主人公は父の話をする

 見慣れない天井だ。そういえば今日はベティルブルグ家の領地に行くために宿に泊まっているんだった。すっかりあの家がいつもの日常になってしまったことがなんだかうれしい。今日は私とお姉ちゃん、それに養父様だけの朝食をもらう。別にベティルブルグ家では食事中に会話をしてはいけないわけではないのにいつも以上に会話が少なく感じる。いつもならセシリアたちがそばに仕えてくれているからだろうか。

 そういえば、昨日はお姉ちゃんたちの昔話を聞いたんだった。お姉ちゃんの可愛らしいエピソードも聞けたが、それ以上にカティの話が衝撃だった。理不尽な扱いを受けたのにも関わらずしっかり前を向いて生きているのが眩しく思えた。私はまだ少し昔のことを引きづってしまっている。勝手に人に疎まれているというのはとても辛いことだ。おばさんからのあの視線を忘れることができない。

 そんなことを考えていたらいつの間にか食べ終わっていた。きっとおいしい料理だったろうに、なんだかもったいない。今日は私の昔の話から始まると思うんだけど、いつの話をしよう。お父さんが死んでからだと暗い話になっちゃうし、なんだか不幸自慢みたいになっちゃいそうだからお父さんが生きてたころの話をすることにしよう。


 朝食を終え少しの休憩をはさんだ後にようやく馬車に乗り込み出発する。最近天気が崩れることもなく、今日も晴れているため予定通り今日の夜にはベティルブルグ家の領の屋敷に着けるそうだ。席に着くなりカティに話しかけられる。


「じゃあ、今日はソフィアの番からだね。何かいい思い出ある?」


「そうだね。じゃあ、今日は私のお父さんの話をしようかな。」


「……ソフィアの御父上と言うと前モントディッシュ辺境伯かしら。」


「よく覚えてるね、お姉ちゃん。私のお父さんで前のモントディッシュの領主だった人。今はもういないけど、優しくて強くてかっこいい人だったんだよ。」


「私もお父様から聞いたことがあるわ。辺境伯の強さは王国でも随一だろうと。」


「そうなの。お父さんは今の私の2倍くらいおっきくて腕も私の太ももぐらい太くて、小っちゃいころはよく持ち上げてもらってた。一緒に馬に乗らせてもらったり、肩車してもらったり。」


「それは、大きいね。実際に見たら驚いちゃうだろうな。」


「ふふふ、でもね、全然怖くなかった。私が何かいたずらしてもね、仕方がないなって笑ってた。私が、お父さんの後ろからこっそり近づいて驚かしても、びっくりするだけで怒られたことはなかったし。」


 今思えば、お父さんは私に付き合ってくれていたんだろう。あんなに強いお父さんが私の気配とか足音に気づかないはずがないもんね。


「それに誰に対しても優しかった。お姉ちゃんには言ったと思うけど私の元いた領地はすごい田舎でさ、まだまだ発展しきっていないところも多かったの。だから、魔獣の被害や作物の不作だったりいろいろ課題があったの。そんな時、お父さんは自ら出向いて領民から事情を聞いて税を下げたり魔獣を討伐したりしてた。」


「そう。領主自ら動くことはなかなかできることじゃないわ。」


「そうみたいだね。あそこでは、ほとんど貴族と平民の壁みたいなのはなくて、私も平民のみんなに混じっていっつも遊んでた。お父さんもそれを笑って許してくれたし、何ならむしろ遊んで来いって言われてたし、収穫祭のときは領のみんなでお祭りをして盛り上がってた。ここに来るまではそれが当たり前だと思ってたから、そうじゃないのが不思議。」


「そうね。そこまで、貴族と平民が近い距離にいるのは珍しいでしょうね。」


「そうだよね。でもね、お父さんは常日頃からこう言ってたの。『ソフィア、領地に一番大切なものは何だと思う? それはね、領主でも土地でもなく民なんだ。民の心が領地から離れればその領地はどれだけ栄えていてもいずれ滅びてしまうし、民の心が領地にあればいくら時間がかかろうとも必ずその領地は復活する。』と。だからお父さんはいつも民とともにあったし、民のために戦ってた。最期の時もそうだった。」


最期まで、領民のために戦っていたお父さんは領地に現れたドラゴンと相打ちになって死んでしまった。本来はドラゴンなんて、王国の騎士団が総力をかけて戦い、それでも大きな被害を出して撃退できるものらしいから、とてもすごいことらしいがそんなことは関係ない。たった一人の家族が死んでしまったのだ。


「……ソフィア、貴女。」


「あはは、ごめん、ちょっと湿っぽくなっちゃったね。でももう大丈夫。私の自慢のお父さんは私がちゃんと覚えているから。私の話はこれでおしまいかな。ほら、次は何を話す?」


「……そうだね。じゃあさ、姫やソフィアが普段学校で何を学んでいるか教えてよ。行くことがないから興味があるんだよね。」


「そう? いろんなことを学んでいるけどやっぱりねあれが面白かったかな。」


 ~~~


 少し昔の感情に引っ張られすぎてしまって空気を重くしてしまった。なるべく明るく話すようにしていたのに失敗してしまった。カティがそれを払拭するように、すぐに話題を転換してくれた。その後、少し気を使わせてしまったけど、すぐにいつも通り話し合えるようになった。

 そうして、今日は予定通りベティルブルグ家の屋敷に着くことができた。道中は好きな食べ物や嫌いな食べ物、私たちの普段の学校生活やセシリアたちの普段の生活、いろんな話をした。これまで以上にお姉ちゃんたちのことを良く知れたいい日だった。着いた後は、夜も遅かったため軽めの食事を取り、簡単にお風呂に入ってすぐに寝室に案内された。ベッドに入り、今日のことを振り返る。お父さんが死んでしまった後は、本当に辛い日々だった。それでも今は、新しい家族とも呼べる人たちができた。これからはこの家族までも失わないようにがんばろう、そう思い眠りにつく。

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悪役を演じたい悪役令嬢は、メイドに阻止される ヘス @tm256

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