第4話 突然のチャンス

 そのチャンスは、とつぜんおとずれた。事務所からメールが来たのだ。三日後に、テレビのオーディションがあるらしい。

 だが、いくらなんでも急すぎだった。

 田戸蔵が退院するのは来週だ。オーディションには間に合わない。

 成田は頭を抱えた。最高のネタが仕上がっているのに、オーディションに挑めないなんてあんまりだ。


「はあ……」


 成田は、アルバイト先でも、ずっとオーディションのことを考えていた。なんとか参加する方法はないだろうか。休憩時間のまかないも喉を通らないくらいだ。

「センパイ、食べないんスか? センパイの発明したトマボナーラ、めっちゃ美味しいのに!」


 言ったのは、バイトの後輩の田無たなし文章ふみあきだ。カルボナーラにトマトソースをあえたトマボナーラのオレンジ色ソースをベッタリと口の周りにつけて、物欲しそうに、成田のまかないを見ている。


「食いたいなら、食っていいぞ」

 成田は、まかないのトマボナーラを田無に差し出すと、

「うっひょー。めっちゃ嬉しいっス!」


 と、満面の笑みでトマボナーラをむさぼり始めた。

 成田は、その表情をあきれながら、でも思わず笑みが出た。丸々と太った田無がスパゲッティーをかっこむすがたが、めちゃくちゃ面白かったからだ。田無は、本当にご飯を美味しそうに食べる。


「まったく、いいよな、お前は悩みがなさそうで」

「もぐもぐ。そんなことないっスよ。自分にだって悩みくらいあるっスよ、もぐもぐ」

「どうせこのあと食べる夜食のこととかだろう」

「もぐもぐ。それもあるっスけど、それよりも心配なことがあるっス! もぐもぐ」


 そう言いながらも、田無はスパゲッティを食べ続ける手を、一切止めようとしない。


「本当かぁ? じゃあ、言ってみろよ!」

「もぐもぐ。自分、センパイのことが心配っス! なんだか最近、仕事も上の空みたいだし。もぐもぐ」

「え?」


 田無はスパゲッティを食べながら話をつづけた。スパゲッティトマボナーラを食べ続けながらも、その目は、真剣そのものだ。


「センパイには、いっつも世話になっているっス。自分に手伝えることならなんでも言ってください! もぐもぐ」


 なんでも力になるって言っても……いまの悩みは、三日後にひかえたテレビのネタ番組のことだ。


 ん? まてよ。


「なあ、田無、おまえ、俺たちのマンザイのネタ知っているよな?」

「モチロンっス。ライブもしょっちゅう見にいっているっス!自分、でんでん兄弟のネタなら、全部暗記しているくらいの大ファンっス!」

「じゃあ、お前、田戸蔵の代理で、俺とコンビ組んでくれねーか?」

「は?」


 成田の予想外の提案に、さすがの田無もスパゲッティトマボナーラを食べる手を止めた。


「三日後に、テレビのネタ番組のオーディションがあるんだけどさ。いま田戸蔵のヤツが入院中だろ? だからさ、今度のオーディションだけ、俺とコンビをくんでくれねーか?」

「おおおおおおお、俺がっスか? 田戸蔵さん代のわりに?? そ、そそそんな、めっそうもない!」

「頼む、今回のオーディションだけ! どうしても新ネタを披露したいんだ。な? 頼むよ! な?」


 成田は頭をさげて、両手を合わせた手を「ずずずいっ」を田無の前につきだした。その力のこもった両腕は、今にも田無の額に突き刺さりそうだ。


「わかりました。センパイのたっての願いじゃ、ことわれないっス。俺なんかじゃ、田戸蔵さんの足元にもおよばないっスけど、オーディションがんばるっス!」

「本当か田無? 恩にきる!」


 バイトが終わると、成田は田無を連れて、ひさびさに夜の公園に行くと、十円ゲームセンターでVR田戸蔵と練習していた、イタリアンレストランのコックとウエイターのネタを、田無に説明した。


「あひゃひゃひゃ、なんスかそのネタ! 面白すぎじゃないっスか」

「だろだろ! じゃあ、さっそくネタを合わせてみよう。出だしは、いつものアレだ」

「デデデンっスね? 了解っス」

「じゃあ、始めるぞ」

「ハイっス!」

「どーもぉ! 成田です!」

「田無です! 二人合わせて……」

「でんでん兄弟です! デデデン!」

「でんでん兄弟です! デデデン!」


 成田は、セリフを叫びながら右側を向いて、田無の腹に、張り手をかます。

 ボヨヨン!

(え? この感覚!)

 田無の腹の感覚は、十円ゲームセンターのVR田戸蔵のハリと全く同じ感覚だった。

 つかみのギャグを完ぺきにこなした田無は、流れるようにネタに進んでいく。


「俺な、お笑い芸人にじゃなかったら、コックさんになりたいと思ってるねん」

「ほー、コックさんかー。食いしん坊のお前にピッタリやな」

「じゃあ、今から厨房でコックさんをするから、お前、ウエイターさんやってな!」

「わかった。じゃ、やってみよか!」


 お笑いは、〝間〟が命だ。ほんの少しのタイミングや表情の違いで、面白さが激変する。

 その点、田無の〝間〟は、完ぺきだった。〝間〟の取り方が、十円ゲームセンターの『マンザイ! バンザイ‼ ⅤR』の、ⅤR田戸倉にソックリなのだ。


「はい、おまち、トマトソース入りカルボナーラ!

 略して、トマボナーラ一丁上がり!」

「おいおい! 混ぜてどないするねん!」

「いや、これが結構いけるんや、ズルズル……うん、おいちぃ♪」


 田無は、めちゃくちゃ美味しそうにスパゲティを食べるふりをする。


「ふはは! お前が食べてどないすねん!」


 成田は、その表情に大笑いしながら、田無の頭をはたきたおすと、田無はさらにボケをたたみかける。


「ぶほっ! 鼻からスパゲッティでてもうた! びいんよよよーん!」

 ごめんごめん、お前もたべたいねんな。はい、あーんしてー」


 すごい! VR田戸蔵の完全再現だ。

 いや、むしろそれ以上だ。田無の食いしんぼうキャラがこれ以上ないくらい、バッチリとハマっている。

 その後も、田無はVR田戸蔵と、カンペキに同じ〝間〟でボケ続け、そのボケに成田はドンピシャのツッコミを入れる。


「もうええわ!」

「どうも、ありがとうございました」


 成田と田無は、ふたりそろって頭を下げた。

 そして頭をあげると、田無が心配そうにこちらに顔をむけている。


「あの……こんな感じで良かったっスか?」

「ああ! 最高だよ。お前、めちゃくちゃお笑いのセンスある!」

「ホントっスか? よかった! 自分、田戸倉さんの代役頑張るっス。三日後のオーディション、絶対合格するっス! 俺、テレビで、でんでん兄弟のネタ見たいっスから!」

「ん? ああ、そうだな」


 それから三日間のあいだ、成田と田無は、スパゲティのネタをみがきにみがいて、テレビのネタ番組のオーディションに、万全の状態で参加した。

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