幕間 大探検団結成

第6話 探検隊の仲間集め2(ファイターのレジーナ)


「さあ、行きますよ!」

「元気だね」


 人が変わったように明るく、跳ねるようなスピードで街を歩き出すカレア。


 アルパインフォースの連中も元気にしているのだろうか……風の噂で部隊は解散したと聞いたけど。


 石畳に舗装された通りを渡り、武器や防具が並べられた装備品店が立ち並ぶ横道へと逸れる。メインストリートに比べれば、交通量は多くなかった。


「そう言えば森で訊かれたけど、あの肩のワッペンはギルドに所属していることを表しているの?」


 木樽の上に座りながら店主に刃こぼれした刃物を手渡す男達も、一様に盾のような形の青いワッペンを身に着けている。タイラーがここに来る前にも、探検家らしき人間全員に見られる特徴だった。


 森では『ワッペンとバッジを見せろ』と言っていたな。


 2人で手近な露店に入り、適当な木樽に腰掛ける。カレアは自身のワッペンを指し示して答えてくれた。


「そうです。東ギルドに所属する探検家は例外なく、刀の絵が描かれた青いワッペンで統一されています」

「ということは、他のギルドは違う?」

「西ギルドはドラゴンが描かれた赤いワッペンで、北は雪の結晶の白いワッペン、南は太陽をモチーフにした黄色いワッペンらしいです。どれも直接見たことはありませんが、基礎訓練で教わりました」

「樹海を通って他のギルドへ行くことは?」

「不可能ではないと思いますが、気の遠くなるような距離だと教えられました。行くメリットもないですね。辿り着いた前例を聞いたことはないですが、恐らく砦で捕らえられるとは思います。文化や法律も全く違うらしいので」

「その黒い横線は?」


 ワッペンの中央にある小さなネクタイピンのような艶消しの黒いバッジ。タイラーは行き交う探検家達のバッジに黒や白、横1本や2本のものもあることが気になっていた。


「これは現役の探検家であり階級を意味するバッジです。初級探検家試験に合格したのでギルドから貰えました。年齢や怪我で探検資格の放棄を申請した場合や、樹海入りをせずに試験だけを合格した場合も白いバッジになりますね」

「だから酒場でレマルクが目立っていたのか……レマルクは黒の3本線だったな」

「現役で上級試験に合格したという意味です。引退後に合格する探検家はいますが、現役で上級試験を受験できる回数は2回までなので、凄いと言われているんですよ」

「どうして回数制限が?」

「奥地での探検を想定し、『並みの才気や努力では命を落とすだけ』とギルドが定めたらしいです。『上級は一流、中級で探検家、初級は体験』って言われていますからね、私も頑張らないといけません。詳しくは初級探検家試験のテストにも出るので、基礎訓練でも教わります。区民のほとんどは知っていることですが」

「なるほど……メディックなどの役職も見分けることはできるのかな?」

「探検隊の隊長や探検団の団長、それと役職が分かるものは標的にならないよう身に着けない規則となっています。樹海だと後衛が狙い撃ちにされかねませんから」

「メディック以外の後衛は?」

「『クラフト』です。例えば、あそこにお店を出している人は全員、クラフトです」


 カレアの視線を追う。すると、出店を構えている装備品や食料品、衣服に書店や料理屋などほぼ全てが該当していた。


 クラフトって……そういう意味か。


「……あれ全部が職人クラフトってことね」

「樹海においてクラフトは動植物や人工物の現地加工をおこない、不足した武器や道具を生産します。それだけでなく、料理まで担当していることが多いです。『樹海商人』との交渉用の銅貨や物資の管理、チームの経営も担うことがありますね」

「樹海商人?」

「樹海の中で商いをしている探検家です。ギルドに戻れない状況で重宝します。クラフトはメディックの次に人が少ない役職ですが、理由は同じですね。中級になれれば生活していけますから」

