第一審 放火魔と孤児は火の海で
7日が経った。
『よぉクソガキ』
トランシーバー越しにマワリヤサマが私にそれを知らせるまで、もうそんなに経ったことには気づかなかった。
『被告人どもには先に説明して法廷に行かせた。お前にも説明してやるからよく聞けよ』
彼の高圧な態度は前から変わっていないが、愛嬌(元々そんなになかったが)が消えた気がする。
『今日は01キョラと02コースケの裁判だ。先に二人の弁明をちと聞いて、その後ビデオテープを流す。そして、お前はキョラは有罪か無罪か分からないか、コースケは有罪か無罪か分からないか。それぞれを決めてもらう』
胃がきりきりと痛む。こんなに緊張するのは久しぶりだ。
私の緊張が伝わってきたのか、トランシーバーは笑うようにブブブブと震える。
「人の運命を私が決めるんでしょ。緊張するよ」
トランシーバーから、『それは結構結構』とニヤついたマワリヤサマの声が聞こえてくる。
胸の前で拳を握り締め、私は自分の部屋を出た。
【放火魔と孤児は火の海で】
法廷に入ると、真っ先に目に入ったのは証言台に立つキョラだった。
他の皆はどこへ行ったのだろうか、と辺りを見渡していると、少し上の方から「おーい、トキコちゃん」と呼びかけてくるノアの声が聞こえた。
上を見ると、そこは傍聴席になっており、キョラ以外の5人はそこに腰掛けていた。
キョラとコースケを繋ぐ鎖は、今はキョラのみに繋がれている。
「裁判を始める。私語は慎むように」
先ほどマワリヤサマに教えられたセリフを言う。
傍聴席の5人は普段と違う私の様子に度肝を抜かれたのか、ぐっと黙って背もたれに体重を預けた様子だ。
トランシーバーから、始まりの合図の鐘が聞こえる。
『カセットテープはあらかじめこっちで回収してる』
後ろを見ると、確かにモニターの下の窪みにはカセットテープがはまっていた。
そこには、テープのタイトルだろうか。文字が書かれている。
「放火魔と孤児は火の海で…」
どちらが放火魔で、どちらが孤児だったのだろう。
私は二人の顔を交互に見る。
キョラは覚悟を決めたような真顔、コースケは諦め切ったように目を閉じていた。
そして、その瞬間は来てしまう。
マワリヤサマは、言った。
『テープを開示する。被告人01音花郷楽、被告人02淀川恋弼、タイトル【放火魔と孤児は火の海で】』
◇
僕の家はえらく貧乏だった。
母は遅くまで働きに出ており、父は別の女を作ってさっさと出て行った。
まだ10歳だった僕も、母の大変さと父の心の無さは身に染みるほど分かっていた。
分かっているつもりだった。
「いい子にしててね」
母はそう言い、家を出る。そこから、次に家へ帰ってくるのは翌日の夜明け前だ。
僕はもう、朝起きるたびにやつれている母の顔を見るのは限界だった。
そこで、僕は子供ながらに考えた。
僕には幼い妹と弟が居る。母はその二人の世話をしながら、僕のことまで気にかけてくれている。
僕がいなければ、母の手も少しは空くのではないだろうか。
そう考えて、行動に移すまで時間はたいして要さなかった。
どこかで働き、金を稼いで家に帰ろう。
そんな簡単なことしか考えていなかった。
「僕は家族のためなら何でもやるんだ」
それが二年前。
僕はまだ未熟だった。
◇
家が燃えた。
腕の皮がだらりと垂れた。父と母は仲良く燃えていた。
「きゃあああ!!」
姉の叫び声が聞こえる。それも、瓦礫が崩れ落ちる音が聞こえた後にはなくなった。
消防車のサイレンが外から聞こえる。
と、
「うわ」
こつこつというスニーカーの足音と共に、見知らぬ誰かの声が聞こえた。
母も父ももう死んでいるし、姉だって埋もれただろう。
なら、今の声は…
そう考えていた矢先、答えを出すより先にその人物は俺の目の前に現れた。
瞬間
退屈な日常が終わった、気がした。
「ガキが生きてるし」
黒ずくめの格好をしたその人は、俺を見下ろすなり嫌悪感をあらわにした。
俺は、その人を見て目を見開いた。
アシンメトリーな茶髪は所々が炎のせいか焦げている。そんな中でも、彼はとても…
