第54話 生きる場所

 あの脱出劇から二週間。

 俺は伽羅奢のお母さんにお呼ばれして、伽羅奢の実家に来ていた。夕飯を一緒に食べましょう、というお母さんからのお誘いだ。

 伽羅奢と一緒に彼女の実家へ出向くと、そこには伽羅奢の両親と共に例のおじいさんも居た。


「乙ケ部愛音。これまで伽羅奢が沢山世話になってきたらしいな。感謝する」

「いえ、とんでもないっす」


 伽羅奢の祖父はしわくちゃな顔で背中も若干曲がっているけど、眼光は鋭く、睨まれた俺は逆にピッと背筋が伸びた。だいぶ怖い顔をしている気もするが、一応お眼鏡にかなったのだろう。


 広くて綺麗なダイニング。

 大きなダイニングテーブルにはおじいさんとお母さんペア、俺と伽羅奢ペアが向かい合って座り、伽羅奢のお父さんは一人で端に座っている。

 机の上には和洋折衷なご馳走が所せましと並んでいた。お母さんが朝から張り切って準備したと言うだけあって、どれもこれもすごく美味い。

 お母さんはサラダを取り分け、おじいさんに手渡しながら言った。


「あの時、警察を山へ連れて行ったのは大正解だったわね。さすがお父様だわ」

「だろう? 人生経験が違うんだよ、人生経験が」


 おじいさんが片側の口角を上げながら俺を見る。帯金の元へ単身で乗り込んだ俺に対するマウントか? お母さんがその光景を眺めて微笑んでいる。


「私ね、あの日、桜木不動産を出てからお父様のおうちへ向かったの」

「あ、じゃあお母さんの言ってた帯金について知ってる人って」

「そう。お父様」


 確かに、一番身近で一番知っていそうな人物だ。


「そしたら、愛音くんから『帯金の所有する山へ行く』って連絡がきたから、私、慌てちゃって」

「だから俺が警察を呼んでやったんだ」


 お母さんの話を奪うように、おじいさんが話し始める。


「『孫娘が誘拐された』って言ってな。警察の馬鹿どもは半信半疑だったが、『また帯金の悪事を野放しにするのか!』と怒鳴ってやったらやっと動きよったわ。相変わらず腑抜けた奴らだ」

「怒鳴ったんすか、警察相手に」


 誘拐の確証もなかったはずなのに、強気なおじいさんだと思う。そこまで出来る事がすごい。半信半疑ながらも付き合ってくれた警察の方にも感謝だ。

 俺は伽羅奢を盗み見た。ひとり黙々と蟹をつついている伽羅奢。時折見せる彼女のたくましさは、おじいさん譲りなのかもしれない。


「あ、そうだ伽羅奢。スピーカーおばさんにもお礼を言わなきゃ。あの人、伽羅奢が軽トラに乗ってる姿を見てたんだよ。で、帯金の『ここだけの話』を色々教えてくれた」

「見ていた? ああ、あの時か」


 蟹をつつく手が止まる。


「帯金の母親を軽トラで迎えに行った時だな。確かに、秋山さんを見かけた気がする」

「なにぃ? 帯金の母親だぁ?」


 伽羅奢の呟きに、おじいさんが血相を変えて机に手を打ちつけた。


「あの忌々しい帯金博の女房か! あの女も絡んでいたのか!」

「絡んでるもなにも、主犯はたぶんあの女だろう。マザコン息子は母親の言いなりで実行役をしていたに過ぎないと思うのだよ」

「なんだと?」


 伽羅奢が蟹の甲羅を殻入れにポイと放りなげる。皿に盛られたボイル蟹の中から爪部分を探し出し、またそれをほじくり始めた。


「あの男、それほど私を恨んでいるようには見えなかったのだ。食料は腐るほど持ってきたし、わざわざ痛めつけようとか、犯そうとか、そういう素振りは見せなかったのだよ。あの男は恨みを晴らすというより、ママに頼まれたから、ゲーム感覚で私を捕えていたのではないかね。ただ、母親の方は私たちをかなり恨んでいる様子だったがね」


 伽羅奢の話におじいさんはワナワナと手を震わせる。


「あの忌々しい帯金の小童こわっぱどもめが! ゲーム感覚だと? ふざけおって! いつまで俺たちを苦しめれば気が済むんだ、このっ」

「お父様、落ち着いて。お水飲んで。はい、深呼吸」


 お母さんは慣れた手つきでおじいさんをなだめた。おじいさんは顔を真っ赤にしたまま、帯金博について悪態をつく。


 帯金博。

 おじいさんの話によると、その男は伽羅奢の祖母を殺した事件後、相当ひどい人生を歩んできたようだ。

 事件後、働かずに飲んだくれた博は、手当たり次第に女性を犯しはじめた。それらをすべて示談に持ち込み、金の力でなかった事にする。まるで悪魔にとりつかれたかのように、そんな愚行を何度も繰り返していた。

 それに手を焼いた博の両親は、博を無理矢理結婚させた。所帯を持てば大人しくなると思ったのだろう。相手はもちろん、伽羅奢を監禁した男の母親である。

 だけど博は何も変わらなかった。財産を食いつぶし、帯金の名前を地に落とすだけ。そして博は妻と子を残して死んでいった――。

 話を聞くだけでも最低な男だと思う。


「ある意味、あの母親も被害者だったのだな」


 伽羅奢がポツリと呟く。


「でも、だからってこんな事をして許されるわけがないだろ」

「それはそうだ。だが、環境の影響はデカいのだな、と思ってな」


 伽羅奢の食事をする手が止まっている。

 言われてみれば確かにその通りだ。

 もしもあの母親が帯金博と結婚していなかったら、きっと今回の事件はなかった。それに、あの母親が息子に変な入れ知恵をしていなければ、やっぱり今回の事件は起きなかっただろう。


 生きている場所、関わりのある人々、それらによって自分の人生は変わっていく。

 自分一人の力で生きていると思っていても、知らず知らずのうちに人生は環境の影響を受けている。


 だったら、やっぱり生きる場所は自分で選ばなくちゃいけないと思う。

 自分が幸せになれる場所。生き生きと過ごせる環境、仲間。それを選ぶのは自分自身だ。


「私は、これからも愛音と同じ世界で生きていきたいと思う」

「お、どうした急に」


 あの伽羅奢が珍しく俺を尊重するような事を言う。槍でも降るんじゃないか?

 茶化そうかと思った俺は、伽羅奢の真剣な顔を見てやめた。


「あれから考えていたのだ。私が『生きたい』と願う世界はどんな世界か。私が私らしくいられる社会。そのままの私が認められる社会。考えてみれば、それを叶えてくれるのは愛音だな、と思ったのだよ」

「お、おう。まじか」


 顔が熱くなる。俺は慌てて水を飲んだ。

 面と向かって認められると結構照れるもんだよな。伽羅奢の家族に見守られているから尚更だ。


「そして思ったのだが、逆に愛音はどんな世界を望むのかね?」

「え、俺?」

「そうだ。私は愛音と共に生きていきたい。だが愛音はどうだ? 愛音の望む世界に、私はいるか?」

「あー……」


 保育園時代、特別な友達になった伽羅奢。可愛くて、正直で、自慢の幼馴染。

 今までも、これからも、それは変わらない。


「うん、そうだなあ。今までと同じ世界がずっと続いていったら良いかな」

「ということは、つまり?」

「これからもよろしくお願いしますってこと!」


 伽羅奢が「そうか」と言って微笑む。

 そうだよ、伽羅奢。伽羅奢になら俺は、「馬鹿か?」って言われるのも、そんなに悪くないんだ。

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