第10話 俺たち友達だよな

 マリベルに第二子が生まれるのがわかった日、ルディの祝言の日取りも決まった。街からやってきた気立ての良い子で、俺は安心している。でも同時に、ルディが他の女の子に取られてしまうような変な気分でもあった。


 そして、いよいよ明日が祝言という日に俺はこっそりルディの家に行った。そっとルディの部屋の窓を叩くと、すぐにルディが出てきた。


「こんな夜遅くにまだ起きていたのか?」

「それはお互い様だ」


 ルディはすぐに支度をして出てきた。ランプを持った俺とルディは村を出て、高原の方へ歩いて行く。


「あの頃はまだ牧場がなかったもんな」


 あの頃、とは俺とバッファローを出しに真夜中に高原に来たときのことだろうか。


「この辺もすっかり立派になったな」


 ただ平原が続いていただけの場所は牧場になり、昼間はのんびりバッファローがくつろぐ場所になっていた。その向こうには大きなバッファローの毛皮工房が並んでいる。


「あれから何年だ?」

「えーと……8年、か」

「いろいろあったな」

「そうだな」


 思えば、俺の開拓はルディと仲良くなったところから始まった。未だにバッファローが俺から出てきたということを知っているのはルディだけだった。


「最近は牛を手から出さなくてもよくなったし、こうやってここに来るのは本当に久しぶりだ」


 俺たちは村を離れて、まだ開拓の進んでいない高原まで来た。俺も随分と身体が丈夫になったものだ。やはり高原の空気が合っていたのだろうか。


「次はいつ来れるだろうか」

「別にいつでもいいんだけどな」

「そういうわけにも行くまい、お前の奥さんに断ってからでないと」

「変に律儀だよな、お前」


 俺とルディは笑った。高原の空気はあの頃と変わっていなかった。

 

「広いな、高原は」


 ルディが呟く。俺たちは村を大きくしてきたつもりだったが、タウルス高原はまだまだ広がっている。ここ数年は高原の奥地や山間部への調査も行っているが、しばしば吹き荒れる強風でなかなか進んでいなかった。


「俺たちが知ってる高原なんて、ほんの一部なんだろう」

「もしかしたらこの奥地に、ヴァインバード牛より立派な牛がいるのかもしれないな」


 そこは俺が不安に思っているところだった。最初の頃は調子に乗ってバッファローを増やしてきたけれど、この高原自体にどんな生態系の変化を与えてしまったのだろうか。


「その牛たちがいるなら、住処を奪うような真似をしてしまって悪いことをしたな」

「まあ、牛たちからすれば俺たち人間だって似たようなものだ」


 ルディが続ける。


「開拓なんて、全部人間のエゴだ。昔父さんが森林監察官だったときに、近くの村に狼が出るから退治してくれっていう話が出たんだ。だから父さんたちは狼を見つけ次第殺していった。そうしたらどうなったと思う?」

「どうって……狼がいなくなってよかったんじゃないか?」

「ところが、森の中で狼のエサだった鹿が食べられなくなったものだから大繁殖。ついに森の中にエサがなくなって村まで来て農作物を食べ始めたんだ」

「それじゃあ、今度は鹿を?」


 ルディは頷いた。俺は言葉もなかった。


「だからさ、もう人間が住んでいる限り自然を守ろうとかうまく調整しようとか無理なんだ。俺たちがここにいるだけでこの高原の生態系は変わっている。多分牛だけのせいじゃない」


 これからの開拓について考えると、ルディの言葉が重くのしかかってくる。


「それでも、そのエゴの塊の開拓のおかげで俺はいい友人に恵まれた」

「なんだよそれ」


 急に話を俺のことに振るものだから、俺は焦った。


「実はさ……俺、最初お前見たとき大嫌いだった」


 なんとなくそんな気はしていた。最初は露骨に目も合わさなかったしな。


「なんだよ、貴族の坊ちゃんが後からやってきて指揮をとるってさ。開拓は父さんに全面的に任せるんじゃなかったのかって、あの頃は父さんにも反発していた。それで父さんは頻繁にお前の家に用事で行かせていてさ……」


 そう言えばよくルディがお使いで来ていたっけ。俺ではなくミネルバが対応していたからあんまり覚えていないや。


「でも牛が出せるとか身体が本当に弱いとか、いろいろ知っていくうちに何だか頼りないけど、悪い奴じゃないんだなって思った」

「それは……お互い様だ」


 俺とルディの間のいろんなものを破壊してくれたのは、バッファローたちだった。偏見、いらだち、わだかまり……今の俺たちにそんなものはない。それに、ルディは大事な友達であると同時に、もう大事な家族の一員だ。


 前世の俺を思い出す。俺には母親しかいなかったし、母親は好きだったけれど家族の団らんはなかった。俺はいつもどこかに預けられているか、家で留守番をしていた気がする。だから家族なんていらないと思っていたし、そのありがたさがよくわからなかった。おばあちゃんが死んで泣いている子に俺だけ声をかけないことが冷たいと言われたこともあったけれど、俺にはその子の悲しみが想像できなかった。


 でも、今の俺ならその悲しみは理解できる。マリベルと娘、そしてランドさんがいなくなったら俺は泣いてしまう。もちろん、目の前のルディもそうだ。それと同じくくらい、ミネルバや開拓民のよくしてくれる人たち、ヴァインバード家の家族に対してもそんな気持ちを持っている。


「だから、それがエゴだろうとなんだろうと、前に進むためには何かをやらないといけないんだ。俺たちが出会ったみたいにさ」

「……そうだな」

「なんだお前、泣いてるのか?」

「な、泣いて悪いか!」


 ルディはにやにや笑っている。なんでこいつが結婚するってだけで、俺はこんなに涙が出てくるんだ? 


「結婚おめでとう! ルディ! これからも友達だからな!」

「当たり前だろ、何言ってるんだ」


 俺はしばらく泣いていた。ルディが幸せになることが自分のように嬉しい。それだけで、俺の目からはずっと涙が流れていた。そんな俺をルディはずっと支えてくれた。


***


 翌日、ルディの祝言が行われた。ランドさんと俺は一緒に抱き合って泣いた。俺があんまり泣くものだから、ルディもマリベルも困っていた。


 でも、これが人のために流す涙なんだろう。ああ、俺も転生してすっかり涙もろくなったもんだ。でも泣きながらわかったことがひとつあった。


 うれし涙っていうのは、ひとりでは流せないんだなあ。俺はミネルバに呆れられながらも男泣きに泣いた。ルディ、俺はお前もみんなも幸せにするからな。

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