第7話 初級探検家試験1
4月上旬。
東ギルド訓練地域「訓練広場」。
明朝、鳥のさえずる大自然の中、勇ましい女性の声が樹海に響き渡る。
「第326期、探検家候補生、宣誓!」
タイラーは事前に教わった通り、脇を締めて両足を閉じ、右手で自分の左肩を叩くように覆い、文言を唱える。
「『挑み続けよ』!」
総勢200名以上の年若い男女が数列の横隊になり、支給されたヘルメットと装具、ブーツと探検服を身にまとって敬礼を捧げる。
タイラーは少し前にギルドへとこっそり赴いたカレアとの会話を思い返す。
『セネル団長ですが、今年の初級探検家試験の教育隊長らしく、会うタイミングはなさそうです。団長クラスだと一介の探検家が声を掛けるにもはばかれるので、確実に会うには初級探検家試験を実施する教育隊に入ることが確実だと思います』
『例の呼び込みの件は?』
『特に噂になっている様子はありませんでした。セネル団長が口外することを禁じたのかもしれませんが、4月が近付くと街やギルド自体が忙しくなるので、それどころではなくなったのかもしれませんね——』
敬礼を終えると、正面に相対する指導部と思しき一団から、黒髪のおかっぱ頭の女性が勇み出てきた。タイラーより頭一つ分は大きく、体格は細身だが、しなやかな肢体で強靭な肉体であることが見て分かった。
「今期の教育隊教官を担当するクワベだ! 敬礼の意味が分かるか、候補生?」
茶色と緑に彩られたこの探検服の仕様は、上官であっても変わらないようだな。
すると、候補生が居並ぶ横隊のどこかから、若い男子の声が届く。
「はい! 右手で左肩を覆うことで敵意を抱いていないこと、そして右肩のギルド標章を相手に見えやすいように示す意味があります!」
「違う! これは300年前、軍隊の一部門として樹海の獣達と戦いながら街を発展させた先人達に敬意を表してだ! 腕立て伏せ10回!」
「ありがとうございます教官!」
宣誓式の前に、教育隊から言われた通りの返答と姿勢で指導を受ける候補生。タイラーは自分が自警団でくすぶっていた頃を懐かしく感じた。
「初級探検家試験の受験資格は18歳以上の男女。基礎訓練と役職訓練を経て、半年後の合同試験に合格することでワッペンとバッジが与えられる。しかし、その後1年間は訓練地域周辺の指定された地域外での探検は認められていない——そこの眼鏡、理由が分かるか?」
「はい! まだ経験が浅く、危険すぎるからです」と、女性候補生の声が響く。
「正解だ! 腕立て伏せ30回!」
「ありがとうございます教官!」
候補生を牽制するような視線を送りながら、クワベ教官は横隊の前を行ったり来たりと動き回る。大き目に見えるブーツが地面の土に跡を残し、周囲の候補生達に威圧感を与えていた。
僕の足が27.5cmだと考えると、彼女の足跡は28cmくらいか。
「ジャングルを侮れば死ぬ。まずはどんな指示にも従ってもらうぞ。ギルドの調査団によって、これまで大型個体と総称されていた獣の名称は『
「はい! 全力で逃げ切り、教育隊の助教や教官に報告します!」
「正解だ! 名は?」
「名前は仕立て屋の息子イーネ——」
「誰がフルネームを許可した! 腕立て伏せ10回!」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
「誰に感謝しているのだ、私はお前のママじゃないぞ! 『教官』を付けろ! 腕立て伏せ20回追加!」
「ありがとうございます教官!」
「隣の金髪候補生、お前は探検家試験において何を目標にしている?」
「はい! 自分はしっかりと訓練で学び、試験に合格して探検家になることが——」
「それは目標ではなく当たり前の結果だ! 腕立て伏せ20回!」
探検家に関する質問を浴びさせられ、次々と指導されていく候補生達。気付くと、最前列の横隊で休めの姿勢を取らされていたタイラーの目の前まで迫ってきていた。教官の登場に合わせて気を付けの姿勢に直ると、彼女は力強い声音で訊ねてきた。
「白髪候補生、お前の目標は?」
「はい、アルカディアに行くことです」
その瞬間、列のどこからか複数の嘲りが聞こえてきた。それは候補生だけでなく、教育隊の方でも見て取れた。
首を横に振る助教。
隣同士で内緒話に興じる男女。
そして、1人だけ真剣な眼差しでこちらを見詰めるセネル団長兼教育隊長。
なるほど、そういう反応になるのか。
よほど難易度の高いことらしいな。アルカディア到達は。
すると、クワベ教官は若干の間を挟んだ後、表情を動かさずに吠えた。
「気持ちは買うが覇気がない! 名前は?」
「タイラーです!」
「腕立て伏せ30回!」
「ありがとうございます教官!」
