第4話 交渉上手と指南役


 アーヴァスの武術指南が始まった。

週に3日の護身術と剣術の指南、父がよこした護衛つきだったが

ハーヴァにとっては有意義な時間だった。


 アーヴァスが指南中、護衛は立っているだけで一歩も動かない。

ハーヴァはちょっとした悪戯心が湧いてきた。


『そこの貴方! お名前は何ていうのかしら?』


 ハーヴァは護衛に尋ねる。


『はっ! 私はバルゼルと申します!』

『そう…ではバルゼル! 貴方アーヴァス様と

 組手をして御覧なさいな』


 あまりの唐突な言葉に一瞬止まるバルゼル、

アーヴァスも動揺した。


『お嬢様! 私は護衛でありまして

 彼と力比べをするような指示は受けておりませぬ…』


 ハーヴァはバルゼルの言葉を無視してアーヴァスに請う


『アーヴァス様、先程教えていただいた

 襲ってくる相手の力を利用して引き倒す技

 私、今ひとつ自分では理解できませんでしたの

 ですのでバルゼルとの組手で横から見せていただければ

 解るかも知れません!』


 ハーヴァの提案に乗ろうとしないバルゼル。

そこでハーヴァは強めに伝える。


『バルゼル…私は貴方の腕前を存じません…

 貴方はアーヴァス様が狼藉を働くかもと予想した

 お父様が私につけた護衛…』


『つまりはアーヴァス様と同等、

 もしくは彼より強くないと仕事にならないと言う事ですが?』


 ハーヴァの言わんとしてる事を理解したバルゼル。


『分かりました…ではアーヴァス殿…』


 そう言って進み出るバルゼル、

アーヴァスの顔はとても面倒臭そうだった。








 組手の結果は3戦2敗で、バルゼルの負けだった。

なんとかもぎ取った1勝もバルゼルとしては

手加減されていた気がした。


『アーヴァス殿…………完敗です

 これではお嬢様の護衛など到底務まりそうもありません

 明日には旦那様に護衛を辞する旨伝えます…』


 沈痛な面持ちのバルゼルにハーヴァは声をかける。


『バルゼル…そんな事言わないで下さい、今回は私の我が儘でした』

『しかしお嬢様…自分はアーヴァス殿には到底勝てそうもありません…』


 バルゼルの言葉に少し思案するハーヴァ、

アーヴァスは少し嫌な予感がしていた。

そして思案が終わったのか先程まで難しい顔していた

ハーヴァが花が咲くような笑顔になる


『なるほど…でしたらバルゼルも指南を受けたらいいじゃないですか?

今勝てないなら強くなれば良いだけではなくて?』


 尤もな意見だった。


 そしてハーヴァは続けて語る。

今勝てないなら、次勝てるように強くなれば良い

今日負けても、明日に強くなって挑む、

それで負けても明後日にはもっと強くなれば良い


 諦めなければそれは負けではない、勝ちへの途中なのだと。


 ハーヴァの言葉に目から鱗が落ちる様子のバルゼル

そしてアーヴァスに頭を下げ指導を願いでる。



 次の指南の日からアーヴァスの指南相手は二人になった。






 アーヴァスが来ない日、

それはハーヴァの見合いが進む日でもある。


十一人、十二人、十三人


十四人、十五人、十六人


 どの相手もパッとしないと感じるハーヴァ。

たまに剣を披露する相手も居るがアーヴァスとの指南で

目が肥えてきたハーヴァにとっては驚くどころか落胆すらしてしまう。


 おそらく彼らは世間一般では素晴らしい相手なのだろうが

まるで煙突から煙漂うを町を見てるぐらいハーヴァは退屈だった。







 四度目の指南の日、

バルゼルはある書冊を持ってアーヴァスに尋ねる。

それはこのあたりで一般的な武術書で

書かれている内容とアーヴァスの教えが異なったので

それについての意見を聞こうと言う事だった。


 苦笑いをするアーヴァスは答える。


『すまぬバルゼル殿…それがしは文字が読めぬのだ…』


『そうでしたか……そうなると、この書とアーヴァス殿の

 剣術の比較が難しいですな…』


 残念そうなバルゼルに詫びるアーヴァス

その光景を見ていたハーヴァはひとつ提案をする


『アーヴァス様…先日から考えていたのですが

 指南の相手が二人になったのに

 私には報酬を増額する権限がございませんでした』


『そこでです…もう二日程来ていただく日数を増やし

読み書きを私達がアーヴァス様に

 お教えすると言うのはどうでしょう?』



 父には指南の報酬の件は了承を得ているが

まさかバルゼルも指南を受けているとは言えない。

それ故に報酬の増額を請う事もできず、

少しばかりハーヴァは心苦しかったのだ。



 しかしアーヴァスはその提案を断ろうとする。

本当はアーヴァスも読み書きを学びたいとは思っていた。

文字が読めぬ事で旅先で苦労したことは一度や二度ではない

だが見合いの中の娘の屋敷に、殆ど毎日出入りするのは

気が引けた。


 普通はそこで納得するものだが相手は我が儘姫だ。



『領主の娘で雇用主である私の提案、それをを断ると…?』



 それを言われるとアーヴァスは頷くしかなかった。


 ハーヴァはその日の夜には領主である父を説得する。

同じ報酬で二日も指南の日を増やせるのは大変益があると。

娘が上手く交渉したのであろうと商人の感覚でつい二つ返事をしてしまう領主。


 そうしてハーヴァは退屈な見合いの日数を減らし

有意義なアーバスとの時間を増やす事に成功したのだった。


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我儘女と名もなき剣士 カナル @canal-moat

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