「ねぇ、アンタ死ぬ?どうする?ガキを手にかける趣味はないんだけど」
面倒くさそうにその人は言う。
この時の俺の顔は、彼にはどう見えていたんだろうか。
「あ…」
「ん?」
「ありがとうございます」
かろうじて、俺はそう言った。
目の前の少年は、唖然とした表情でこちらを見ている。
そして、何かに気づいたように、その目は俺の顔、首、腕、足を確認するように、順番に動いた。
「…チッ…サイアクな家庭だな…」
俺には、この人が悪い人には見えなかった。
善か悪か。どれかというと、俺には救世主に見えた。
「あの、俺、どうすればいいですか」
その問いかけに、少年は頭を掻きむしる。
それほど頭脳が冴えているわけでは無さそうで、彼は「どうすればって…えー…」と悩んでいる。
「…あの、なら」
俺は言った。
「あなたに着いて行ってもいいですか」
少年は口をあんぐりと開ける。
「…来るの?」
「はい」
少年は顔を隠し、ばっと俺と目線を合わせるようにしゃがんだ。
少し見えたその顔は、孤独が埋まった時のような罪悪感のある幸福に満ちていた。
「…名前は?」
そう言われ、俺は名乗る。
「淀川恋弼です。あなたは?」
質問に質問を重ねるなよ、と彼は少し肩を落とす。
「音花郷楽。好きに呼べよ」
「分かりました。キョラ様」
「さ、様……」
好きに呼べと言ったのは彼なのに、キョラ様は少し慣れないように口をつぐんだ。
しばらく待っていると、現実という意識が戻ってきたのか、俺の左腕がずきりと痛んだ。
思わず抑えると、キョラ様は驚いたように顔を上げ、よく分からない呻き声を発すると、俺の右手を掴んだ。
「その気があるなら来い!」
格好つけたようにそう言ったキョラ様。
俺は、心に温かいものが広がるのを感じた。
身体中のあざはもう痛まない。
「本当に着いてきてよかったのかよ。僕はお前の家を燃やしたんだぞ」
「未練はないです」
「かわいくねーガキ…歳は?」
「六か七ですキョラ様は?」
「多分十二…」
それが二年前。
俺もまた、未熟でありました。
◇
一度、コースケに聞かれたことがある。
「キョラ様はどうして放火魔をしていたんですか?」
僕は答えに詰まった。
「…長くなるけど」
そう前置きをすると、コースケは姿勢を正して『話を聞く』体制になる。
それを確認してから、「小っ恥ずかしいからやめろ」とコースケの額を突く。
「家族のためだよ。10の時に家出した。金を稼ごうと思ったんだ。でも、僕みたいな子供がそんなことできるはずがない。で、闇バイト。こんなの許されるわけがないのにね」
コースケの、空色に澄んだ瞳が僕の心を射抜く。
初めて会った二年前から身長が伸びたが、まだ僕には届きそうにないその純朴さ。
どうして、僕はこいつを連れてきてしまったんだろう。
消防隊に救出されて、病院行って、傷も治って、里親に預けられて…
そうすれば、真っ当な人生を歩めただろうに。
「キョラ様」
ふと、コースケの声が僕の意識をこちら側に戻した。
「確かにあなたは何人も人を殺したかもしれないけど、俺は幸せです」
コースケはまっすぐに僕を見つめている。
それはとても、齢8歳の少年の目とは思えなかった。
「…そ、わかってるよ」
ぽん、とコースケの頭を軽く叩くと、彼は嫌そうに小さく呻き声を上げた。
「いつかこんな薄暗い部屋からおさらばして、世間に戻りたいものだよ」
誰ともなく呟く。
家族のことなど、もう気にしてはいなかった。
それに釣られたように、コースケも告げる。
「どうせ、俺は死んだことになっているでしょうね。キョラ様は行方不明届などを出されてはいないのですか?」
そのことは、僕も一度考えたことがあった。
しかし、最後に出る答えは結局現実的で。恨みがましくもあった。
「母さんは僕のことなんてどうでも良かったんだよ」
今更帰ってきたとしても、殺人犯に成り果てた僕を見て、母は何を思うだろう。
「金を稼ぐためだった」と言っても、どうせ誰も信じやしない。
僕だって自分を許さない。
