第2話 我儘才女と無学の剣士


 新たな”旅人”が町にやってきた。


ここ最近は見合い相手の男達か

それに付いてきた付き人か行商人ばかり、


 ”才姫”の噂が広まってからは

"旅人”がこの町を訪れる事は少なくなっていた。

ハーヴァは少し興味が出てたので父に”旅人”を招くように願い出た。


 しかし父は〈見合い中〉の娘に目的も解らない

旅の者を会わす事を良く思わず、ハーヴァの願いを断った。

父に自分の願いが通らなかった事に腹を立てたハーヴァ。





 ハーヴァは考える。

〈見合い中〉の自分は子供の頃のように家を抜け出して

直接話しを聞き行くなどという事は立場上難しい。

それに父にも断られてしまった、

しかし”止められるとしたくなる”のが人の性だ


『ねぇ…ウィズお願いがあるのです』

『あまり無理な事は仰らないでくださいね』

『旅人をご存知ですか?』

『旅人など町に何人もおりましょうに』

『いえ…先日わざわざ嵐の日に来た旅人の事です。』

『あぁ…あの天気も読めないような愚か者ですか…』


 旅人や行商人は天気の変化に敏感である。

道すがらで嵐に会ったりすると場合によっては

命の危険すらあるからだ。


 それを気にしないのはよほどの愚か者か

旅慣れた者だ、しかしウィズは前者だと認識したようだ。


『私はその方からお話を聞きたいのです』

『いつものアレですか…』

『何とかお父様に内緒でその方の逗留先を

 調べて、何とか屋敷に招いてほしいのです』





 そう言ってハーヴァはウィズに頼んで”旅人”の逗留先を調べさせた

そして文を書き、使いに持たせて走らせた。


 ふみの内容はこうだ


==========================


 急なふみを失礼します、私はこの町の領主の娘です。


 私は外の事を何も知らず育ってきました、

 それ故、外のことを知りたいと思っております。

 後学の為にも、貴方が旅で巡って来た地や旅中で出会った出来事の

 お話しなど聞かせていただけないでしょうか


 お時間がよろしければ明後日の夕刻に我が家に

 お越しいただけないでしょうか


 お茶やお菓子にお料理そして僅かではありますが

 報酬の金子をご用意しております。


==========================


 いくら自分が領主の娘であるとは言え。

ふみひとつで来てもらうのだ、ハーヴァは丁寧に文をしたためた

そして符牒となる木簡も一緒入れた。



 ”旅人”が来るであろう時間が近づいてくる

今日は父は仕事で家に居ない。

侍女達には符牒を見せてきた者を通すように伝えてある


 料理も用意した、もし”旅人”が悪意ある者だったとしても

腕に覚えの家中の者を呼んである、ハーヴァの準備は完璧だった。


 しかし時間になっても”旅人”は来なかった。

いくら待っても来なかった。そしてのまま一日を終えた。



『この私が無視された…だと…?』

『おいたわしや…お嬢様…』




 ハーヴァは傷つくプライドと

憐れむウィズを横においておいて考えた。

急なふみで怪しまれたのかも知れないと。

もしかしたら都合が合わなかったのかと。


 ハーヴァは再度、ふみを出す事を決めた。

そして使いの者に来なかった理由も尋ねるようにと言付けた。


 しばらくして使いの者が帰ってきた。

ハーヴァは尋ねる。何故”旅人”が約束の日時に来なかったのかと。

使いの者は答えた、”旅人”は文字が読めなかったと。



『ウィズ…文字が読めぬ者など居るのですか…?』

『はい…この町はそれほど居ないと思いますが

 辺境の村や郷ではそれほど識字率は高くありません』



 ハーヴァは少し驚いた。

何故なら文字の読み書きが出来るのは

当たり前だと思っていたからだ。



『私は”旅の方”に失礼な事をしてしまったのかしら…』



 しかし事情を知って機転を利かせた使いの者は

文が読めない"旅人”に代わってハーヴァの文の内容を口頭で伝えた。

そして次は訪ねると言う返答をもらって来た。







 そして”旅人”が訪れる予定の日。

約束の時間より少し早く”旅人”は訪れた。

符牒見せられた侍女は”旅人”を少し待たせた。


『お嬢様、例の者が来られたと』

『分かりました、今向かいます、

 先にお部屋にお通ししておいて』


 そう言ってハーヴァは”旅人”が待つ部屋へ向かった。


 ”旅人”が待つ部屋に入ると短髪の大柄な男が座っていた。

身なりは旅装だが少々くたびれた感がある。


『初めまして旅の方、私、この町の領主の娘のハーヴァと申します』

『この度はそれがしのような者をお招きいただき感謝いたします

 それがしは…アーヴァスと申します。』


 そしてアーヴァスはふみが読めなかった事を丁寧に詫てきた。


 ハーヴァはそれを聞いて、自分も世間知らずだった事を謝った。

そして用意した料理や酒などを出すようにと女中に伝えて

アーヴァスに旅の話しや巡った地について聞き始めた。


 ハーヴァはアーヴァス多くの事を聞いた。

ここよりはるか西の方の国の事、そしてそこで出会った人の事

出会った出来事や美味しかった食べ物や酒。


 そしてアーヴァス自身の事も聞いた

旅の中で獣や野盗に襲われて戦った事。

そしてそれを見込まれて国から仕事を受けて戦い、武勲を立てた事。

しかし戦いの余り、剣が使い物にならなくなってしまった事

そして剣を直しにこの町にやって来た事。


 アーヴァスはどうやら”剣士”のようだった。


 彼が語る話しはハーヴァが聞いたどの話しも興味深かった。


 綺羅びやかでも、学のある話しでもなかったが

アーヴァスが見たものを彼自身どう思いどう行動したか等

何の飾りもない語りだったがそれ故にハーヴァの興味を引いた。


 見合いでする話しの何倍も楽しかったと感じた。


 酒も少し回った頃、

ハーヴァの元に父が帰ってくる旨が伝わる。

まだ話しを聞きたいハーヴァだったがここでお開きとする事にした。


 しかしまだ聞きたり無いと感じたハーヴァは尋ねる


『アーヴァス様、まだまだ聞きたい事が沢山あります

 またいずれお呼びだてしても?』

『えぇ…それがしの話しをこれほど喜んで聞いていただけるとは

 旅をしてきた甲斐があります、しばらく町におります故いつにでも』



 そう言ってハーヴァは”剣士アーヴァス”に次に会う約束をにとりつけたのだった。


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