三分間憎悪

一河 吉人

第1話 三分間憎悪


 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。




 決して避けて通ることのできない、負けられない戦い。


 明日を勝ち取るための、死力を尽くした生存競争。


 己の全てを賭けた、乾坤一擲の大一番――




 ――グランド端に設置されたクラブ棟の、女子バドミントン部への覗きだ。




 いや、ちょっと待ってほしい。これには深い、非常に深遠な理由があるのだ。


 事の起こりは一昨日、陸上部の活動を終えた後のことだ。その日は調子がすこぶる良かったので、みんなが規定のメニューを終えて帰ったあとも遅くまで残ってグランドを駆け回った。先生から帰宅を促されてランを切り上げたときは、全身汗だくでジャージも下着もぐちゃぐちゃ。誰もいない部室の開放感にランナーズハイの残り香も手伝って完全にご機嫌だった俺は、全裸になって寒風摩擦よろしく全身の汗を拭いていた。


 そして、部室のドアが開いた。


 突然のことに状況が飲み込めずそのまま背中を擦り続ける俺の目に飛び込んできたのは、幼馴染の砂取智恵すなとりちえの顔だった。ガキの頃から変わらない、やや丸くて小さい、でも少し気の強そうな顔。


 そして、「あれ、もしかして俺、覗かれてる?」とようやく思考の追いついてきた俺の耳に飛び込んできたのは、幼馴染の


「フッ(笑)」


 という嘲笑だった。


 俺は激怒した。な、なんだその「小3のときから全然成長してないね(笑)」みたいな反応は!! 


 大変遺憾だ、大使を呼びつけ厳重に抗議したい。確かにあのころは、俺は貧弱で病気がちな坊やだった。グイグイと水路を遡っていくお前の後をついていくのに精一杯、ずぶ濡れになって翌日はよく風を引いていたりもした。

 だが、今は違う。俺は陸上に打ち込んで体を鍛え、たくましい青年へと成長した。俺の俺自信も成長した。刈谷玲央が苅谷玲央になるくらいには成長したのだ。俺は怒りを込め、反抗の声を上げた。


「キャーーーーーーッ、痴女よォーーーーーーーーーッ!!!!」


 俺は泣きながらジャージを履くと部室を勢いよく飛び出したが既に砂取の姿はなく、怒りの声を直接ぶつける機会を逃してしまった。


 後に残されたのは、あの笑い声の残響だけ。


(許さん……許さんぞ、砂取智恵!!!!)


 俺は誓った。この屈辱、必ずや晴らさん、と。


 刈谷家は武士の末裔(父方の祖父称)、汚名を着たままおめおめと生き恥は晒せない。その嫡男として、身の潔白を天下に知らしめる必要がある。そうだ、俺はやるのだ!


 方針は決まった。あの女は誅されねばならぬ。だが、どうやって? そして、復讐には古来より伝わる大原則がある。目には目を、歯には歯を、つまり――



 覗きには、覗きを。



 これで理解してもらえたと思うが、俺が覗きを敢行するのは決して下品な獣欲からくるものではない。むしろ誇りと尊厳をかけた、極めて人間的で高貴な心の働きによるものなのだ。


 さて、覗きといっても具体的にはどうするのか? 俺は先日たまたま手に入れた透明化薬の投入を決めた。これは錠剤一つで一分ほど全身が透明になり誰からも認識されなくなるという画期的な新薬で、インターネットの通販で五錠一セット五千円(超特別価格)だった。


 いやいや、そんなものがあるはずないだろ、という現実的な指摘や全身が透明になったら可視光も透過するため何も見えないのでは? などという科学的考証なら必要ない。貴重な二錠を投入した試験で俺は確かに透明になったし、視覚も聴覚も問題はなかった。


 体を張った検証を経て、残りは三錠――つまり、俺に与えられた時間は三分。


 この三分でグランド外れのクラブ棟へ行き、宿敵を討ち取って復讐を果たさなければならないのだ。決して簡単な条件ではない、だが、そこに可能性が一パーセントでもあるのなら、男は戦わなければならないのだ。


