第5話 チャンスの女神には前髪しかない

「それじゃあ、十三番、でんでん兄弟、よろしくお願いいたします!」

 テレビ局の会議室の一室、番組の制作スタッフが見ている中、でんでん兄弟が登場する。


「どーもぉ! 成田です!」

「田無です! 二人合わせて……」

「でんでん兄弟です! デデデン!」

「でんでん兄弟です! デデデン!」


 成田は、セリフを叫びながら右側を向いて、田無の腹に、張り手をかます。

 ボヨヨン!

 うん! 今日も最高のたたき具合だ。

 成田は、番組スタッフをチラリと見た。みんな、口を押えてクスクスと笑っている。

 よし、手ごたえありだ! つかみのギャグで制作スタッフの心をつかんだ‼

 田無も、緊張していない、このままの調子で、本ネタにつなげよう!


  ・

  ・

  ・


「ええかげんにせえ!」

「どうも、ありがとうございました」

「どうも、ありがとうございました」


 成田は、ネタを終了して、頭を下げた。そして頭をあげると、そこには満面の笑顔をしている番組スタッフたちがいた。


「いやー、めちゃくちゃ面白かったよ!」

「うんうん、最高!」

「これは、子供受けしそうなネタだな!」

「なにより、ボケのリアクションが良い!」

「オーディションは合格です。収録日は追って事務所に連絡しますから、本番も、このちょうしで頑張ってくださいね!」

「はい! ありがとうございます!」

「ありがとうございますっス!」


 テレビ番組のオーディションに合格した成田と田無は、その足で電車に乗って田戸蔵が入院している病院へとむかった。


「自分、でんでん兄弟のお役にたてて、感無量っス! 田戸蔵さんの喜ぶ顔が目に浮かぶっス!」

「ああ……そうだな?」

「ん? どうしたんスかセンパイ?」

「別に、なんでもないよ」


 なんとなくはぐらかしてしまったが、成田が病院に行くのは、オーディションに合格したことを伝えるためではない。田戸蔵にコンビ解散をつげるためだった。


 田戸蔵は、けっして才能がないわけじゃない。あいつの書くネタは最高に面白い。でも、ボケとしての才能は、明らかに田無の方が上だ。


 その事実を、今日のオーディションで嫌と言うほど感じた。

 この三日間の練習で、揺らいでいた心は、完全に決まっていた。

 せっかくオーディションに合格したのだ。このチャンスを絶対につかみ取りたい。


 どっかの占い師が言っていたが、チャンスの女神には前髪しかないそうだ。

 なんとも奇妙なヘアスタイルだが、今の成田にはその姿がありありと想像できた。

 

 どうすればチャンスの女神の前髪をつかめるか……方法はひとつしかない。

 田戸蔵とはコンビを解散して、田無とでんでん兄弟を組みなおすんだ。


 それしかチャンスの女神の前髪をつかめる方法はない!


 成田と田無は電車を降りると、徒歩五分の病院へと歩いて行く。


「ああ、オンエアが楽しみだなぁ! 自分、絶対に録画するっス! でんでん兄弟の勇姿を、この目で焼き付けるっス!」


 田無が、無邪気に喜ぶ度に、成田の心はチクンと痛む。

 でも、ここは心を鬼にしないと! 非常にならないと。芸能界は実力主義の世界だ。俺は、このチャンスをぜったいにつかみとるんだ!


 成田は、まるで、足ツボマットの上を歩いているような足取りで、病院に入ると、面会の受付をして、田無の入院している病室へと向かっていった。

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