第11話 長毛種が完成したぞ!

 俺がタウルス高原に来てから、もう20年が経っていた。


 俺とマリベルとの間には3人子供が生まれ、ルディの家にも2人の子宝に恵まれていた。俺たちはすっかり家族を支える父親として、そして開拓団の中心として毎日駆け回っていた。


 ルディはランドさんから全面的に開拓団の団長の役職を譲り受け、今はバッファロー牧場の拡張事業を中心に取り組んでいる。俺は高原への大きな道路を通し、ヴァインバード家と連携してバッファローの毛皮の商業ルートの確保に大忙しだ。


「ウォレスさん、毛皮のチェックが終わったらひと息入れましょうか」

「おお、すまないなハンナ」


 バッファローの長毛種の開発は軌道にのっていた。酪農学者のウォレスさんの見立てで毛が長いバッファローを掛け合わせ続け、次第に長い毛のバッファローが誕生してきた。そこから毛を刈って織物製品にするところまで来ている。後は生産体制をどう作るかだ。


 そして俺の姪にあたるハンナは、すっかりバッファローが気に入ったようで事あるごとにタウルス高原に遊びに来て、ついにウォレスさんの助手になってしまった。これには俺も兄から散々小言を言われたが、俺のせいではないので何とも仕方ない。それに、ヴァインバードの事業の中心は今やバッファローなのだ。兄だからと言って、俺に強くばかり出られないのだ。


「エリク叔父さんもそろそろ休憩しないと」

「俺はもう少し頑張るよ、午後からまた観光客の挨拶をしないと」


 開拓が進んだタウルス高原は、最初の山小屋が数軒並んでいたところからひとつの街にまで成長していた。ルディの牧場を中心に、肉や皮の加工場が並んでいる。そこで働く人や麓まで品物を運ぶ人たちで村の人口が増えた。そこから住宅を建設していき、数家族だった人口は今や数百にまで増えていた。


 元々厳しい環境にあったタウルス高原だったが、人口の増加によって資材が揃えられるようになり、頑丈な家を作ることができるようになった。そして村の周りに成長の早い木を植え、防風林を作る計画も進行している。この木が立派に育てば、タウルス高原の暴風から村を守ってくれるだろう。


 更にヴァインバード牛の名前で売り出した毛皮は人気商品となり、わざわざバッファローを見学したいという人たちが現れた。ヴァインバードの家のほうでは観光事業を始め、定期的に牧場に観光客が訪れるようになった。


「全く、挨拶なんてガラじゃないんだけど」

「あら、叔父さんって何でも出来ると思ってたんだけど」


 ハンナは俺を買いかぶってる。何を根拠にそんなことを言うんだ?


「だって叔父さん、牛たちとものすごく仲が良いじゃない。どうすればあんなに牛と仲良く出来るの?」


 俺の心の声が聞こえたのか、ハンナが答える。


「どうすれば仲良くって……ここの牛たちはみんな俺の子供みたいなものだからな」

「そう思っていても、叔父さんみたいに懐いてくれないのよ」


 俺も前世でバッファローが人間に懐くところは想像もしたことがなかった。でも、俺が生み出したと思うとやっぱりバッファロー全部が愛おしいし、バッファローという存在そのものが俺は好きになっていた。


「右手から牛でも出せれば、懐いてくれるかもな」

「何それ」


 ハンナは冗談だと受け取ったようだ。全然冗談ではないのだが、今のこのタウルス高原の繁栄は間違いなく俺とバッファローのおかげだ。


 そうか、俺がここまでみんなを引っ張ってきたのか。


 どうしても昔のいじける癖が抜けないけれど、今の俺はこのタウルス高原を率いているリーダーなんだ。もっとしっかりしないと、そう、ルディみたいに。


***


 それから半年後、俺とルディ、そしてウォレスさんで今年生まれた子牛たちを並べた。長毛種として育ててきたバッファローの隣には、比較として通常のバッファローの子牛もいる。このときのために毛を刈るタイミングの研究や毛織物の加工場も整えてある。


「どうですか?」

「どれも安定した毛並みだ。この牛同士を掛け合わせれば、これ以上短い毛の牛は生まれないだろう」


 ウォレスさんの言葉に、ルディは声を震わせる。


「そうすると……?」

「目指していた長毛種の完成だ」


 俺とルディは牛を前に抱き合った。


「やったぞ!」


 言葉も出なかった。バッファローを草原に放った、あの日からずっと目指してきたことが実現した。なかなか交配の結果が出ず、諦めようと思ったこともあった。それでも「やってみるだけやっていこう」と声を掛けてくれたルディのおかげで俺たちはここまで来た。


「それじゃあ、最初の毛刈りはエリクにお願いしよう」

「そんな、ルディこそ最初の毛刈りに相応しいよ」


 俺とルディが毛刈り鋏を押しつけ合っていると、ウォレスさんが笑った。


「それなら2人でやればいいだろう、2人で始めたことなんだから」


 そう言うとウォレスさんは子牛を押さえる。


「2人で始めたこと、か」

「思いついたのはエリクだけどな」


 俺たちは顔を見合わせて、子牛に鋏を入れる。茶色くて立派な毛が地面に零れていく。これを洗浄してよく乾かしてから解し、糸にして織物にしていく。他のバッファローの毛で作った試作品のコートを前に、俺は宣言する。


「これでヴァインバード牛の毛織物事業を始められるぞ」

「ところでエリク、この毛織物の名前は考えているのか?」


 ルディの言葉に俺は首を傾げる。


「ヴァインバード牛の毛織物でいいんじゃないか?」

「もうヴァインバードと言えば毛皮で有名だ。ヴァインバードのコート、でもいいと思うがもっと違う商品名がいいな」


 そう言うとルディはにやりと笑った。


「せっかくだから、かっこいい名前にしたいじゃないか。ヴァインバード牛を生み出す、魔法の言葉とかさ」


 それを聞いて、俺はどきりとした。今度は隣でウォレスさんが首を傾げる。


「とにかく、それをコートの名前にするぞ。ついでに毛織物は毛皮と別に売り出す。毛皮は無骨で嫌だというご婦人方にも親しみやすい名前だ」


 こうして『バッファローのコート』は完成した。

 でも、本当に売れるのかな……?

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