だって、炎を扱うことを、少し楽しいと思ってしまっていたから。
◇
キョラ様はどこか俺のことを腫れ物に触るように扱う。
罪を重ねた自分のもとに普通の子供を置いていたくないのだろう。
おそらく、彼は俺に『申し訳ない』と思っている。
どうすれば彼は俺を普通に扱ってくれるのだろう。
「…あ」
俺は一つ思いついた。
ただ、それは未熟で無謀で、馬鹿な子供の考えで。
"キョラ様と同じ存在になれば、彼は俺のことを家族のように扱ってくれるだろう"
そんな、心も何もない話だった。
殴られて育ったものだから、俺には人との距離の縮め方がわからなかった。
ふと、外から消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
「最近、よく聞きますね」
部屋の窓を開け、下界を覗き込む。
そして、その目に映ったのは信じたくもない現実で、それと同時に俺の欲を掻き立てるものだった。
昔、この部屋から同じように下の街並みを見下ろした時のキョラ様の言葉が脳をよぎった。
『ここからは何でも見えるよなぁ。あそこがうちの街で1番高い建物、で、あそこが…
僕の家』
後ろの扉が激しい音を立てて開いた。
思わず振り向くと、そこには焦った顔をしたキョラ様が息を切らして佇んでいた。
「…家が燃えた」
彼は早口でそう捲し立てる。
そんな言葉すら、俺には届いていなかった。
「ど、どうしよう。家族が、僕の」
「キョラ様」
あぁ、本当に俺は歪んでいるんだろう。
もう何でもよかった。
一度だけ、誰かに家族のように愛されてみたかった。
「俺がやりました」
この時の俺は、キョラ様の目にはどう映っていたのだろう。
それを知る術はもうない。
ただの虚言は、時には人を傷つける刃物となる。
キョラ様が罪悪感により自決したのは、その翌日の話だった。
◇
「…テープの開示を終了する」
私は苦し紛れにそう言った。
キョラは変わらず証言台に佇んでいる。
しかし、その表情は先ほどとは違い、痛々しく歪んでいた。
「コースケ」
傍聴席に座っていたコースケは、キョラのその声にびくっと肩を震わせる。
「お前はやってないんだな」
コースケはゆっくりと、そして恐る恐る頷いた。
そんな二人を見て、辺りの空気はどんどん沈んでいく。
「…コースケが歳上なのは、キョラが先に死んだからなんだね」
私がそう言うと、コースケは少し頷く。
「キョラ様は、17年前にはとっくに…」
こんなところで会うなんて、と彼は俯いた。
他の四人は、もう二人のことを見ていられないとでも言いたげな顔で、みんな目を背けていた。
『さぁ、裁判官』
そんな状況でも、マワリヤサマは無慈悲に私に使命を仰ぐ。
『判決を。音花郷楽は、有罪か。無罪か。お前には判断できないか』
コースケはもうこちらを見ていない。
私はキョラに向き直り、少し緊張を帯びた声で問うた。
「キョラは、コースケを家族として愛していた?」
聞かずとも、答えは分かっていた。
「…僕はコースケと向き合えなかった。なんなら邪魔に思っていたよ。なんで僕があんなガキの子守をしなきゃいけないんだって後悔してた」
コースケは何も反応しない。
キョラの顔は、もう見られないほど苦しそうだ。
これが、14の少年がする顔か。
私は内心そう思っていた。
「…マワリヤ。判決は決まったよ」
トランシーバーは、確認するように一回振動した。
「私は、【被告人01】音花郷楽を――」
キョラは目を閉じる。
家族のためと言いながら、結局は火遊びを楽しんでしまった彼。しかし、自分が連れてきた子供の嘘に騙され、罪滅ぼしのために自殺した。
私は、そんな彼を――
「―"有罪"」
法廷は静まりかえる。自分の心臓の鼓動が、やけに早く、うるさく聞こえる。
ふと、傍聴席のコースケを目で捉えた。
彼の目は、ただぼうっと、木のうろのようにぽっかり空いているだけだった。
「…キョラ」
震える声で、私はキョラに言う。
「本当は、コースケのこと大事にしてたんでしょ」
キョラは目を見開いた。
