第5話 探検隊の仲間集め1(メディックのカレア)

 タイラーはカレアの指示に従い、荷物を回収した後に砦を抜け、街外れに来ていた。

 両親が残してくれたらしい趣のある戸建てで、順番でシャワーを浴びていると——


「痛っ……」


 獣と斬り合った時か……興奮状態で気付かなかった。


 居間で暖を取り、緊張状態から解放された状態でカレアの淹れてくれたコーヒーを飲む。上半身裸のまま、タイラーは彼女の手当てを受け続ける。


「——やっぱり、血が苦手というのは嘘ですね?」


 切創の止血処置を終え、手際よく包帯を巻くカレア。お湯を浴びたせいか、彼女の頬も上気していた。


「血が苦手なら、探検家の適性検査などで弾かれていたはずです」


 丸テーブルにハサミを置くカレア。

 その表情は、虚ろだった。


「樹海でも他の人を処置しようとしていました。あなたはメディックとして働けるのです。探検隊での人間関係がトラウマになって、本来のパフォーマンスが発揮できないだけなのでは?」


 古巣でも、そういう状況があった。


 責任を押し付ける同僚。

 成長の機会を奪う上司。

 他方面に媚を売る後輩。

 そうした環境のせいで、別の才能まで潰されてしまう新人。


 暖炉の炎で照らされるカレアの顔。

 彼女は情けない声を上げることもなく、ただポロポロと涙をこぼしていた。


「探検中に何度か失敗して、その度にリーダーに言われて……気付くと怒られないようにすることばかり気にしちゃったんです。私……小さい時から何も取り柄が無かったんで、人の役に立ちたいというコンプレックスがあって……」

「そっか……」

「探検家でメディックだった両親は、5年前の獣害事件の時にギルドに駆り出され、命を落としました。優秀なメディックの手が足りず、処置が後回しに……」

「それで、メディックに?」


 頷いたカレアに、タイラーは懐から出したハンカチを渡す。


 そうだったのか。


「……僕のいた組織では『舐められたら終わり』だった。だから『やるなら徹底的にやれ』と教わった。環境を変えて、前に進もう。振り返りたくない過去なんか触れる価値もない」


 カレアは長いまつ毛を覆うように布を当てると、瞳を強く閉じ、軽く頷いていた。


「……はあ、そうですね。けどそれなら、なおさら樹海の探検家に向いているかもしれませんね。探検家のモットーは『挑み続けよ』ですから」

「そうなんだ。僕のいた職場でも『挑む者が勝ち取る』という標語を掲げていた」

「それが、アルパインフォースという組織ですか?」


 タイラーは頷き、故郷に思いを馳せる。

 寒風が吹きすさぶ気候。

 貧しい食事。

 そしてアルコールに頼るしかない娯楽。


「僕が育ったのは人口3万人の小さな田舎町で、土地も環境も悪くて資源もなければ産業も育たない場所だった。性別に関係なく労働力を対価に生きていくしかない状況で、『血の輸出』と言われるほど悔しい思いをした。おまけに人まで攫う密売組織や、町の境にいる山賊、地域の兵士に襲われていたんだ。2000人いる自警団で見回りするも守るだけしか脳がないし、高齢化も進んでいた。けど、そんな状況を打開するために立ち上がった女性がいた」


 そこまで言って、彼女は合点がいったようだった。


「もしかして、それがメンターさん?」

「彼女は唯一、尊敬する上司だった」


『私達は人、モノ、金がない。敵の中に味方を作れ』


 彼女の口癖を思い出し、タイラーは表情を緩める。


「自警団では太刀打ちできない組織や部隊を壊滅させるために、1名から4名までの少人数で動けて、あらゆる状況に適応できる『山岳自警団アルパインフォース』を創設した。自警団員や住人から志願、選抜して何とか50人が集まった」


 地獄のような選抜試験と訓練。

 地獄のような長距離移動。

 そして敵の懐に忍び込み——懐柔や暗殺を実行した。


「僕はアルパインフォースに志願した最初の1人で、当時の教官であるメンターの弟子だった。ランク付けされるその部隊では中堅クラスだったけど、数カ月から長くて1年掛けて敵を追い詰めた。裏の世界で知名度が高まると、町への利益と畏怖を高めるために傭兵稼業にも手を染めた。そうしてあらゆる手段を尽くした結果、最終的には町に平和が訪れた。そして——メンターは町から追い出された」

