第12話 バッファローのコート
バッファローの長毛種から採れた毛で作ったコートはすぐに大人気となった。
ルディの言葉通り、それまでヴァインバード牛というと大きくて無骨な牛というイメージが世間一般にはあった。そのイメージを隠すバッファローという新しい言葉はすぐに世間に広まった。
『バッファローのコートは丈夫でしっかりしている』
『上品な色なのに実用的だわ』
『贈答用にぴったりね』
最初に飛びついたのは流行り物が好きな貴婦人たちだった。彼女たちが気に入ると、世間一般に人気は拡大していく。俺の発案で子供用のコートを大量に作ったのだが、女性が気に入ると子供にもコートを買い与える。丈夫なバッファローの毛はちょっとやそっとじゃ破れない。母親たちはコートを大変気に入ったようだった。
こうして冬になると、街はバッファローのコートを着ている人で埋め尽くされるようになった。それと同じく、ヴァインバード牛の毛皮も売れた。それまでは牛を見に来ていた観光客が多かったが、バッファローのコートの直売所を作るとそれを目当てに更に観光客が殺到した。
俺たちは毛織物の工場を更に増やした。長毛種のバッファローはどんどん増え、既存のバッファローは毛皮専用、長毛種は毛刈専用として牧場も設備を増やした。タウルス高原はますます栄え、ヴァインバードの名前は世に知れ渡っていった。
そうなると、ヴァインバード牛を更に使いたい国から声がかかるようになった。主に販売事業を担っていたヴァインバード本家は侯爵の位を頂き、牧場をますます拡大できるようになった。販路と牧場が大きくなれば、タウルス高原の村も大きくなる。村では誰もがバッファローの外套を身に纏い、毛皮を寝具にしていた。それと高原暮らしに憧れて、移住者がまた増えた。すっかりタウルス高原は賑やかな街になってしまった。
こうなると俺の仕事で直接バッファローに関わることが少なくなってしまった。書類仕事や会談、バッファローのコートの生産に関わることばかりだ。たまに俺は息抜きに牧場へ行き、俺の生み出したバッファローたちを眺める。
「やあエリク、ここにいたのか」
「たまにのんびり、牛と遊びたくてね」
同じようにすっかり忙しくなったルディと共に、俺はバッファローの前に並ぶ。
「昔を思い出していたのか?」
「ああ、いつでも思い出すよ。初めてバッファローを出した日のことだ」
あの時は一頭出しただけで大騒ぎだったのに、今では何万頭のバッファローを前にして俺は世界を相手に戦っている。先頃、バッファローのコートの輸出が始まった。それまで好事家たちが買い求めに来ていたコートは国境や海を渡り、大きな評判になっているらしい。
「あの頃は想像もしていなかったな。こんなに立派な牛舎と牧場、それにこんなに立派な街並み。全部俺たちが作り上げたんだ」
「そうだ、この街は俺たちのものだ。牛も建物も人も、みんな一から作り上げていったんだ」
俺はバッファローの大群がそれまでの衣服という文化を破壊していくところを想像する。全ての人々がバッファローのコートを着て、ヴァインバードの毛皮を敷物にしている。そんな世界は今や夢物語ではない。
「それもこれも、全部バッファローのおかげだな」
ルディが笑っている。俺は久しぶりに右手を前に突き出す。
「バッファローさんバッファローさん、おいでください」
すると一頭の元気なバッファローが現れる。バッファローはすぐに俺に懐き、ルディによって牛舎に入れられる。
「やっぱりすごいよ、エリク・ヴァインバードは」
「いいや、ルドルフ・フロンティアがいなければ牛は捕まえられなかった」
間もなく厳しい冬が来る。以前は暴風や寒さと戦っていたが、毛皮とコートのおかげでこの土地の人は暖かく過ごせるようになった。
「何より、全部お前らのおかげだ」
俺はバッファローの喉を撫でる。バッファローは低く鳴いて、俺の手を舐めた。
***
それからの人生は、大変穏やかだった。世界進出を果たしたバッファローのコートは大評判となり、ますます生産が追いつかなくなった。牧場の拡大の他に、余所にヴァインバード牛の牧場を作ることになった。こうして俺の手から離れた牛たちが野生の他に存在していくことになり、世界はますますバッファローに染まっていった。
俺の子供たちは立派に育った。娘はいい年頃の男と結婚し、息子はタウルス・ヴァインバード家の立派な跡取りとなった。俺はバッファロー事業を子供たちに譲ると、後年をタウルス高原の調査に当てることにした。かつてルディの父親のランドさんが行っていた調査を引き継ぎ、俺はタウルス高原の全容を調べることを目標に何度も調査団として奥地へ入っていった。もちろん隣にはいつもルディと、彼の息子がいた。
やがて足腰に不安が出てきた頃、妻のマリベルが病でこの世を去った。どうしようもない喪失を俺とルディは抱えた。それからしばらくして、ルディも病に倒れた。俺はなるべく彼の側にいるようにした。
厳しい冬が終わって青空が見えたある日、「街を頼む」とルディは俺より先に逝ってしまった。俺はルディの奥さんや子供たちと共に、彼をマリベルの隣に葬った。タウルス高原のよく見える、高台の美しい墓地だった。ここには開拓団の先駆者たちが眠っている。そのうち俺もそこへ行くのだろうと、ぼんやり考えるようになった。
相変わらずバッファローたちは俺に懐いていた。みんな俺が親父であることを理解しているのだろうか。バッファローだけではない。俺の子供や孫たち、そして牧場や毛織物工場の人たち。みんなが俺に懐いていた。そしてみんな、俺がいなくなることを恐れている。俺がマリベルとルディを失うのを恐れていたように。
すっかり家から出ることも難しくなったある日、俺は無性にバッファローに会いたくなった。なかなか気難しくなった足腰を杖を頼りに動かして、牛舎へ向かう。バッファローたちは俺のことを見て一斉に鳴いた。俺を呼んでいるようだった。
「そうかお前ら、俺のことを待っていてくれたのか」
なんとなくそんな気がした。バッファローを呼び出すことの出来る俺がバッファローに呼ばれているということは、きっとそういうことなんだろう。
その後、俺は牛舎で倒れているところを発見された。最期の最期に家族が俺の顔を覗き込んでいく。手を握ってくれているのは娘だろうか。最期まで俺の耳には「ありがとう」の声が届いていた。
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