 砂取が所属する女バドは総部員数六名、うち二人の三年生は実質引退状態で、一年の二人は今日はバイト。そして、最後の二年生も今日は体調不良で欠席と怖いくらいにシチュエーションが整っている。昨日の今日でこんなチャンス、天が俺に味方しているとしか思えない。


 俺は全裸で便座に座り、衣類を巾着へと突っ込むと壁のフックに引っ掛けた。ここは校舎四階の端にある男子トイレ、人通りが少なく放課後ともなるとほぼ無人という絶好の隠れ家だ。万が一荷物が発見されても忘れ物だと思われるだけだろう。俺はこの地をベースキャンプに定め、全身の感覚を研ぎ澄ましていた。


(……よし、準備は完璧だ。いくぞ!)


 ここを出て目的地まで走り、砂取の着替えを覗いて「ハン(笑)」と鼻で嘲笑する。いよいよ復讐のときは来たのだ!


 深呼吸して手にした錠剤を飲み下すと、みるみる両手が透けていく。よし、きちんと効果は出ているし、視覚も触覚も問題ない。あとは急いでグランドに――


 ガチャガチャガチャガチャ!!!!


(――っ!?)


 浮かしかけた腰をそのままに、俺はガタガタと揺れる扉を警戒した。これは、まさか。


「チッ、誰か入ってんのかよ。ってか全部埋まってるじゃねーか!!」


 誰かが大便をひり出すため、このトイレへと駆け込んできたのだ! 


 ん、誰か? いや……


(この声、我が友里山ではないか!!)


 この野郎、よりによってこのタイミングで俺の邪魔を!!!!


 前々からいけ好かない奴だとは思っていたが、やはりお前は俺の敵だったか! 無駄に下げてるズボン、お前はカッコイイと思ってやってるんだろうが全然似合ってないしだから腹も冷やすんだよ! 


「おい、もうヤベェんだ。頼む、早く変わってくれ!!」


 そんな俺の苛立ちも知らず、里山はドンドンと力強くドアを連打して懇願を続けた。なるほど、運命をモノにしたときのベートーベンはきっとこんな気持だったのだろう。俺は里山の哀願を無視し続けた。クソッ、お前のピンチなんか知るか、さっさと下の階にでも行けよ!! ってかこのトイレは個室が3つあるはずだが、なんでこんな時に限って皆の便意が一つになってんだよ。これじゃ大便のグランド・クロス、「運命」じゃなくて「惑星」じゃねーか!!!!


「アアアアァァァァ、頼む、頼むゥゥゥゥ!!!!」


 里山は祈った。俺も祈った。里山よ、早くいね、と。こんなところで時間を浪費している間に、タイムリミットは刻一刻と迫っている。冷や汗が額を伝って降りた。クソッ、諦めるか? いや、それだけは許されない。俺の尊厳と俺の尊厳の尊厳にかけて、この復讐だけは果たされなければならない!!


 その時間は僅かだったが、俺には永遠のように思えた。俺は祈り、祈り、祈り――そしてその無垢な願いは、確かに天に届いたのだ。


 早鐘のように打たれていたドアへのノックは突如として止み、里山は


「……あ、やっぱいいわ」


 とだけ言い残して消えた。


「……」

「……」

「……」


 男子トイレを、しばしの沈黙が支配した。あと、かすかにすっぱい匂い。


(……はっ、ぼーっとしている暇はない!!)


 あんな馬鹿にこれ以上時間を費やしている場合じゃない。俺は便器のレバーを押し込むとドアを開け、個室から一発の弾丸のように飛び出した。床に何の異物も痕跡もないという事実は、俺を少し落ち着かせた。


 トイレすぐ横の扉から非常階段へ出て、二段飛ばしで降りる。運幸、いや幸運にも誰ともすれ違うことなく、地上まで降りることができた。なかなかのタイムが出たはずだが――


(クソッ! 予定より三十秒は遅れてやがる!!)


 チラリと目をやった校舎の時計では、残り二分。一分は余裕を見ているとはいえ、もはや一刻の猶予も許されない!