傍聴席のコースケも、ハッとしたように顔を上げる。
「本当に邪魔だったなら、ちょっと躓いただけの相手をあんなに心配したりしない」
1日目のキョラの様子を思い出す。
あの少し異常なまでの心配のしようは、過保護だからこその産物だったのだろう。
場の空気が少し軽くなる。
しかし、時は現実逃避を許しはしない。
次のマワリヤサマの一言が、場の空気を完全に破壊した。
『懺悔は終わりか?なら、罪を執行する』
それは唐突に終わりを迎えた。
奥行きのある広い部屋であるにもかかわらず、びっしりと張り詰めた空気はどこか困惑を孕みはじめる。
カンカンカン、という踏切の音みたいな不協和音が法廷いっぱいに響き渡り、天井の光は証言台に立つキョラを誇張するかのように白く白く、明るくなってゆく。
何事かと、傍聴席に座る5人は私の方を心配そうに見つめてくる。
「そうだよ、お前の言うとおり。今の全部嘘」
キョラは鈍く微笑んだ。
その掠れた言葉を掻き消すように、不協和音は更に大きくなる。
「罪を、執行…?」
その音を脳内に響かせながら、私は呆然とした独り言を口からこぼす。
きっと、私は今おかしいほどに愚かな顔を浮かべているだろう。
「誰も、悪くないはずなのに…」
私は重ねた両手を震わせながら、恐る恐る傍聴席に座るコースケに目を向けた。
彼は顔を伏せ、現実を受け入れまいとでも言うふうに弱々しく頭を左右にふるふると振っている。
私だって、裁判官という任が無ければコースケと同じように、もしくはそれ以上に暴れ回っているだろう。
こうなるなんて、想像もしていなかった。
部屋の壁が苦しげな音を立て、開いていく。
これは私が招いた結果だ。でも、こんな残酷なことになるなんて聞いていない。
キョラは呟いた。
「どうしてこうなったんだろうな」
次の瞬間、左側の壁から飛び出した刃が、いとも容易くキョラの首を飛ばした。
誰も悲鳴を上げられないでいた。
数秒経って、ごとりという鈍い音が響いた瞬間、法廷の時間はまた動き出す。
「な、な…うっ、ゔぇっ…」
ルリカは思わずと言ったふうに口を押さえて後ろを向いたが、その押さえた手の間から吐瀉物がこぼれ落ちた。
「キ、キョラ君…何で、何でだよ、ここまでする必要無かっただろ!!」
ロイが我を失って叫ぶ。
私はそんな言葉を投げかけられても、きちんと反応できずに居た。
私のせいで人が死んだ、私のせいで人が死んだ、私のせいで―――。
「っ…大丈夫だよ」
アタシはノアの胸に顔をうずめて、泣いているのか、何か体を震わせていた。
そんな中、何も言わずに席を立った青年が居た。
「こ、コースケ君…」
ロイが彼に気づいて呼びかける。
が、自分の名前を呼ばれたことにも気づいていないのか、コースケはずかずかとこちらに歩いてくる。
真っ黒に染まった目を私に向けて。
「早く俺を裁いてください」
キョラの死体の前で止まると、気味が悪そうに細めた目を私にぶつけてくる。
もう、先日までの温厚な淀川恋弼は居ない。
それがしみじみと伝わってきた瞬間だった。
「わ、私は……」
コースケの判決は決まっていた。
しかし、今の私にはそれを言い出す勇気はなかった。
何も言えず、目からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
「トキコちゃん……」
ノアは苦いものを噛み締めたような声で、私の名前を呼ぶ。その声には、少し蔑みも混じっているように感じた。
『おい、【被告人02】淀川恋弼』
マワリヤサマがコースケに語りかける。
そして、彼は私の答えを代弁して言った。
『お前は"無罪"だよ』
法廷がまた静まり返った。
その空気の中には、少しだけだが、安堵の息も混じっているような気がした。
私の真っ暗な意識の中、かすかにキョラの声が聞こえた。
「これでよかったんだ」
その日の夜、私の部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「ちょっとええか?」