「カレアさんも短期目標は中級?」

「そうです。医療従事者としても探検家としても中級探検家にならなければ一区切り付かないので。あと、カレアで良いですよ」

「分かった」


 と、防具店の一角で何やら騒ぎがあった。どうやら値切り交渉に失敗し、商品の価値にケチを付け始めたらしい。粗暴な態度の客は、店主を含めて周囲の顰蹙を買っていた。


「もしかして、前衛職?」

「そうですね、恐らく……というか絶対『ファイター』です」


 ひとしきりクレームを付けた後、ファイターの男はどこかへと消えていく。


「最短で探検家になる場合はファイターだって、この前言っていたね?」

「はい。その代わり、ギルドの役職登録数や受験人数も最多なので、なった後が大変みたいです。役割としては樹海で他ギルドの探検隊や獣と遭遇した場合の戦闘を担当するのですが……」

「戦闘能力だけでは、ファイター同士の差別化ができないということか」

「ええ。中級以上になると、どのみち他の役職もカバーする必要があります。ある程度の自衛ができるくらいの戦闘技術は誰でも身に付けますから。逆に戦闘一辺倒だったファイターは他の役職のこともできないといけません。だから探検家の廃業率が一番高いのもファイターなんです」

「ファイターは1カ月と1週間、メディックが半年、か……クラフトの基礎訓練期間は?」

「4カ月ですね。『スカウト』と同じです。ただ結局、その年の探検家候補生は半年あるメディックの役職訓練を待つ形で合同試験を受けるので、本当の意味での探検はまだ先ですね」


 スカウトと言うと……


「スカウトっていうのは、『偵察斥候』のこと?」

「そうです。例えば——あの人かな?」


 タイラーの山岳帽に似た帽子を被り、雑貨店の商品の品定めしている2人組。カレアは少し唸った後、首を傾げた。


「スカウトの人ってあんまり特徴ないんですよ。一応、前衛職なんですが」

「どういう役職なんですか?」

「樹海でのランドナビゲーションです。チームから先行し、進行ルートにある障害や危険を事前に排除する役目を担っています。ファイターの次に人数が多い役職ですが、最も死亡率が高いことで有名です」

「孤立しやすいのかな?」

「はい。役職における実力や役割は級に限らず、個人の技量によって大きく異なる場合があります。特にスカウトは顕著で、先陣を切ることもあれば、チームの司令塔を担うこともあるようです。実際、名のある探検家の多くは優秀なスカウトだったようで、一昔前まで隊長や団長になるにはスカウトの役職試験を受けるのが必須だったとか」


 スカウトらしき2人組がブーツや水筒を手に取り、素材や重さを確かめていた。探検時においての信頼性をチェックしているのだろう。


 今の時点では、僕のやってきたことが最大限生かせそうな役職だな。


「スカウト以外の役職も、最低限のランナビは可能なのかな?」

「一応、ギルドが発行している地図やコンパスは全員が持っていますが、1カ月間の基礎訓練で覚えるのは最低限の地図判読くらいです。その後の役職訓練では文字通り専門的な内容に移ります」