 俺は走った。校舎の裏を抜け、帰宅部でごった返す駐輪場をかき分け、目的地のクラブ棟へと全力で急ぎ


「ヘブッ!!!!」


 棒高跳びのポールに顔面を強打して砂利道を転がった。おおお、顔が、俺の顔が!!


「ヤッバ、またやっちゃった……」


 悶絶する俺の横で、一人の女生徒が恐る恐る振り返る。


「ってあれ、誰かにぶつけたと思ったけど、気のせいだった?」


(コラーーーーッ!! 気のせいじゃねーっつうの!!!!)


 俺は激怒した。てめぇ高橋、あれほどポールを運ぶときは後ろに注意しろっつてるだろーが! 肩に担いだまま急に振り向くんじゃねーよ、ほんとお前は何度言っても分からな


「メグミ~」

「あ、ケイちゃーん!」

「アガアアァァッ!!!!」


 友達に呼ばれた高橋は再びポールを振り回し、立ち上がりかけた俺の顔面を強かに打ちつけた。


「……あれ、なんか今声がしなかった?」

「え? 気のせいじゃない?」


 だから気のせいじゃないつってんだろうがよぉおおおーーッ!!!!


 このアマ、一度ならず二度までも。絶対に許さんぞ、俺は音を立てないよう立ち上がると、心の復讐リストの砂取の下に高橋の名前を書き加えた。


「うーん、確かに聞こえたんだけど……あれ、これ……血?」


(――ッ!?)


 高橋の友人が指さした地面には、数個の血痕が残されていた。もしかして、あれは俺の血か!?


 すぐさま鼻に手をやると、ぬるりとした感触。マズい、今の二発で鼻血が出ている!


 即座に鼻を摘む。息苦しいが仕方ない、あと少しだけ持てばいいんだ。それよりもさっさとここを離れるべきだな、チッ、透明化で衝突の危険は考慮していたが、こんな暴れ馬は想定外だったぜ!


 俺は二人に背を向けるとグランドへと走り出し


「え、どこどこ?」

「オアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!????」


 現場に駆け寄ってしゃがみ込んだ高橋にポールの先端をケツの穴に差し込まれ、つま先だけでぴょんぴょんと跳ね悶絶した。たっ、たったっ……


(高橋ィィィィィイイイイイーーーーーーーーーッッッ!!!!)


 お、おのれ、二度ならず三度までも!!


 俺は空いた方の手で口を抑え、漏れ出そうな呻きをとっさに抑えた。本当にお前は、お前という……おい、グリグリは止めろ!!!!


 必死で声を押し殺し、ポールからそっと体を離す。俺はもはや泣き出しそうだったが、眉間に力を集中しグッと堪えた。クソが! だが、負けんぞ!! 


 そうだ、これくらいのアクシデント、何するものぞ! 勇者とは困難に立ち向かい、乗り越えてこそだ。確かにケツの穴は二つに増えたが、なあに金玉だって二つある、かえってバランスがとれて有り難いくらいだ。幸い、鼻血の数滴以外に痕跡を残してはいない。このまま立ち去れば問題なく逃げ切れるだろう。ロンギヌスの槍よ、俺がトイレを済ませたばかりで助かったな!!!!


 俺は気合を入れ直すと、後ろを振り向くことなくなくグランドへ走った。というか、一刻も早くあのキリングフィールドから逃げ出したかった。時計に目をやると、時刻は――あと一分半!


 よし、これなら十分間に合うはずだ。そのままギアを上げてトラックを横切り――


「あ、ラグビー部のランニングだ」

「アガッ!!!!」


 ムチムチの筋肉集団に轢かれ


「お、空手部のお通りだ」

「ウボッッ!!!!」


 ガチガチの角刈り集団に跳ねられ


「 わ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ!」

「ホゲェッッッ!!!!」


 暴れ牛の群れに蹂躙された。まさか、いつもは明るく楽しい学校が透明人間にとってはこんなに危険な場所だったなんて……ってコラーッ、畜産部!!!! 家畜くらいきちんと管理しとけや!! っていうかこの角の形、これバッファローじゃなくてヌーじゃねーか!!!!