目をこすりながらドアノブを回すと、部屋の前にはルリカが立っていた。
彼女の整った顔は少しやつれており、疲れが感じさせられる。
「…どうしたの」
私がそういうと、ルリカは無理に微笑む。
その顔ですら、私にはもう見られなかった。
ルリカは言った。
「トキコは正しいよ」
突然のその言葉に、私は目を見開いてしまう。
トキコは真っ直ぐに私の目を見つめていた。
それは、先程見たテープの中の、幼い頃のコースケの目によく似ていた。
「コースケは大変そうやし、場の空気も悪くなった。でも、誰もお前が悪いとは思っとらんよ」
私は目を伏せてしまう。今日の晩飯は、各々が適当に冷蔵庫を漁って持って行った。
もう、あの温かい食卓は戻ってこない。
私のせいだ。
「…無理せられんよ」
おやすみ、と言ってルリカはドアを優しく閉めた。
彼女が去ってからも、私は数分間、ドアの目前から動けなかった。
時計の針は11時を回っている。
部屋の電気が、パチっと消えた。
「マワリヤ、驚くよ。突然消すのはやめて」
トランシーバーは、私を慰めるように震えた。
この男は何者なのだろうか。
翌日、眠れなかった私は、重い瞼を擦りながら一人の人物の部屋へ向かった。
02と書かれた看板の下、私はその扉を叩く。
「コースケ、起きてる?」
返事はない。だが、部屋の中からはもぞもぞという布擦れの音がした。
私は「入るよ」と前置きしてから、ゆっくり、緊張しながら扉を押す。
部屋の中にコースケの姿は見当たらなかった。
その代わり、ベッドの上にはこんもりと膨れ上がった布団が一つ。
「朝だよ。起きなさい」
コースケは動こうとしない。まさか、死んでいるわけではないだろう。
ぺらりと布団を捲ってみると、案の定。金髪をぐしゃぐしゃにシーツに押しつけながら、彼は嫌そうに布団を引っ張った。
目の下の隈がひどい。彼も眠れなかったのだろうか。
「…それもそうか」
私の判決のせいで人…しかも、自分の恩師が死んだとなれば、眠れないのも当然だ。
私だってそうだ。
私のその呟きを聞き、コースケは動きを止めると、低い声で一言。
「…離れろ」
その言葉に従い私がベッドから離れると、コースケはゆっくりと身を起こし、こめかみの辺りを手の付け根で押さえた。
「あークソ、頭いてぇ…」
歪んだ表情で、苛立ちが伝わってくるような声で、彼は私をギロリと睨む。
私は悟った。
もう、昨日までの優しいコースケは居ない。
「裁判官風情が…」
私のことを言っているのだろうか。
彼の顔を見て私が萎縮していると、コースケはそれに気づいたように顔を上げ、そして申し訳なさそうに俯く。
「…もう、俺に関わらないでくれ」
「うーん…キミもキミだけど、コースケ君も彼なりだね」
ノアに今朝のことを説明すると、彼女は呆れたように口元を歪めた。
昨日の出来事を経て、この法廷の空気はガラリと変わってしまった。
優しいルリカやノアはまだ話を聞いてくれるが、ロイとアタシは私に対して怯えた様子を見せている。
キョラの死体は1日のうちに片付けられたようだ。
というのは、キョラの死体はマワリヤサマが片付けたらしく、気づいたらなくなっていたからだ。
「キミの判決は間違えてなかったよ。僕だってキョラ君を許さない」
ちらりとノアの顔を伺う。
しかし、彼女はいつもと同じ飄々とした表情を浮かべているだけだった。
私がノアをまじまじ観察していると、ノアは突然、私からしたら縁起でもないことを呟いた。
「で、次の裁判はルリカか」
背筋がぞわりと逆立つ。
あの、私に対しても優しく話しかけてきてくれた気さくなルリカを、その私が裁く。
それを考えるだけでめまいがした。
「そうだね」
私には、そう返すことしかできなかった。
それからの6日間は何も起こらなかった。
ただ、時間が浪々と進んでいき、同じようなことをするだけの日が続いていく。
私はもう、次の裁判のことは考えないことにした。
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