 意外だな。樹海と言うからにはもっとしっかりやっていると思ったけど。探検隊として行動する前提だから、別にそれでも良いのか——


「あんたら、何も頼まねえのか?」

「す、すみません」


 役職については理解できた。そろそろ行くか。


 2人で席を立つ。


「……お金ないですもんね」

「資金調達とは別に、クラフトとして初級探検家試験を受けようと思う。どのみちアルカディアに行くには樹海を突破しないといけない」

「それなら、時期的にも丁度良いですよ。訓練中は最低限の衣食住が提供され——」


 通りの手前で急に足を止めるカレア。視線を追うと、行く手には長い黒髪を後ろで束ねた浅黒い肌の女性が立っていた。見覚えのある特徴的な穂先の槍を背負っている。


 彼女は、樹海で……


「レジーナ……」

「カレア。あたしも探検隊を抜けたよ」


 かつての探検隊仲間らしい「レジーナ」という女性は、往来の邪魔にならない場所までタイラー達を誘導。建物の壁に背を預け、腕組みをする。


「ま、正確には別の探検隊を探す必要になったんだけどね。命は助かったけど、あの2人は探検家としてはもう無理だね」

「そっか……」


 勝ち気な表情を崩し、口角を意地悪そうに吊り上げる。


「『ざまあみろ』って思ってんでしょ?」

「いや、私は……!」

「あたしがあの2人と一緒になってあんたをイジメなかったのは、弱い奴には興味がないし、自分の成長で忙しいからだよ」


 気まずい沈黙が流れた。

 人がせわしなく動く音。衣擦れの音。鳥の鳴き声。

 それらが殺伐とした雰囲気を僅かに和らげるが、レジーナは話題を変えなかった。


「確かにあの2人には探検家のスキルはあったし、同期や後輩から嫌われている奴ほど上に行く」


 その台詞に、タイラーは共感した。


 自警団でもそんな感じだったな。


「でもそれは何かに所属している間だけ。本当のトップにはなれないし、なっても必ず復讐されて引き摺り落とされるよ。年齢的にギルドから仕事を貰えなくなる時は来るし、その時に媚を売っていた相手の影響力はなくなっている」


 その言葉にタイラーは「下からの突き上げ、というやつですか?」と訊ねる。


「ここで突かれるのは背中だよ。樹海では何があっても不思議じゃない。自分より大きいものの看板を外せずに、いつまでも脛を齧り続ける奴には衰退しかないし、スポンサーもつかない——で、あんたは?」

「タイラーです。北東の山岳地帯から来ました」

「歳は私達より6つ上だから」

「あっそ。あたし年齢でしかマウント取れないヤツ嫌いなの」


 上目で睨んできたレジーナに対し、タイラーは口元を緩めた。


 尖ってはいるが、そういう人間は優秀だ。


「奇遇だね。僕もだよ」

「どけ、邪魔だ!」


 人込みに巻き込まれながらも、通りで物乞いをする少年。彼は歩行者によって道端へと弾き飛ばされていた。服の誇りを払いながら立ち上がった少年は、大きな眼で力強い目線のレジーナに恐る恐る近付き、呟いた。


「お金ありますか……?」


 するとレジーナは拳を振り上げた。目を閉じて身をすくめた子供の眼前で姿勢を崩すと、懐の林檎を差し出す。さきほどまでの毛を逆立てたような態度と打って変わり、その様子は慈愛に満ちていた。


「ねだる時は足を引き摺ったり、『このままだと親に殺される』って言うんだよ。狙うのは忙しくなさそうなおっさんやおばさんにしときな」

「分かった!」


 元気を取り戻して走り去っていく少年。それをレジーナはどことなく懐かしそうに見送る。


「——探検家は実績や経験が全て。だからあたしは本気でアルカディアに挑んで、生きて帰ってくるつもり」

「探検隊でも言っていたけど、レジーナは凄いね。同期の中でもトップの成績だったし……」

「あくまでファイターとしての評価だから。大半の人間はあんたと違うんだよ……才能にも技術にも恵まれないヤツが、このどうしようもないクソみたいな街で生き抜く、唯一の近道」