 相次ぐ試練に、俺はもはや満身創痍。心までもが折れそうだった。だが、運は我を見放してはいなかった。玉突き事故でパチンコされた結果、気づけ俺は目的地の前に立っていたのだ。 

 

(ついに、たどり着いたぞ……!!)


 俺は尻に生まれた三つ目の穴を撫でた。はるか昔、中央の帝「混沌」は七つの穴を開けられ死んでしまったという。これで俺の残機は後四つ、ゲームオーバーになる前に決着をつければならない。


 校舎の時計を確認する。残り時間は一分、犯行を行うには十分だ。トラブル続きで一時はどうなることかと思ったがこれで確信したぜ、おお、天も俺に復讐せよと囁いている!!


 俺はバド部の部室のノブに手を掛けた。うちのクラブ棟は昭和レトロ風の建物で、特にここのドアは思い切り回せばなぜか施錠を無視して開けることができるという、最新のセミオートマチック式だ。


(よし、いくぞ――ッ!!??)


 気合を入れてドアノブを掴んだ手が、先から顕わになっていく。馬鹿な、時間はまだ残ってるはず……!!??


 俺は信じられないものを見る気持ちで自分の右手を凝視した。何だ、何が悪かった!? だが、こうして驚いている間にも指先から手のまた、手のひらから手首へと透明化の効果は消失していく。ど、どうする? このまま続行しては全裸で女子の部室に突入したド変態として校史に名を残してしまう――


(――……だから、何だ?)


 俺の中の、内なる声がそう尋ねる。そうだ、お前の目標はなんだ? 復讐だろう? そして、復讐とは古来より自らの身をも焼くものだと相場が決まっている。いいじゃないか、全裸。どんとこい、停学。恐れるものは何もない。偉大なるわが校の歴史に、この刈谷玲央の名を刻んでやるとしよう!!


(オオオ、フンッ!!)


 ガチャリ、とパキリ、が合わさったような音を立て、ゆっくりとドアが開く。ついに、ついにここまでたどり着いたぞ。砂取知恵、喧嘩を売る相手を間違ってしまったな。さあ、見せて見もらおうか、お前の尊厳を!!!! 


 復讐に逸る僕の充血した目飛び込んできたのは、無垢でつるりとした、滑らかな肌の、穴がまだ一つしかないような尻――


 ――と、下半身丸出しでトランクスを干している半べその里山だった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!????????」


 僕は叫んだ。


「キャーーーーーーッ、痴女よォーーーーーーーーーッ!!!!」


 里山もマイッチングポーズで叫んだ。


 い、言うに事欠いて痴女とは失敬な! 俺は男だし、これは由緒正しい決闘スタイル、痴でもなんでもない! お前の方こそなんだ、その女々しいポージングは。胸元を隠しても仕方ないだろ、下を隠せ下を! 僕は激怒した。


「何でお前がいるんだよ! 砂取はどうした!?」

「あァ? あいつなら今日は一人でつまらないって帰ったぞ」


 あの野郎、いや女朗ォーーーッ!! そんなことだからバド部は万年二回戦止まりなんだよォーーーーーッ!!!!


「刈谷こそ全裸で何やってんだよ? こんなところでストリーキングとは、いくらんなんでも特殊性癖すぎんだろォ!?」

「やかましい、女子の部室に下半身丸出しでパンツを干してる人間に言われたくない」

「ち、違うんだ。ちょっと、その……コーヒーをこぼしただけなんだよ」


 ほう、東インド会社の時代よりインドと言えば紅茶だと思っていたが、最近はカレー味のコーヒーも流行ってるのか。


「なに、心配することはない。誰しも大人になれば一度や二度の粗相は当たり前だという。いや、むしろそれこそが大人になった証なのかもな」

「な、何の話か分からねえな……」

 

 俺もなんでこんな丸出し対決になってるのか分からねえよ。


 里山は全身を震わせながら、あからさまに視線をそらして言い訳を続けた。


「ちょっとズボンを汚しちまっただけだ。砂取が今日は部活中止つってたからな、部室を借りてシミにならないよう早めのケアを……そ、そういう刈谷こそ、なんで脱いでるんだよ。痴漢で覗きなんて完全に犯罪だろうが!」


