隠密は過去を話す

「うーん、そうだな、何を話せばいいかな。」


 姫が始めた昔語りが僕の番になってしまった。姫が突拍子もなく変なことをするのは今に始まったことではないので慣れてはいる。そういえば、姫とセシリアに昔の話をしたことがなかった。知り合って間もない時は二人のことを信頼できなかったし、信頼できるようになってからは話す機会もなかったからだ。


「みんなも知っているように僕はもともと孤児院の子だったんだよね。それもベティルブルグ領じゃなくて王領の孤児院出身だったんだ。」


「へえ~、そうだったんだ。」


「ソフィアには言ってなかったか。そう。でも、別に貧しい生活をしていたとか、苦しかったとかそういう感じではなかったかな。孤児院のみんなも優しくて、決して豊かではなかったけど満たされていたと思う。ある程度大きくなってからは僕も皆を手伝うようになったいった。」


 孤児院の人数はだいたい10人ほどで、大人は院長先生ともう一人シスターがいてみんなで協力して生活していた。院長先生が自分のことを僕っていうから僕も一人称が僕になってしまった。


「孤児院では鶏を飼ってて、鶏たちに産んでもらった卵を売って生計を立てていたんだよ。だから、もっぱら僕の役割は鶏たちのお世話だったんだよね。なかなか大変なんだよ、鶏のお世話って。飛んでいかないだけましだけど小屋の中を動き回って折角敷いた藁とかぐしゃぐしゃにしちゃうし、いろんなところに卵を産むから踏まないように気をつけなきゃいけなかったから。でも楽しい日々だった。ずっと孤児院で育っていくんだろうなと思っていたよ。でもね、それは5歳の時に終わってしまった。」


「どうして?」


「それは、……ねえ姫、ソフィアに言ってもいいかな?」


「……いいわよ。ソフィアは秘密を言いふらしたりはしないだろうし、何よりソフィアはもうベティルブルグ家の者、知る権利があるでしょう。」


「もちろん。人に言ったりしないから。」


「ありがとう、姫。あれだよ、5歳の時にさ適性検査があっただろう。ソフィアもやったでしょう?」


「そうだね。はっ、じゃあもしかしてカティも希少な属性が見つかったから?だからベティルブルグ家に来たの?」


「惜しいんだけど、実際は全くの逆。僕にはどの魔法にも適性がなかった。つまりね、僕には魔力がなかったのさ。」


「魔力が?」


「そう、からっきし。全くね。まあ判明する前から僕だけ明かりの魔道具が使えなかったり、簡単な魔法すら使えなかったけど、まさか本当に魔力を全く持ってないなんて思ってなかったよね。今の世はたくさんの魔道具によって便利になったと思うけど、魔道具を一つも使えない魔無しの僕にはすごい生きづらい世の中だよね。」


 料理をするときだって、明かりをつけるときだって掃除をするときにも魔道具は必要になる。孤児院のみんなは魔法の適性がばらばらだったから役割分担をして頑張っていた。でも僕には、何もできなかったからせめてみんなの役に立てるよう鶏のお世話を頑張っていた。それは魔道具を使えなくても多少薄暗い程度であんまり支障はなかったから。


「もし僕が貴族だったら、魔無しって分かった瞬間に殺されていたかもしれないし、普通の家だったとしても捨てられていたかもしれないから元から孤児で良かった。まあ、魔力の適性はともかく有無自体は5歳にならなくても調べられるから、それが理由で捨てられていたかもしれないけどね。」


 そんな風に僕がおどけて言うと、ソフィアは悲しそうに眉を下げて何かを言おうとするも言葉にならない様子だった。姫も表情は変わらないものの悲しそうにしている。唯一セシリアだけは、いつも通りな様子だ。


「そんな悲しそうにしなくて大丈夫。この話はハッピーエンドだからさ。僕が魔無しって分かった後も院長先生やシスターは変わらず僕に接してくれたし、他のみんなも優しかった。でもね、ちょうどその年は国全体が不作の年だったんだよ。まあ不作と言っても食糧不足になるほどじゃなくて、価格が上がるくらいのね。それが孤児院には致命的だった。少なくとも無能な子供を一人養っていく余裕はなくなってしまった。」


 僕より少し年上の子たちは、もうすでに学校に通いながらいろんなお店で働いていた。魔法の才がある子なんかは特待生として王立学園に行く子なんかもいた。でも、僕は魔無しだったから学校に行っても魔法の授業では何もできなかったし、魔無しをわざわざ雇ってくれるようなお店はなかった。


「院長先生たちは気にせずにここで暮らしていけばいいって言ってくれたけど、毎晩、院長先生は悩んでいたのを見ていた僕はそんな風には思えなかった。それに、魔無しに対する差別も相応にあったからね。もう孤児院のみんなに迷惑を掛けたくないし、何よりこのまま生きても辛いから、あの時は僕が死ねば何もかもが解決する、そう思っていたのさ。」


「そ、それでどうしたの?」


「どっかで見たことがあったのか、なぜか当時の僕は死ぬなら首吊りだって思っててまだみんなが起きていない早朝に、ロープを首に巻いて死のうとしたんだ。そうしたら思いの外音を立ててしまったのか、シスターが起きちゃって間一髪助かってしまったのさ。」


「良かったあ。」


 ソフィアは心底安心したように息をつく。姫やセシリアも少し驚いているようだ。そんなに感情移入して聞いてくれるのはうれしいが、僕にとってはもう過去の話だからもう少し気を楽に聞いてほしい。

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