 自分に言い聞かせるような声音に、タイラーは彼女の覚悟を感じ取った。


「——で、タイラーさんは何級の探検家なわけ? ワッペンもバッジも見えないんだけど」


 タイラーはカレアに視線だけで訊ねた。

 信頼できそうか、と。

 彼女は頷き、口を開く。


「実は——」


 ◆


 カレアの家に戻ると、彼女は全員分のコーヒーを淹れてくれた。

 武器をおろしたレジーナはソファーに腰を下ろすと、素肌が剥き出しの長い脚を畳み、コーヒーを啜り始める。


「——それで今からクラフトとして初級探検家の試験を受けるってこと?」

「終わったらタイラーさんと探検隊を結成しようと思っているんです。レジーナさんはどうですか?」

「……まあ、他の探検隊を見つけて溶け込むより、事情が分かっているぶん入りやすいけど……」


 悩みあぐねている様子のレジーナに、タイラーは気になっていたことを訊ねる。


「樹海だと、大型個体という獣と戦っていたね? 僕も助けられたよ、ありがとう」

「戦ったというより、殺られないように立ち回っただけだよ。それに、あんたの抜けた穴を埋めたメディックはビビッて1人で逃げちまった。あの2人は痴話喧嘩を起こすし、最悪の探検の帰りに最悪な出来事が重なっただけだよ」

「そ、そうなんだ……怪我は?」

「かすり傷くらいだよ。まさか訓練地域の近くであれだけの獣が現れるとは思わなかったけど……普通だったら中級探検家が束にならないと勝てないような大型相手に生き残ったんだから、運が良かったね」


 タイラーの隣で、唇をきつく結ぶカレア。たとえ想定外の結果であったとしても、罪悪感を覚えているのだろう。彼女の唇が動く前に、タイラーは弁明した。


「あの夜、獣を呼び込んだのは僕だよ。カレアを強引に樹海へ連れ出して、案内させた」

「へえ。ま、訓練地域で呼び込んでもせいぜい1体来るか来ないか。あの場にいる誰も責めてなんていないよ——ていうか、探検資格もなしに樹海入りって、あんたも人探しのためとはいえ結構、無茶なことやるんだね」

「案内も呼び込みも、私だから——」

「はいはい、分かってるよ。でも……仲間を庇って自分の腹を斬れるのは良いヤツだ。それに、並みの初級探検家が獣1体を相手にするのに、4人1組は必要だ。中級でも1人じゃ2、3体を相手にするのが限界。なのに10体近くを1人で討伐した。あんた、何者なんだ? 『人探しに街にやってきた』としか聞いてないけど」


 言われてタイラーは焦った。

 何か言い訳を考えないと……


「筋トレ、とか?」

「はあ?」


 さすがに無理か。


 隣で唖然とするカレアの顔を見ながら、タイラーは新たな理由を模索する。が、その間にレジーナは頭を無造作に掻いて、面倒くさそうに言い放つ。


「はあ……ま、いいか。あたしも金に困っている身分だし。どっちにしろ初級探検家としてあんたがここに戻ってくるまでの間、この家に泊めてくれるってんだったら入ることを考えても良い」

「もちろん、またよろしく!」


 カレアの握手に面倒くさそうに応じるレジーナ。どうやら関係の再構築はうまくいったらしい。


「ところで……さすがに三食昼寝付きってわけにはいかないだろう? 今は何の仕事をしているんだ?」

「実はまだ無職なんだよね……」

「僕もです」

「嘘でしょ? でもこれだけの家があるんだったら、ある程度の備えが——」

「食料ももうないし、ローンも残ってるよ……」と、溜め息を吐くカレア。

「マジかよ……けどまあ、屋根があるだけマシか」


 コーヒーを飲み切ったレジーナは武器を背負って立ち上がった。


「あたしは商売の才能も技術もない。ボスの命令には従うよ。良くも悪くも、昨日の件だったり、ベテランファイターの戦いを見て、先が見えたって感じなんだ……このまま普通にやっても、どん底からは抜け出せないからね」


 ◆


 レジーナが宿へと荷物を取りに戻っている際、タイラーは家主に詰問されていた。


「嘘下手過ぎじゃないですか!」

「前の職場で、『自分に嘘を吐いてはいけない』っていう規則があって……」

「それ先に言ってくださいよ……ていうか、もう守る必要ないじゃないですか」

「……身に沁みついちゃったんだよね」


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