第4話 ジャングルでの戦い
訓練区域に到着後。
キャンプ設営の練習をする広場の近くで、タイラーは待機していた。
「3月末は探検家志望者の体力測定や適性検査の時期なので、夜間の訓練はないはずです。本格的な基礎訓練は4月からですから……」
カレアと一緒に焚き火を準備した後、タイラーは倒木を椅子代わりにして火を囲う。バックパックの中から腕や首、胴体を保護する防具を取り出し、身に纏う。黒い目出し帽を被り、山岳帽の普段畳まれている部分を展開し、頭部全体を覆う仕様に変えた。
「『樹海の獣は火を怖がらない。弱点は
「そうです。心臓を破壊しても脳内の残留酸素で30秒は動けるので、頭の中心にある脳幹を砕くことが良いみたいですね……ただ、鼻先に目掛けて銃撃でもしない限り、難しいらしいですが」
「脳幹はレモン大のサイズなので、鈍器では難しいですね。顎を揺らしたり、側頭部への攻撃も有効と言っていましたね?」
「はい。脳震盪で倒したり、首を絞めて失神させる方法もあります」
「そこら辺は人間と変わらなさそうなので安心しました」
「力は人間より強いし、毒ガスにも耐性があるので気を付けてくださいね……」
タイラーは脇の刃物ケースに入れたナイフを、刺突専用の鋭利で長い厚みのある物に換装する。その間、カレアはどこからか拾ってきた大量の葉を焚き火に投入し、火吹き棒で空気を送り込み始める。
「その葉は?」
「訓練で獣を呼び込む方法があるんです。獣は草食で、好物はシラカシやクズの葉っぱです。こうすれば香りで誘き出すことができます。危険性を考えて、普段は昼間にするんですけどね……」
「本当に砦の監視隊は動かないのですか?」
「基本的に不真面目なので大丈夫です……勤務成績が悪かったり、出世できない兵士が回される役目らしいので。たまに樹海関係の業者から賄賂も受け取って処分されたりしていますから。それに一度樹海入りした人間をどうにかすることはできません。探検家はギルドに帰還する前に、訓練区域の近くで休息したり、持ち物をチェックしたりする習慣があるので、怪しまれる可能性はないと思います」
パチパチと枝葉が弾ける音と白煙に混ざる形で、何やらブドウのような濃厚な香りが漂ってきた。
「樹海の獣達は夜行性で、集団で襲ってきます。樹冠が多く日陰が多いテーブルマウンテンの上では昼間でも遭遇しますが、密集した木々の無い訓練地域ではほとんど見られません」
「街に来ることはないと?」
「基本的には。ただ5年前、夜間に砦を突破して街へと大挙して押し寄せてきたことがあります。その時、初めて大型の個体が数匹確認されましたが、それ以降は発見されていません」
「災害みたいですね」
「今までは探検家が樹海で出会う危険生物みたいな扱いだったんですが、5年前の獣害事件によってそういう認識になりましたね……」
水の流れる音と虫の鳴き声がしばらく続いた。
「私の両親も5年前に亡くなったんです……家だけは残してくれましたが」
「そうだったんですか……」
タイラーは地元で発生した土砂災害を思い出し、膝の上で拳を丸める。
どうしようもなく抗えないものは、どんな場所でも変わらないんだな。
何か空気を変える話題を探すために、寝静まった木々を見渡す。すると、広場の一角に地面から斜めに突き出ている支柱のようなものがあることに気付いた。良く見ると、支柱の根元は巨大な箱型の何かと接続しており、その箱自体が地中に埋まっている。柱も箱もかなりの年季が入っており、赤茶色に錆びているように見えた。
「あれは?」
「学者の間では、『アルカディアで使用されていた大砲』と言われています。あの太くて長い部分の中から巨大な砲弾を打ち出していたのではないかと。『オーパーツ』というらしいですよ」
「掘り出さないのですか?」
「ああいうものは樹海の中に良くあるんです。苦労して掘り出したところで、用途不明の錆びの塊が出てくるだけです。それでも中央政府は買い取ってくれるので助かりますが……中にはオーパーツの呪いで掘り出した探検家が急死した、なんて噂もあります」
呪いという単語に、タイラーは鼻で笑った。
「面白いですが、僕はあんまり信じない性格でして」
「私もくだらないと思っています。ちょっと前までは『手術は神への冒涜だ』とか言って、医療行為も禁止されていたんですよ?」