◆
「おっさん、あんた宣誓式で『アルカディアに行く』って言っていたよな?」
式が終わり、木造の共同生活寮にある食堂にて、候補生全員で静かに夕食をとっていた頃。黙々と皿のスープをスプーンですくうタイラーの背後に少年少女が数組現れた。雰囲気や態度から察するに友好的とは言えず、タイラーはギルドでのひと悶着を思い出す。
「そうだよ」
横長のテーブルに大勢の候補生が着席している中、視界の隅で同様に食事をしている教官達に注意を向ける。大部屋である食堂の各所にはオイルランプが掛けられ、候補生が隠れて「何かをやらかせない」くらいは明るかった。そのせいで、自然と視線が集まるのを感じる。
「街では見かけない顔だな、出身は?」
「北東の山岳地帯だよ」
「聞いたことないな、名前は?」
「タイラー」
「俺は探検家モルケトの息子エドワード。ここではアルカディアなんて単語を気軽に出すな。本気で目指して戻ってこなくなった親や親友がごまんといるんだ」
「分かった。気を付けるよ」
ここで揉め事を起こすのは避けたい。成績にも響きそうだし、何より訓練中に誰と組むかはまだ判明していない。この若者はどうでも良いが、他の優秀な候補生に「感情を制御できない年上」だとは思われたくないからな……
あっさりと身を引いたことで、まだ何か言い足りない様子のエドワードに「そこの候補生、食事を終えたら速やかに自室へ戻れ!」と注意するクワベ教官。タイラーの背後から気配が消える。食事を終え、1人また1人とトレーを持って席を立つ候補生達。
「——生意気なガキどもだ」
小声で憮然と言い放った人物は、タイラーの隣でジャガイモを頬張る痩せぎすの男だった。
「見たところ歳が近く見えるな、タイラー。いくつだい?」
「26です」
「俺は時計職人のメラブで、28歳だ。年齢制限ギリギリ組として頑張ろうぜ」
「ええ」
まだ腹の探り合いをしているのか、それとも慣れない環境に余裕がないのか、年若い候補生達は各々が食事に集中していた。メラブと名乗った候補生が食事を終えたタイミングで、共にトレーを片付け、タイラーは寮へと向かう。
「俺は一度試験に落ちた再試験組なんだ。誰も自分から言い出さないけどな。タイラーは?」
「初めてです——ほとんどが18歳みたいですね」
「9割方は区立学校を出たばかりの学生だろ。あとは家業の都合とか、刺激を求めてきたっていう人間が多いな。俺もそのクチでね。区外から来る田舎連中もまれにいるけど、タイラーもそうなんだろ?」
「そうですね」
「基礎訓練と役職訓練は4人1組の班でやるらしいから、何かあったらその時は頼むぜ」
「分かった。こっちこそよろしく」
狭苦しい寮の4人部屋にタイラーが戻ると、3人の同期と目が合った。最低限の荷物搬入の際には不在だったので、2段ベッドの枠に腰掛けた青年達と挨拶を交わす。
「あ……タイラーさん、ですよね?」
遠慮がちに訊ねてきた黒髪の少年。童顔で、少し頼りなさそうな様子だった。
「そうだけど、どうして名前を知って——」
そこでタイラーは、自分が今日だけで何度も名乗ることになった出来事を思い出した。
「宣誓式と食堂の時か……」
「そうですね——僕はイーネと言います。隣は同じ区立学校を出たジャックです」
「よろしくっす! 26歳って聞いたんすけど、だいぶ先輩っすね!」
「よろしく」
快活そうに笑うベンは不健康そうなイーネとは対照的で、小麦色の肌と茶髪が目立つ好青年という印象だった。
話しかけやすい同室の仲間が居て良かった。情報共有もしやすくなる。後は——
まだ交流の済んでいない額に傷のある坊主頭の青年に目を向ける。すると、荷解きが終わったのか「ワシは走り込みをしてくる」と言い残し、部屋から去って行った。
「僕とジャックの2つ上で、鍛冶職人のゴトーさんと言うらしいです。それ以外は何も話してくれませんが……」
「職人気質だね」
「偏屈なだけっすよ! 俺とイーネが飯に誘っても『自分のタイミングがある』って断るんすから!」
癖のある人間は、特定の分野や環境においては無類の能力を発揮する。彼もその1人なのだとしたら適材適所。チームとして行動する際は上手く運用しなければならないだろう。
「そう言えば、教育隊の助教に『班のリーダーを決めておけ』と言われました。ゴトーさんの意見はまだ訊いていませんが、僕達はタイラーさんが良いと思っているんですが……」
「ゴトー君が率先してリーダーになるとは思えないから、俺がやるよ」
樹海のタイラー 闘う作家サイトウダイチ【出版中】 @SaitoDaichi
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