 俺は全力で目を泳がせながら、必死で弁明を試みた。


「ち、違うんだ。ちょっと、その……全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに巻き込まれてしまって……」

「あァ? 何言ってんだ?」


 俺もそう思う。


 事実とは残酷なものだな。その正しさゆえに、ときに助けになってはくれない。俺は覚悟を決めたが、しかし里山が見せたのは意外な対応だった。


「バッファローが服……何っ、もしかして畜産部の奴らか!?」

「あ? ああ、全く酷い連中だぜ」

「そうか……」


 里山はなぜだか目を細め、どこか遠くへと視線を送りながら言った。


「あいつら、ついに『服だけを食べる家畜』の品種改良に成功したんだな……」


 よく分からないけど後で通報しておこうと思う。


「なるほど、そいうことなら理解した。とんだ災難だったな」

「ああ、全くいやになるぜ」


 俺は陰謀論の誕生を目の当たりにし大変に面食らったが、しかし我が身可愛さにその一部に取り込まることを選択した。人間、正しさだけが全てじゃない。生きていくためには白を黒、馬を鹿、ヌーをバッファローと言い張ることも大事なのだ。


「まあつっ立ってないで入れよ。ズボンは一つしか無ぇが、上着くらいは貸してやる」


 里山は俺を憐れみ室内へと手招きをする。


「下は……まあラケットででも隠せばいいだろ」


 そんなロリポップマンは嫌だ、俺は思った。


 しかし、ここへ立っていても世間へ尻を晒すだけなのは事実。俺は促されるまま部室へ足を踏み入れ、扉を閉めようとして振り返り――


 部室の外に佇んでいた、砂取と目が合った。


「ち、違うんだ!!!!」

「何が?」


 俺は即座に釈明したが、え? いや、自分で言っといてなんだが、何が違うんだ? っていうか今、何が真実とされている? そう、横たわる事実は人気のない女子バドミントン部の部室で半裸の男と全裸の男が――


「全部!! 全部です!!!!」

「そうね、これが全部夢だったらどれだけいいだろうね」


 駄目だ! 幼馴染だから分かる、あれは全てを諦めたときの智恵の目だ!


「っていうか何でお前がここに!?」

「いや、なんでも何も、ここの部員なんだけど」


 確かに、半裸の不審者や全裸の変質者よりよっぽど正当性があるな。


 砂取は腰に手をあてると、これみよがしに大きなため息をついた。


「はあ……忘れ物を取りに来たと思ったら、まさかこんな犯罪現場に出くわすとは……」

「い、いやな、砂取。違うんだよ」


 里山が一人だけ助かろうと声を上げるが、ラケットで股間を隠しながらなので著しく説得力に欠ける。


「ズボンにコーヒーをこぼしちまってな、シミにならないよう洗って干してるだけなんだ」

「ハ? わざわざここで?」

「そ、それは……」


 ハハハ、馬鹿め! ただ汚れただけなら、教室ででもどこでも干せばいい。わざわざ人目を避けて、女子の部室に侵入する理由になんてなるはずがないのだ。そんな付け焼き刃の理由で言い抜けようとするから切って捨てられるんだよ!


 里山は言葉に詰まり、うつむいてモゴモゴと口を動かすだけだった。これはもう有罪決定だな。


 愚かなり里山! だが、お前の死は無駄にはしない。大丈夫、お前は悪いやつじゃない。ただ脱糞と痴漢で後者を選んだだけだ。ま、謹慎中はプリントくらい持って行ってやるさ。


 砂取はああ見えてカンのいい奴だ、生半可な嘘は瞬時に見抜かれてしまう。コイツを説得するにはコツがいるんだ。必要なのはそう、誠意と真実、ただそれだけ。


 俺は砂取の目を真っ直ぐ見つめると、ゆっくりと言った。


「人の服だけを食べる、暴れバッファローの集団に襲われ身ぐるみ剥がされたんだ」

「ハァ? そんなのあるわけないでしょ」


 後日、俺と里山と畜産部は二週間の出席停止を言い渡され、「七高のZ全裸世代」として歴史に名を刻んだ。

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