「え……彼女は英雄じゃないですか……!」

「平和に英雄は必要なかったんだ」


 一部の人間の努力が評価されず、意気消沈していくメンバー達。

 そんな中で、彼女だけは最後まで信念を貫こうとした。


「敵のことばかり考えて、戦闘経験を失った自警団が腐っていったことに気付かなかった。驚異の消え去った自警団は味方同士で足を引っ張り、昇任争いに夢中になっていった……アルパインフォースは任務の特性上、身分や部隊名を隠していたから、町の住人にとっては全て自警団の功績に見えたんだろう。肩書きだけが独り歩きして、住民から『警備代』と称して税金を取り始め、次第に汚職や賄賂もはびこった。内部告発したメンターは精神状態を疑われ、でっち上げの証拠を捏造された。それを、僕は……」


 人が変わったように気落ちした、メンターの後ろ姿。


『お前はこうなるなよ』

 

 タイラーは声を掛けることができなかった。

 タイラーはソファーの上で握った拳を、反対の手で強く覆う。

 なぜなら——


「2年前に彼女を……すぐに追い掛けなかったことを、今日まで後悔してきた……」

「それは……何か事情があったんじゃないですか?」


 タイラーは当時の決断の鈍さに、口元を歪め、思わず自嘲する。


給与サラリーは良かったんだ。メンターが自警団長と交渉したから……組織を抜けて本当にやっていけるのか、自信も勇気もなかった」

「給与ですか……区民では兵士や警官、消防隊や区の職員しか貰えないので、あんまり実感が湧きませんが」


 さすがは探検家の街だな。


 力や肩書きに依存して、勇気を持って外の世界へ飛び出すことができなかった。


「『西のアルカディアに向かう。そこには安息の地があるらしい』——そう言って、メンターは町から去って行きました。僕は彼女に謝りたい。恩返しがしたい。そして……彼女の正義や信念、やり方を証明したい」


 そのために、ここまで来たんだ。

 それなのに……


「ただ、会いたいと同時に、会いたくない気持ちもあって……」

「大丈夫ですよ」


 微笑みかけてきたカレアの表情は、先程までの涙が嘘のように晴れていた。


「そんなに立派な人なら、きっと……」


 許してくれる。

 そう、信じたい。信じて、進みたい。

 そうだ。

 それを今、思い出すなんて。


「ありがとう……!」


 タイラーは思わず、カレアの手を取り、抱き締めた。


「ちょっと……!」

「諦めないで考え続ければ、辿り着けなくともそれなりの場所へ行ける——それが分かりました」

「そ、そうですか……」


 ◆


 翌日。

 タイラーは空いている寝室を借り、朝食として食パン1枚とコーヒーをご馳走になっていた。


「メンターさんの情報はセネル団長に訊くのが早いとは思いますが、昨日の今日なので、ほとぼりが冷めるまでギルドには近寄らない方が良さそうですね」

「ごめん」

「心配いりませんよ、後がない人間は強いんです」


 花開いたような笑みを浮かべながら、パンを齧るカレア。髪を整えたその様子は、昨日までの鬱屈とした女性とはまるで別人だった。


 やっぱり、メンタルが落ち込んでいただけだ。

 環境で人は変わる。


 ただ、彼女の皿に載っている食パンは半分であり、それに気付いたタイラーは慌てて懐に手を入れた。


「朝食分は払うよ」


 革財布の中身を丸テーブルの上に吐き出す。が、銅貨が1枚転がっただけだった。


「これじゃあパン1きんで終わりですよ——これからどうするつもりですか?」

「荷物を売ったり、働きながら考えるつもりだった。大きい街に辿り着けば、簡単に情報は手に入ると思っていたから。本当はもっと慎重に行動する性格なんだけど、今考えると……焦っていた」

「後でセネル団長と会う算段を考えましょう。私が言うことではないですが、焦ってもメンターさんは見付かりませんよ。この家でゆっくりしてください。と言っても、無職同然の私が紹介できる仕事は無いのですが……」


 なら、手段は一つしかない。

「挑む者が勝ち取る」のだ。


「そう言えば、獣と戦う前に『前衛職ではない』と言っていたけど、メディックは後衛職という意味かな?」

「そうです。前衛職の代表は『ファイター』ですね」

「探検家の仕事内容や、役職を教えて欲しい」

「それなら、また街を散策しますか。ギルド区でなくとも、仕事や役職が何となく把握できると思いますよ」

「助かるよ」

「代わりにフード付きのコート貸してください……髪の色が目立つので」

「もちろん」


 それはお互い様だからな。


 タイラーは頭髪を隠せる服が2着あることに感謝した。


「僕も山岳帽は隠すよ」

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