第6話 すべてを丸く収める方法

「よう! 田戸蔵!」

 成田は、満面のつくり笑顔で、病室に入った。


「ん。成田か。それと、あんたはたしか成田のバイト先の……」

「田無っス! センパイには、いつも美味いまかないを食べさせてもらってるっス!」

「ふはは! なんだよそれ!」


 成田は、満面の笑みで、田無の腹にツッコミを入れた。

 うん、やっぱり田無は面白い。このオトボケた天然っぷりは、田戸蔵には絶対に出せない味だ。


「それにしても、悪かったな。せっかくのテレビ番組のオーディション、俺の怪我でフイにしちまった」


 田戸蔵は、成田に頭をさげる。

 成田の心はチクンと痛む。でも、言わなければダメだ。俺は田無とテレビに出演して、このチャンスを絶対につかみとるんだ!


「あ、あのさ、田戸蔵、そのオーディションなんだけど……」


 成田が意を決して、田戸蔵とのコンビ解散を言い出そうとした時だった。


 ———ピコピコ

 ん? なんだ??

 ———ピコピコピコピコ

 どこからか、にぎやかな音が聞こえてくる。

 ———ピコピコピコピコピコピコピコピコ

 これ、ゲームセンターの音だ。三人は、音の聞こえるほうにふりむいた。


「え!?」

「なんだこれ!」

「う、うそだろ! なんでこんなところに?」


 そこには十円ゲームセンターの自動ドアがあった。


 ———ウイーン。


 自動ドアが静かに開くと、目も前にはメイド姿のお姉さんがいた。


「成田さん、どういうことです⁉︎」


 メイド姿のお姉さんはいつものニコニコ顔だ。でも、その声は明らかに怒っている。


「ルール違反はあきませんよ!」

「え? ルール違反?」

「なに、勝手にオーディション番組受けとるんですか‼︎」

「ああ、でんでん兄弟のネタとしてなら問題ないって言われたから、田無に代役をたのんで……」


 成田が事情を説明すると、メイド姿のお姉さんはニコニコ顔をピキピキとひきつかせた。


「それがアカンて言うとるんです! 『マンザイ! バンザイ‼︎ VR』のネタを書いたのは、田戸蔵さんなんやから! 田戸蔵さん以外の人が使うのは著作権違反です!」

「えええ!」


 成田は田戸蔵をみた。田戸蔵はおおきくうなずいた。


「ああ。賞レースの三回戦の前日だったかな? お笑い芸人体験ゲームを作りたいって人が突然家にやってきてさ、ゲーム用の漫才のネタを数本書いてくれないかって。あと、ゲームキャラクターのモデルになってほしいとも言われて承諾したんだ」

「そうです! せやから、田戸蔵さんと成田さんがネタとして使うならオッケーですけど、なんやわからん人が勝手に使うのは絶対にNGです!」


 なんてこった! まさか、田戸蔵が『マンザイ! バンザイ‼︎ VR』の開発を手伝っていたなんて。


 でも、これで納得がいった。ネタが抜群に面白いのも、『マンザイ! バンザイ‼︎ VR』のキャラクターが田戸蔵にそっくりだったのも、ぜんぶ納得ができる。

 メイドのお姉さんは、プンスカと怒りながら、早口でまくしたてた。


「とにかく、田戸蔵さんのネタを勝手に使うのはアカンのです。そのうえ、テレビ番組に出演するやなんて、絶対にあきません! 場合によっては、訴えて……」

「ちょ、ちょっとまってくれ。俺のネタで、テレビ番組に出演?」


 メイドのお姉さんの早口を、田戸倉が止めた。目を大きく見開いて、めちゃくちゃ驚いている。


「ああ。さっき、田無と一緒に、『マンザイ! バンザイ‼︎ VR』のネタでオーディションを受けてきた。そして、合格した」

「マジか! オーディションってあのゴールデン番組の特番だよな?」

「ああ」

「おいおいおい! 大事件じゃないか!」

「そうです! 大事件です。そして大犯罪です! 成田さん、なんや知らん人といっしょに田戸倉さんのネタを勝手に使うなんて、どういうつもりなんですか‼」


 メイドのお姉さんは、プンスカと怒りながら、成田と田無をにらみつけた。

 メイドのお姉さんに〝なんや知らん人〟と言われた田無は、あわててその場をとりつくろう。


「いやいやいや、著作権違反なんてそんな! 自分は田戸倉さんの代打で出演しただけっス。テレビ収録はちゃんと、田戸倉さんが出演するから問題ないっス! ね、成田さん!」


