最終話 まあまあ良い人生だったな

「どうでしたか? 『ラッキーチャンス!』だったでしょう?」


 気がつくと、遙か昔に見た空間にいた。目の前にいるのは、確か転生の女神だったか。


「俺は、死んだのか?」

「ええ、とてもいい最期だったみたいね」


 俺は残してきた家族や牛たちのことを思う。もう二度と彼らに会えないと思うと、俺はもっと何かを残せたのではないかと悔しくなった。


「最期だなんて、生き返ったりできないのか? 『ラッキーチャンス!』なんだろう?」

「私は転生の女神よ。同じ人生を生き直すことはできないし、ましてや生き返るなんて無理よ」


 流石に俺は無茶を言ったと恥ずかしくなった。


「それでも、再抽選のチャンスはあるわよ」

「再抽選?」


 転生の女神は俺を見て微笑む。


「『ラッキーチャンス!』の最大の特徴はもう一度スキルを選択して、違う世界で生き直しができることよ。あなたが望むなら、今度はもっと違う世界で更にいいスキルを持って暮らしていけるかも」


 もう一度、違う人生を送るだって?


「その『ラッキーチャンス!』は本当に違う世界に行けるのか?」

「あなたが望むなら、いくらでも。それから、スキルの選択の猶予は人間の時間で3日間よ。前回あなたは目一杯悩んだわね」


 転生の女神は両手を差し出す。その手に掴まれば、また俺は違う世界に転生していくんだろう。


「ちょっと待て。今の俺の記憶はどうなるんだ?」


 俺は前世の記憶をほとんど無くしていたことを思い出した。ふとしたことでしっかり思い出したが、それまでは「前世があった」くらいの認識しかなかった。


「そうね、やり直す世界の邪魔になるからほとんどが消えるわ。でも、新しい世界でもっと強い力で楽しい方が何倍も楽しいでしょう?」


 女神の笑顔が、俺には邪悪なものに見えた。


「じゃあ、俺の、エリク・ヴァインバードとしての記憶は消えるのか?」

「きれいさっぱりとまではいかないけど、ほとんどなかったことになるわね」


 なかったこと……。


 俺が真っ先に思い出したのは、美しいタウルス高原の春だった。そこにいるルディとマリベル、そして無数のバッファローたち。俺が築いてきたものを俺自身が否定していいはずがない。


「それはいやだ、もう『ラッキーチャンス!』は使わないよ」


 それを聞いて、女神は驚いたような顔をした。


「あら、即答するなんてよっぽどこの人生が気に入ったのね。前回はスキルを選ぶのに三日間じっくりかかったっていうのに」


 それを思い出して、俺は恥ずかしくなった。


「いいのよ。あなたはエリク・ヴァインバードの人生を受け入れるってことでいいのね?」

「ああ、もうやり直しはしない。俺は十分生き抜いたから」


 それを聞いて、転生の女神は両手を下ろした。


「それでは『ラッキーチャンス!』は終了します。これからは通常の死後の手続きに従って、あの世に行ってもらうわ」

「あの世?」

「そうよ。あなたはエリク・ヴァインバードの死後を生きる権利を与えられたわ」

「何だよ、死後を生きる権利って」

「まあ、行けばわかるわ」


 目の前から女神が消えていく。


「随分いい顔になったじゃない。自分の人生を生ききった証拠ね」


 何だよ、人を顔で判断するなよな。


「前の人生はこれからって時に死んだからな。今はやり残したと思うことはたくさんあるけれど、思い残すことはない」

「そう、それならチャンスの意義があったのね」

「ああ、本当に楽しかった。いい機会だったよ」


 次第に俺の漂っていた空間も消えていく。気がつくと、見覚えのある場所にやってきた。


「ここは……タウルス高原か?」


 そこは高原の真ん中、ルディと何度も見上げた星空を見る場所だった。一瞬生き返ったのかと思ったが、身体の痛みが一切無いことで俺はやっぱり死んだのだと思った。見覚えのある景色を歩いていくと、また懐かしい光景が見えてきた。


 そこにあったのはまだ山小屋が数軒しかなかったころの開拓団だった。日が昇ってくると、家から人が何人も出てくる。ランドさんを始め、もういなくなったはずの人々がそこにいた。俺の家に行くと、ミネルバが朝食を作っていた。ふと思い立って、俺は牧場になるはずの場所へ行く。


「エリク! 待ってたぞ!」


 そこにいたのは、マリベルとルディだった。俺は2人に飛びつく。


 やり直しなんかする必要なかった。

 俺が作ってきたんだ、俺の人生を。

 かけがえのない人と出会って、かけがえのないものをたくさんくれた。


 高原ではたくさんのバッファローが俺たちを見つけて、一斉に駆けてくる。

 前世の俺を全てぶっ壊してくれたのは、間違いなくこのバッファローの大群だった。


「本当に悪くない人生だったよ」


 俺は右手を突き出して呪文を唱える。


「バッファローさんバッファローさん、おいでください」


 呪文を唱えなくても、バッファローはたくさん現れた。ああ、本当にわけのわからないスキルだったな。俺の境遇にぴったりのとんだ当たりのスキルを貰ったものだ。人生生きてみないとわからないとはこのことだ。


 全く、俺は本当に幸せ者だよ。女神に感謝しないとな。



〈了〉

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謎スキル「右手から無限にバッファローが出せる」で異世界転生した世界を俺のものにする 秋犬 @Anoni

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