「面白い話ですね。その人が病気になった時を見てみたいです」
「真っ先に治療を受けたらしいですよ」
二人で少し笑った後、しばらく沈黙が流れた。
が——
「……なかなか現れませんね」
「うーん……やっぱり、もう少し樹海側で呼び込みしないと駄目——」
刹那。
笛の音が樹海の奥から鳴った。
一定の間隔で、何度か響いてくる。
「あれは——獣の襲撃から助けを求める合図です……!」
「行きましょう」
焚き火に放り込んでいた
「私は前衛職じゃないのでお願いしますよ!」
「危なくなったらすぐに逃げます」
草木をかき分け、泥濘を進み、入り組んだ林に入る。
唐突に、開けた場所に躍り出る。
地面に落ちたランタンが負傷した男女と、襲撃者に立ち向かう一人の女性剣士を照らしていた。
この3名は昼間のギルドで……
「ちくしょう、カレアじゃねえかよ……!」
「助けて……」
両脚が離断してうつ伏せになっている女と、自身の千切れた片腕を押さえている男を尻目に、タイラーは敵対すべき相手を松明で照らし確認する。
筋骨隆々の四肢。
死人のような土気色の肌。
頭皮にべったりと張り付いたボサボサの髪の毛。
浮浪者のような着ているうちに入らないズタボロの衣服。
そんな集団が、片手に石斧や槍を持っていた。
獣というより、野人に近いな。ただ、鋭い爪や牙はなさそうだ。
「これが『獣』ですか?」
「そうですが、これは多過ぎます!」
背丈はタイラーと変わらないが数は7、8体いた。
加えて、背の高い女性が対峙している1体は、巨大な枯れ木のような怪物。
身長だけで言えば、成人3人分。
手足は骨張って細長く、頭髪は地面に引き摺るほど長い。
が、長い鋭利な鉤爪のせいで、二回り以上は大きい化け物に見えた。
「逃げましょう!」と、カレア。
「ふざけんな!」
「おいていかないで……」
獣達の視線は、タイラーに。
暗闇で光る両眼は不気味で、2つの星明りが地上で蠢いているかのよう。
「大型個体もいます、無理です!」
「カレアさんは先に逃げてください」
獣達はタイラーを挟み撃ちにするため、背後に回り込もうとしていた。
狩猟本能か。
大型個体らしき怪物は両腕を振り回しながら、足元に潜り込んできた女性を蹴り上げ、正面の樹木まで弾き飛ばす。
こういう時は、先に雑魚から片付ける。
左右から振ってきた斧を避け、後ろを取られないようにサークリング。
松明を奥にいる獣に投げつけ、怯ませる。
その隙に一番近い獣に鉈を振り下ろす。
が、想像以上の反応速度で仰け反った獣が、あっさりと刃を避ける。
銃が使えたとしても、この速度で動かれたら当てるのは楽ではないな。
一気に突進してきた他の獣の攻撃を捌き、蹴り飛ばして距離を取った。
ただ反射神経が良いということは、フェイントに掛かりやすいということだ。
タイラーは横から連続で斬り付けてきた獣の行動を観察しながら、顔面目掛けて鉈を振りかぶる。
屈むことを意識した獣の表情を、タイラーは見逃さなかった。
行動自体は単純だ。
鉈の軌道を変え、下段に現れた獣の顎を刃先が捉えた。厚みのある刀身がヒット。真横に伸びた身体が復帰してくることはなかった。
ここら辺は経験で打開できそうだ。
2体目、3体目——4体目。
凶刃をかわし、攻撃に強弱をつけ、獣のパターンを見切る。
単純なパターンしかない。知能は高くないらしい。
それでも諦めずに挑んできた最後の1体を投げ飛ばし、刺突用ナイフを顔に突き立てる。全体重を掛けて柄を胸で押すと、痙攣を経て獣は脱力した。
後は——
穂先に短刀を装着したような武器で怪物を牽制している女性を確認。その後、息を整えながらタイラーは敵の背後に回り、女性に呼び掛けた。
「挟み撃ちにしましょう!」
「分かった!」
前後への警戒が必要になった怪物は、広場の中心から遠ざかり始める。入り組んだ藪を背に相対しようと考えたのだろう。
それを阻止するために、槍使いが行く手を阻み、追い立てる。タイラーは長い爪への恐怖を押し殺し、一気に懐に侵入。離れようとする大型個体のカーフを斬り付けた。が、信じられないほどの硬質な肉に弾き返され、手が痺れる。
マズい——
跳ね上がった巨脚を地面を転がり避けた瞬間、柳のような手で胴体を掴まれる。万力のような圧に肺の空気が押し出されると、怪物は浴槽に何本もの包丁が生えたような口を開けた。
僕を食う気か……!