 だが、成田は首をふった。そして田無の両肩に手をのっけて話し始めた。


「いや、俺は番組収録も、田無、お前に出演してほしいって思っている。田戸倉のネタは確かに面白い。だが、そのネタを演じるとなると、田無、お前の方がはるかにうまい! 田戸倉と今日のオーディションにでても、不合格だったはずだ。この際ハッキリと言う、田無、俺とコンビを組んでくれ! コンビを組んで、俺と一緒に、テレビ番組でマンザイをやってくれ‼」


 成田の思わぬ告白に、田無は、首をブンブンとふる。


「そそそそそ、そんな! めっそうもないっス!」


 メイドのお姉さんもカンカンだ。


「せやからそれが、著作権違反や言うとるんです。そんな都合のいいこと、できるわけないやないですか! そうでしょ? 田戸倉さん!」


 メイド姿のお姉さんは、田戸倉に同意をもとめようとする。でも、田戸倉は静かに首を横にふった。


「いや、俺は別に構わない。お笑いは実力社会だ。才能があるやつが売れていく。ただ、俺も十年近くお笑いをやってきたプライドがある。素人同然の田無君に、負けるとは信じられない、だから、俺の目の前で、ふたりのマンザイを見せてくれ。田無君の方が面白くできたなら、そのネタはお前らにくれてやる!」


 ベッドの上の田戸倉は、成田と田無を交互に見る。その表情は真剣そのものだ。


「わかった、田戸倉。田無の実力を見せてやる! おい、田無、ネタやるぞ!」

「え? えええ? そんな、自分……自分……」

 うろたえる田無に、田戸倉は真剣な顔をして頭をさげた。

「お願いするよ、田無君。決して手は抜かないでくれよ」

「ハ……ハイっス」


 病院の一室、真剣な表情の田戸倉と、プンプン顔のメイドのお姉さんが見ている中、成田と田無が登場する。


「どーもぉ! 成田です!」

「田無です! 二人合わせて……」

「でんでん兄弟です! デデデン!」

「でんでん兄弟です! デデデン!」


 成田は、セリフを叫びながら右側を向いて、田無の腹に、張り手をかます。

 ボヨヨン!


「ププッ」


 田無の腹のはずみ具合に、メイド姿のお姉さんが口を押えた。


「俺な、お笑い芸人じゃなかったら、コックさんになりたいと思ってるねん」

「ほー、コックさんかー。食いしん坊のお前にピッタリやな」

「じゃあ、今から厨房でコックさんの練習するから、お前、ウエイターさんやってな!」

「ウエイター? ああ、ええで!」

「注文入りました! トマトソーススパゲッティとカルボナーラ!!」

「はいよー! はい、おまち、トマトソース入りカルボナーラ!

 略して、トマボナーラ一丁上がり!」

「あははは!」


 メイドのお姉さんが、声を出して笑う。田戸倉の表情も心なしか緩んできた。


「おいおい! 混ぜてどないするねん!」

「いや、これが結構いけるんや、ズルズル……うん、おいちぃ♪」

「おいおい、なに勝手に食べてんねん!」

「ぶほっ! 鼻からスパゲッティでてもうた! びいんよよよーん! ごめんごめん、お前もたべたいねんな。はい、あーんしてー」

「うわ! 鼻から出てきたスパゲッティ近づけるな!」

「きゃははは、めっちゃ汚い!!」


 メイドのお姉さんは、さっきまでプンスカと怒っていたのがウソみたいに大喜びで笑っている。そして、


「ふふふ」


 田戸倉も、思わず吹き出した。

 その後も、田無はボケ続け、そのたびに、メイドのお姉さんは、おなかをおさえながら大笑いをつづけている。


「ひーひー! お、おもろすぎでおなかがつってまう!」


 田戸倉は、ウンウンとうなづきながら、ふたりのマンザイをじっと見つめていた。


「ええかげんにせえ!」

「どうも、ありがとうございました」


 成田は、ネタを終了して、頭を下げた。そして頭をあげると、

 パチパチパチ!

