第3話 強引女と雇われ剣士


 ”剣士アーヴァス”と会ってから数日後

"才姫ハーヴァ”の見合いは再開される。


 八人、九人、十人。


 悪くは無い男も混じっていたが気乗りがしない。

見合いに来る男達は当然”己の良い所”や

“自分の故郷良いところ”を語る。


『嘘っぽい…』


 しかしハーヴァにはそれが

虚飾の話しの様に聞こえるのだ。


 知らない土地、食べた事のない物、

剣を持った時の事


 どれを聞いても”本当”が聞けた気がしない。

まるで書物や人づてに聞いた出来事の様に

ハーヴァは感じてしまうのだった。




 しばらくしてからアーヴァスと会う約束の日が来た。

ハーヴァはその日もお菓子やお茶でもてなす用意をしていた。

その日、アーヴァスは雨でもないのに笠を被りやってきた。


 ハーヴァは前回途中だった話しを聞きながら

アーヴァスの話しに耳を傾ける。

特にこの日は西方の国の果物の話題になった。



それがしが西の方を回っていた時に風邪をひいてしまった事がありましてな

 その時に宿の者にすり下ろしてもらった赤い果物を食べると

 翌日にすぐ良くなりまして…この辺では見かけないのですが

 あまりの旨さにそれがし、その味が忘れられませんでなぁ』


『それはおそらくリンゴと言うものですわね

 この町にはありませんが、解熱作用があるとかで

 北の方では風邪を引いた者に食べさせる習慣があるとか…

 逸話によく登場する果物だとか…』


『おぉ…お嬢様は博識ですな!

 確かに現地の絵本にも赤い果物の話しがありましたな』


『まぁ…絵本にも果物の逸話があるなんて知りませんでしたわ!』



 アーヴァスの話しにハーヴァが尋ね。

ハーヴァの答えを聞いて博識だと褒めるアーヴァス。

剣士の口から出る言葉は全てが真で虚飾など欠片もなかった。


 話しが弾んで時があっと言う間に経つ。

そして出ている菓子が無くなり、父の帰宅の時間が近くなる。

今日はそろそろかと思い、

次の約束をしようとハーヴァが切り出した時アーヴァスは語る



『お嬢様…それがしの様な学の無い者を招き、

 さらに金子までいただくとは本当に感謝しております。

 しかし、聞いた所ではお嬢様は見合い中との事…

 それがしの様な、どこの馬の骨とも知れぬ者を

 さしたる用でもないのに屋敷に招いては

 良からぬ風聞もたちましょう…。

 そうなってはお嬢様やお嬢様の伴侶となられる

 御仁にも申し訳ありませぬ』


 アーヴァスの言う事は一理あった。

事実、ハーヴァは侍女長のウィズに釘を刺されている。

大した用でもないのに旅の男を何度も屋敷に招くのは

いかがなものかと。


 今はいいが、いずれ父である領主に

露見した時にどう言い訳するのかと。


 しかしこれほど楽しい話しができるアーヴァスと

二度と会えぬと言うのは耐え難かった。

他の者にとっては大した事がなくても

ハーヴァにとってはアーヴァスの話しを聞くのは

今は十分どころか最も大事な用事である。



 そこでハーヴァは考えた、

皆も認める大した用にしてしまえば良いと。





『分かりました

 アーヴァス様が言われる事、もっともだと思います。

 でしたら私に武術や剣術を指南してくださいませんか?』


 今ひとつ理解できないアーヴァスを置いてハーヴァは話しを続ける。


『指南役となれば当家に来ていただくのは当然です。

 それに雇うのですから当然報酬は必要ですよね?

 そしてその合間に私とお話ししてくれれば良いのです。』



 領主の娘の指南役なら屋敷を訪れて

何もおかしい事はないし当然報酬も必要だ。


 しかし首を縦に振らないアーヴァスに

少し茶化すように尋ねるハーヴァ。


『何か急ぎで故郷に帰る必要があるのですか?

 いい方がお待ちになっているとか?』


『いえ…特にそのような事では…』


 煮え切らない答えのアーヴァスに

領主の娘たるハーヴァは最終手段を使う事にした。



『……なるほど…

 確たる理由も無いのにもかかわらず

 

 それをを…?』


 大事な部分を少し強調して伝えるハーヴァ。


 自分はまがりなりにも領主の娘。

アーヴァスがこの町に滞在する以上、

逆らって良いことはない。故に彼は提案を呑むであろうと。



 自分の状況を理解したアーヴァスは

苦笑いしなが快諾し、その日は屋敷を後にした。



 父に指南役を雇う事を伝えるハーヴァ

しかし父はすぐには首を縦にふらなかった。


 だが粘り強く説得するハーヴァに

最後は娘の頼みともあって

念の為”剣士”が来る日は護衛つきで

指南を受ける事を渋々許可したのだった。

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