途端、怪物の手から解放される。受け身を取ると、槍使いが怪物の口内に松明を投げ入れたことが分かった。
そうだ、感覚器官は柔らかい。なら——
姿勢を崩し、夢中で火の粉を吐き出している個体にタイラーは接近。妖しく光っている眼に刃こぼれした鉈を投擲。刀身が突き刺さり、巨人は吠えて暴れ出した。
違う武器を——
「逃げろ!」
唐突に周囲が煙臭くなっていく。視界が不明瞭になり、ナイフを抜いたタイラーは袖で口元を覆った。
煙幕……?
「タイラーさん、他の探検隊です……!」
肘を掴んできたカレアに向き直ると、松明やオイルランプを持った集団が広場に現れたことに気付いた。既に倒れていた男女は救助され、一緒に戦っていた剣士も探検隊に回収されている。
「逃げなかったのですね」
「呼び込んだのは私ですから。まさかこうなるとは……タイラーさんが全滅させたんですか?」
「まだです」
が、問題の大型個体は踵を返し、樹海の中へと駆けて行った。僅かに地鳴りを残しながら去っていく。
「……戻りましょう」と、カレア
「そうですね」
足早にその場を去ろうとタイラー。すると、探検家達が口々に話し掛けてきた。
「あなた達は? 大丈夫ですか?」
「はい、もう帰ります」と、カレア。
「1人で殺ったんだろう? あっちにいる『ファイター』から聞いたよ、相当有名な探検家なんだろう?」
「誰にも言わないから教えてくださいよ、名が売れてからこっそり腕試しする上級もいるって聞くし、隠さなくても……!」
適当に相槌を打ち、タイラーは目を伏せながら歩く。人相は山岳帽と目出し帽で完璧に隠していた。松明を持ったカレアを先頭に、帰路に就く。
その時。
「あいつらの顔、知っているか?」
「女の方は去年の試験で……セネルさんは?」
「……あの山岳帽、見たことがある」
危機的な雰囲気から脱する前に、カレアの正面に男が立ちはだかった。
「待て、ギルドのワッペンとバッジを見せろ」
「はい」
「お前じゃない、後ろの奴だ」
どうするか……
「4人1組じゃなければ、最低でも中級もしくは上級のはずだ」
タイラーに救いを求めるように視線を送ってくるカレア。
自分だけなら逃げ切れるが、彼女もいるとなると——
「君は『
「アルパインフォース」という単語に、タイラーは思わず反応する。1人の人物が前に出てきた。くたびれた旅人のような、風貌の白い髭を蓄えた男性で、初老に見えた。
「私は『セネル探検団』の代表だ……同じ帽子を被った人物に、救われたことがある」
まさか……
「それは、女性ですか?」
「そうだ」
「背が高く、日焼けした?」
「ああ」
くそ、こんなタイミングで……
「とにかく、ギルドに報告しましょう」と、探検家の男。
「そうだな——君も何か事情があるのかな?」
どうすることもできないタイラーは、ただ静かに頷く。
「行かせてください」
その言葉に、探検家の男が詰め寄ってくる。
「それは——」
「良いぞ」と、セネル。
「え?」と、探検家の男。
タイラーはカレアを急かし、呆気に取られた団員達の間を縫うように、広場を切り抜ける。
機を失う前に、ここから立ち去ろう。
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