 拍手をするメイドのお姉さんがいた。


「めっちゃ面白かったです。特に鼻からスパゲッティが出たとこ……ア、アカン、思い出しただけで笑いがこみあげてくる!」

「田戸倉は?」


 成田は、ベッドの上の田戸倉を見た。田戸倉は天井を見つめていた。そしてゆっくりと顔をおおって、両目を手の平でごしごしとふくと、ポツリと言った。


「認めるよ。今日限り、俺はでんでん兄弟を脱退だ。田無君、きみが俺のあとを継いでくれ」

「え? でも……」

「頼む」


 ベッドの田戸倉は、じっと田無の顔を見た。その表情は真剣そのものだった。


「わ、わかったっっス! 俺、でんでん兄弟をひきづぐ……」

「ちょっとちょっと、それとこれとは、話が別です‼」


 田無の話にメイドのお姉さんが割り込んできた。いつの間にか、プンプン顔にもどっている。


「田戸蔵さんの書き下ろしてもろたネタをタダでつかわれたら大損です! どーしても使いたいなら、成田さんのネタ買い取ってもらえます?」

「わかった! じゃあ買い取る‼︎ いくらだ‼︎」


 成田は、半ばやけくそ気味に言い放つと、メイドのお姉さんは、成田の前に指を一本突き出した。


「一万か?」


 メイドのお姉さんは、首を横に振る。


「じゃあ十万?」


 メイドのお姉さんは、首を横に振る。


「ひょっとして、ひゃ、百万円か⁉️」

「全然足りません! こっちの元が取れません!」

「じゃあ、いくら払えばいいんだよ!」

「十円です!」

「じゅ、十円??」

「でも、ただの十円やないです。成田さんのお財布にフチがギザギザになっとる十円玉が一枚だけ入っているはずです。それを頂戴いたします」


 成田は、ズボンの後ろポケットに入っている長財布を開けてみた。そこに、一枚だけ青緑色に光っている十円玉が入っている。成田はその十円玉を取り出すと、コインのフチを見た。確かに、細い筋が入っている。


 成田は、首をかしげながらメイド姿のお姉さんに青緑色の十円玉をわたす。


「はい。確かにお代金頂戴いたしました。これで『マンザイ! バンザイ‼︎ VRのネタは自由に使って結構です。ほな、わたしはこれで失礼します」


 そう言うと、メイド姿のお姉さんは、十円ゲームセンターの自動ドアに入っていった。

 どういうことだ? たった十円でネタの権利を売るなんて。あの十円玉に、それほどまでの価値があるのだろうか。

 成田が首をかしげていると、十円ゲームセンターの自動ドアが再び開いて、メイドのお姉さんが現れた。


「そういえば、わたし、ずっとおもっとったんですけど、田戸蔵さんは、でんでん兄弟を脱退せんでもええんとちゃいます? 三人で、トリオマンザイをやってもええんやないですか? ツッコミの成田さん。ネタ作りと、小ボケ担当の田戸蔵さん、そして大ボケの田無さん。それが一番おさまりがええと思います」

「あ……」

「あ……」

「あ……」


 思いがけない提案に、三人は顔を見合わせた。


「トリオ名は、でんでん三兄弟とか、どうですか? ほんなら、わたしは今度こそ失礼します」


 メイド姿のお姉さんは、ペコリとおじぎして十円ゲームセンターの中に入ると自動ドアは跡形もなく消え去った。


 数ヶ月後、彗星のごとくあらわれた漫才トリオ、でんでん三兄弟は、またたくまに大人気となる。今やテレビで、彼らの姿を見ない日はないくらいだ

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売れない芸人と10円ゲームセンター かなたろー @kanataro_

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