隠密は今を話す

「ソフィア、良かったも何もここに僕がいるんだから、死んだわけないだろう。それにこの話はハッピーエンドだって言っただろう。」


「でも、自分ではどうしようもないことで虐げられる辛さは私も少しは分かるから。」


「……そう。まあ続けさせてもらうよ。それで助かった僕はシスターにもう死なないでと言われたから死ぬこともできなくなってしまった。どうしようかと思っていた僕にある貴族の使いだっていう人が訪ねてきて、僕を引き取りたいとのことだった。」


「それが、ベティルブルグ家だったの?」


「そう。ベティルブルグ家の従者を名乗る人は、もし僕が望むなら僕をベティルブルグに連れていくと言ってくれた。その時はまだ、なぜ僕を引き取りたいのか分からなかったけど僕はすぐについていくと答えた。実際に連れていかれたのはその翌日の夜のことだった。」


 孤児院のみんなには僕が死んでしまったと伝えているらしい。生きていると知っているのは、院長先生とシスターだけで他のみんなには伝えないようにしてもらっているらしい。だから僕もみんなには会うことができない。でも、ベティルブルグ家が僕を引き取る際に孤児院に資金を提供してくれたから昔よりいい生活ができているらしい。それに、今はもっと大事な人たちもいるからもう未練はない。


「じゃあ、無理やり連れられてきたわけじゃなかったのね。」


「そうなんだよ、姫。ずっといつか言おうと思っていたけど言う機会がなくてね。昔だったら僕の意思で来たと言っても姫は信じていなかっただろう。」


 実際僕が連れてこられた直後に姫にも会っていたが、その時は孤児院に未練があったからそれが態度に出ていたのだろう。姫はおそらく僕が無理やり連れてこられたと考えたのだろう。いろいろと僕のことを気にかけてくれていた。時間が経ち、姫やセシリアと信頼関係を築けた後にそれを訂正する機会もなかったから今日言うことができて良かった。


「……そうかもね。でも本当に良かったわ。我が家が貴女の人生を壊してしまったのではないかと思っていたから。」


「そんなことは決してない。むしろ僕の人生を救ってくれたのが姫の家だった。連れられてきた僕は、魔無しでもできるメイドの仕事を教わった。そうして時間が経ったある日どうして僕が引き取られたかの理由を教えられた。それはね魔無しは隠密に向いているということさ。」


「隠密?」


「そう、隠密。これはソフィアも秘密にしてもらわないと困るんだけど、魔無しには通用しない魔法がいくつか存在するんだ。例えば通常の索敵魔法や魔術では、魔無しを見つけることはできない。通常の索敵魔法などは、自分の魔力を薄く広げて反発がないかを探すものだからね。反発する魔力を持たない魔無しを見つけることはできないんだ。他にもいろいろあるんだけど今は省かせてもらうね。ソフィアもこれからいろいろ魔術を習う過程で見つけられるものもあるかもしれない。というわけで、それからというもの従者としての修行と隠密としての修行をしながら今があるってことかな。」


「そうだったんだ。」


「うん。だから僕が言いたかったのは、今の僕があるのは僕の意思であって他の誰かに強制されたりしたものじゃないってこと。僕は、姫たちに会うことができて良かったと思ってる。」


 本当は良かったでなんて済ますことのできないほど姫やセシリアには感謝している。それにソフィアが来たことにより姫にもいい影響が出てきた気がする。


「そう。私もカティと家に来てくれて良かった。いつも助かっているわ。ありがとうね。」


「私だってまだ短い付き合いだけど、カティに会えて良かったよ。」


「ふふっ、なんだか言わせてしまったみたいだね。まあとにかく、長くなっちゃったけど僕が言いたいことは言えたかな。僕は、姫専属だけどもし何かあったらソフィアも僕に相談してくれて大丈夫だからね。できる限り協力するから。」


そう言うと、セシリアが外を見て何かに気が付いたようだ。


「そろそろ一日目の目的地に着くようですね。」


「じゃあ、ソフィアの話はまた明日かな。長々話しちゃってごめんね。それにしてもセシリアも僕に何か言ってもいいんだよ。」


「何かとは何ですか? 全く、最初に会った時より妙に自己肯定感だけ高くなってしまって。」


「ホントつれないな~。まあセシリアだから仕方がないか。」


 そんなこんなで馬車は止まり、僕たちは馬車から降りる。部屋割りは、姫とソフィア様はそれぞれ一人部屋で、僕はセシリアと同室だ。いろいろと支度を終えた後に晩ご飯をいただく。今日はいつもと違い、姫たちには姫たちだけで食べてもらい、従者は従者たちだけでいただく。時間短縮のためだ。お風呂やもろもろを終え、就寝の時間になる。


「ねえ、セシリア。私のことさ、正直どう思ってる?」


「どうしたんですか、急に? 貴女らしくもない。」


「いやなんかさ、あんな話をした後からか、ちょっと心細くなったっていうか。セシリアにとって僕はちゃんと役に立ててるのかなって思ってさ。」


「……はあ、全く。一度しか言いませんよ。正直貴女が来たときは別になんとも思っていませんでした。貴女と共にリリィ様を支えていくように言われましたが、貴女ではできないことも多いですし、私がより一層頑張らなくてはと考えていました。けれど、時が経つにつれ貴女も私たちに心を開いてくれてリリィ様の良い話し相手になってくれましたし、細かいところに気が付く貴女のおかげで助かったことも少なくないです。何より、そうですね、私にはこうして話せるような存在はいなかったので、貴女には感謝していますよ。」


「……セシリア。」


「ほら、もう寝ますよ。明日も早いのですから。」


「……うん。おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 そう悪くは思われていないとは思っていたが、そんな風に思ってくれていたとはなんだか顔が熱くなってしまう。なんだかんだ言って僕の人生で一番関わりの深い人はセシリアだ。セシリアが先輩として道を示してくれたし、孤独な夜に寄り添ってくれたのもセシリアだった。僕だって姫のことは好きだから姫の役に立ちたいけど、たぶんきっかけはセシリアが姫のことを支えていたからだと思う。みんなが幸せになれるような未来が来るといいななんて思いながら今日が終わる。

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