それにしても環境整備用の動物がこれほど異星の自然に適応し、恐ろしいほどに増殖した例はほかになかった。バッファローは事実上ここの支配者だった。草を食べることで大陸すべてを平原と化し、その排泄物や死体が土地を肥やした。水さえ安定的に確保できればここは星丸ごとが大農場になり得る可能性があった。だが、一部の水場はバッファローに支配され、調査ロボットはことごとく気の荒い雄に破壊された。やっと新しい井戸を掘り当てると群れがやってきて占領される。そんなことが数回繰り返された。

 だから、バッファローは土地を肥やす恵みであるとともに障害でもあった。環境整備用の動物の駆除は認められていない。ちょっとぐらい、と思っても監査局の目はごまかせないし、肉用に狩猟できる程度の数では繁殖に追いつかない。暴走に対する策はその進路を変更させることしかなかった。

「大丈夫? 無理しないでね」 妻からの音声通信だった。帯域を節約するためこれが精いっぱいだった。

「音響爆雷は失敗した。プランBに移るよ」 後ろで子供たちが騒いでいる。みんな北極に避難させていた。役に立たない土地だが、極地は唯一バッファローから安全な土地だった。群れは高緯度地方には行かない。でも極度の低温は農業にも向いていない。

「プランBって? そんなの知らな……」

「しばらく忙しくなる。切るよ。愛してる」

 農地され作れれば。歯を食いしばる。一シーズン以上維持できる畑ができれば、そこにやってくる動物は害獣として駆除が認可される。監査局は定着するまでは厳しいが、根を下ろしさえすれば許される幅が大きく広がるのだった。でもだれもこの星では成功していない。その理由がいま分かった。このおんぼろ作業トラックのモニターにはドローンが捉え、分析した群れの規模と予想進路が示されている。あと三時間でここに来て、井戸の設備を破壊しつくし、噴き出す水を飲みつくすだろう。後には無数の足跡と踏みつぶされた残骸が残る。

 この群れの進路を変える。そのくらいのことがなぜできない。ボタンを押すと荷台のカバーがはずれた。小型の気象観測用ロケット、という体のプランBだった。一瞬ためらったが、妻と子供たちの顔を思い浮かべて発射した。

 ロケットは群れ上空で破裂し、無数のナノ子弾を放出した。雲のように群れを覆いつくす。次の瞬間、視野に草原が拡がった。群れのそれぞれの個体が見ているイメージを統合したものだ。さあ、やるぞ。

 ナノ子弾はバッファローそれぞれの神経系に食い込み、双方向通信が可能となった。荒々しい野獣の精神が流れ込んでくるが人間様をなめるなよ。それに、何が起きているか知ってるのはこっちだ。あいつらは突然の心の混乱の理由が分からず戸惑ってる。そこに明確な指示を下す。いまやこっちが群れのリーダーだ。

 そう、そっちはだめだ、こっちへ行くぞ。群れは水の誘惑に抗いながらゆっくりと反転し始めた。十分に遠ざかるまで支配を続ける。そして山一つ隔てた向こう側に群れを誘導した。

 さあ、接続を切ろう。ほかの動物の心と融合してしまったが、この程度の時間なら妻がなんとかしてくれる。しばらくは寝たきりでうわごとを言うだろうが許してくれ。ちょっとトラウマを負うくらい、家族の幸せと引き換えなら安いもんだ。

 うん、切る? なんで? こんな力を手に入れたのに。

 おい待て、妻と子供は? この星は?

 え、妻? 子供? この星? すでに手に入れてるじゃないか。群れを手に入れたんだ。欲しいものはここにある。もう手に入れた。なんで手放さなきゃならない。そうだ。精神をこっちに残したままにしよう。人の体なんか捨てちまえ。ここは群れの土地だ。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。なんてすばらしいんだ。


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