我儘女と名もなき剣士

カナル

第1話 我儘女と旅の人

 あちらこちらの煙突から煙が漂う町、どこからでも聞こえる金属を打つ音。

窓の外を眺める1人の少女はこの光景も音も嫌いだった。


 ここは鉱山のふもと町、アシュムル。

掘り出した鉱石とそれを使った剣で

生計をたてる町、その町の領主の1人娘、それが少女の身分だった。


『ハーヴァお嬢様、旦那様がお帰りになられました。』

『うん、今行く』


名前を呼ばれた少女”ハーヴァ”は父である領主の帰りを迎えるため

自室を出て屋敷の入り口へ向かう。

そしてその後ろには侍女長であるウィズが付き従う。


『お父様、お帰りなさいませ』

『ただいまハーヴァ、迎えに出なくても

 私から部屋に行ったのに…そうだ、お土産があるんだよ』

『有難うお父様、楽しみにしてますわ』


 領主とその家族は少女をとても大切に育てた。

綺麗な部屋、都からのと寄せた美し着物、珍しい髪飾り。

乞われれば何だって与える。

ハーヴァはまさに玉のように大切に大切に育てられた。


 だがハーヴァはこの町がそれほど好きではなかった。

窓の外には常に立ち込める炉から出た煙と煤っぽい空気。


 時折聞く、町の話しは大体が鉱山の話し。

それか剣や武具の出来栄え

そしてそれが売れるかどうかの話し。


 小さい娘が聞くにはあまり面白いものではない。

それ故に少女は母や侍女に何か面白い話しは無いかと

よくせがんで、困らせた。


 あまりにも大切に大切に育てられた少女は

いつの間にか少し我儘に育ってしまったのだ。


それでも父や母は少女の思いに応えようとする。


 ハーヴァの願いを何でも聞いてやりたい父は

町の外から時折やってくる行商人や旅人を招いて

娘に町の外の話しをしてやってほしいと頼んだ。


 町から出た事の無いハーヴァは喜んだ。

行商人が来たと言えば、すぐに呼んでほしいと言い

旅人が訪れたと聞いては皆が止めるのを聞かず

少女自ら逗留しているところに赴くと言う。


 そして彼らが町を出るときにはとても名残惜しんだ。


 ハーヴァは思う。いつか町の外を見てみたいと。

この鳥籠のような部屋から、煙ただよう退屈な町から…と。


 少女は何時か町を出る時の事を考え

様々な勉学を始めた、鉱山の事はもちろん

遠い都や町、そして他の国の事。

算学、歴史、果ては医学や薬学、兵法まで。


 そして外から訪れる人の話しに耳をかたむけ

様々な質問をしてさらに知識を深めていく。


 少女が年頃になった頃、

周りでは彼女の事を”才姫”と呼ぶようになっていた。

そしてその噂は町の外にも伝わった。


 ”才姫”の噂は他の郷や町に伝わりさらに噂を呼ぶ。

そして有力者達の耳にも入り、「それほどなら」と

思う者たちが縁談を申し込んできた。


 父は喜んだが”ハーヴァはあまり嬉しくなかった。

彼女は考えたのだ。結局今の”鳥籠”から”別の”鳥籠”に移るだけなのではと。


『ねぇ…ウィズ、ウィズは旦那さんと町で知り合ったのよね?』

『ええ…そうですよ、当時は町で5本の指に入る鍛冶職人でしたね』

『そっか…ウィズは自分で選んだのよね…』

『お嬢様…』


 何も知らない飼い主の”鳥籠”になど

とうてい入れないとハーヴァは考えた。

しかし父にも立場がある。ただ断ると言うのも有力者達に角が立つ。


 そこで”ハーヴァ”は父に条件を出す。


『お父様、多くの縁談は嬉しく思うのですが

 私はこの家から殆ど出た事なく不安なのです。

 ですから私自身に嫁ぐ殿方を選ばせてはいただけないでしょうか?

 一番に私を幸せにしていただける方の下に嫁ぎたいと思います。』


 一領主の娘にしてずいぶんだが

自分の事を溺愛する父の事だこの条件なら、通るだろうとハーヴァは考えた。


 そしてこの我儘は難なく通った。


 それからハーヴァの下には様々な有力者や

その子息達が見合いを目的に訪れる、

時には父より上の"位"のものさえやってくる。

結婚にいたる条件を自ら出すような女子に興味を持ったのだろうか。


一人、二人、三人と見合いの相手と話しやお茶をしたりする。

一人目は自分の治める土地の良さ、

二人目は武功の話し、三人目は学問の話し。


…つまらない訳ではなかった…興味が出なかったわけでもない。


 でもハーヴァにはピンと来なかった。


土地の話しは知っている。そしてその土地はそれほど

暮らしやすそうではない事を、

少なくともこの町の方が暮らしやすい事を知っている。


 武功だって一人で打ち立てたモノなのか怪しい。

有力者の息子がそんな戦場の最前線に立つわけがない。


 そして学問の話しをした相手は残念ながら

ハーヴァの問いや会話についてこられるほど学を収めていなかった。

しかしそこから問いや学びを得ようとをしてくるなら良かったが

彼はとたんに機嫌をそこねた。


 とうてい彼らとは幸せになれるような気がしない。

ハーヴァはそう考えた。しかし会う機会もう一度作ってみたが

やはり彼らの印象は変わらなかった。


 四人、五人、六人、七人。

それでもハーヴァの心を打つような男は現れない。

父も少し心配になったのか、少し休もうと言い出した。


そして見合いを数日休んだ頃、

ある嵐の日に新たな”旅人”が町にやってきたとハーヴァは耳にする。


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