第3話

 岩穴の中は湿った空気が満ちていた。

道は一本きりで迷うことはないんだが……武器ひとつない状態で、どうやって魔王を倒せというんだ?

 

 というか武器になりそうな木切れが落ちてないのは仕方がないとしても、小石の一個すらも落ちてないというのはどういうことだ?

ここは岩穴だろ?

 

 ぶつぶつ文句をつぶやきながら前へ進んでいくと、突然後ろから声をかけられた。

[あの!言い忘れてましたけど]

 

 「うわあっ!」

なんだよ、さっきのネコ耳じゃないか。

脅かすなよ……って、ここまで入って来れるのかよ?こいつ。

[言い忘れてましたけど、指令ミッションのクリアには、もうひとつ条件がありまして]

 

 「条件?」

[はい。魔王に出会ってから三分以内に倒さないとクリアとは認められませんのでご了承ください]

「は?たったの三分?」

 

 [さようでございます]

「そんな……たった三分。って、どうやって時間確認するんだよ」

戦いながらスマホ取りだして時間確認なんて器用な真似は、オレにはできない。

スマホを持ちだしてからは腕時計もはめていない。

 

 [時間は自動音声でカウントダウンしますから問題ありません。以上でございます]

それだけ言うとネコ耳はパッと姿を消した。

瞬間移動できるんだったら、自分で倒しに行けよ。

 

 岩穴を進むと、急に広い場所に出た。

天井も高いが、地面も深くえぐれている……ほのかに甘い香りがした

のぞきこむと、ピンク色の液体のようなもので満たされている。

「ここを渡らないと向こう側へ進めないけど、どうやって渡れっていうんだよ?」

 

 〖マオウニソウグウ マオウニソウグウ カウントダウン スタート〗

「はあっ?魔王?どこに!!」

目に映るモノは、下のピンクの何かだけで──と、そのピンク色の表面がざわざわと動き、一部分が盛り上がったかと思うとオレにむかって襲いかかってきた。

「こいつが魔王?!」

 

 ──と、いうわけでオレは三分以内に魔王を倒さないといけない。

回想シーンに二秒使ったから厳密には二分五十八秒。

ビタッ!

ピンクの腕みたいなものがオレの足元を叩いたかと思うと、飛沫をオレの顔に飛ばしてそのまま元に戻っていった。

 

 顔についた飛沫を指でぬぐう。

ぶよぶよして、ねっとりしている。

「ゴムか?これ。こっちに伸びてきてたし……意思があるゴムってか?それかスライムみたいな?」

 

 うわ、厄介そうだな。

ゴムかスライムかわかんないんモノ倒すのって、どうやりゃいいんだ?

燃やせば燃えるだろうけど、タバコなんて吸わないからライターは無いし。

それにゴム燃やしたら、めっちゃ臭いんだよな。

 

 クン……指についた飛沫のにおいをかいでみた。

ゴムのにおいはしない。

それどころか、甘いにおいがする。

「もしかして……ゴムじゃなくガム?」

口に入れる勇気は、持ち合わせていない。

 

 〖ノコリ ニフンサンジュウビョウ〗

「これがガムだとしたらもしかして、あれは大量のガム?それも噛まれた後の……」

さらに厄介なやつじゃねえか!

靴底についたらはがれないし、うっかり髪の毛についたりしたらその部分を切らないといけない。

 

 〖ノコリ ニフンニジュウビョウ〗

魔王の正体がガムの化け物だなんて。

こういうモノだから“奥にございます”って言ったんだな。

いや、それより倒す方法を考えろよ?オレ。

 

 頭をフル回転させながら、オレは眼下のガムの化け物を倒す方法を考えた。

学校のテストの時なんかじゃないくらい考えた。

ジーンズのポケットには、スマホと小銭入れ。

あとは家の鍵……どれも武器にはなりそうもない。

 

 考えている間も、ピンクの化け物は腕のように自分の一部をオレに向けて伸ばしてくる。

捕まえられたらかなわない。

オレはピンクの腕から逃げ回るので精いっぱいだった。

 

 〖ノコリ ゴジュウビョウ〗 

「!しまった!!」

とうとうオレの左足が、ピンクの腕につかまれてしまった。

腕はそのままズルズルと伸び、オレの胴体に巻きつくとオレをそろそろともち上げた。

 

 オレの身体は、ピンクの塊の中央部分に運ばれた。

(もう、これまでか?)

死にたくない──両手で顔を覆った。

 

 カサッ

小さな音が、シャツの左胸から聞こえた。

(なんだっけ?ここに何か入れたか?)

ポケットをさぐると、セロハンにつつまれた四角いものが出てきた。

今日寄った飲み屋でくすねてきたものだ。

 

 もしかしたら。

オレの頭にひとつの案が浮かんだ。

うまくいくかどうかはわからない。

でも、子どもの時のアレがおきてくれたら──もしかしたら。

 

 〖ノコリ サンジュウビョウ〗

オレの真下のピンク色がうごきだし、大きな丸い穴をあけた。

あそこにオレをとりこむつもりだろう。

だったら、今だ。

 

 オレは四角いものからセロハンをはぎ、いったん口に含んですぐに穴をめがけて吐きだした。

 

 〖ノコリ ジュウビョウ〗

 

 ……ダメか?なんとなく小さくなっている気もするが。

 

 〖ノコリ ゴビョウ〗

 

 [#%※&§ΔΦ……]

 

 ドサッ

 

 声にならない叫びのようなものが聞こえたかと思うとガムの化け物は消え、オレは地面に投げ出された。

 

 パンパカパーン

[おめでとうございます。指令をクリアされましたので、再度扉をくぐる権利が与えられました。またのご利用をおまちしています]

ファンファーレとともに声がして、目の前に木の扉が突然あらわれた。

オレは迷うことなく扉を開けて外に出た。

 

 

 

 

******

 

 

 

 「おーい、さとし、大丈夫か?」

「お前、飲みすぎなんだよ。ほら」

目の前にプルタブが開いた缶コーヒーが差し出される。

オレは右手で受け取って、一気に飲み干す。

 

 「お前さあ、こんなとこで寝るなよな?」

「こんなとこって?」

周りを見回す。

オレがくぐった木の扉があった路地裏だ。

 

 ──戻って、これた!

「よっしゃぁ!戻れたぞ!!」

「は?何のことだよ?聡はずっとここにいたぞ?なあ、まこと

「うん。急に座り込んで寝ちゃうから驚いたよ」

 

 「はぁ?んなわけない。オレはたった今異世界から無事にもどってきたんだぞ。ちゃんと指令ミッションどおりに魔王を倒して。そうだ、動画!動画はどうしたんだよ?」

「聡こそ何言ってんだよ?異世界とか動画とか、なんのことだよ?」

 

 「え?だって、オレ罰ゲームでそこの木の扉から異世界へ……」

指さした先はふつうのブロック塀で、木の扉なんかどこにもなかった。

「起きてまで夢見てるんじゃねえよ。ほら、帰るぞ。家まで送ってやろうか?」

 

 「いや、いい」 

健たちと別れて、オレは帰途についた。

「くっそぉ!あのネコ耳野郎!健たちの記憶を消しやがったな。……それとも、ほんとに夢だったのか?」 

 

 いや、違う。

 

 オレは握ったままの左手を開いた。

そこには、くしゃくしゃになったセロハンの包み紙が握られていた。

スナックでテーブルの上に乗っていたチョコレートの包み紙。

 

 

 

 

 子ども時代の思い出がよみがえる。

チョコレートとガムを一緒に食べて、ガムが溶けた思い出が。

 



 

 

 

 

 

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんなオレでも異世界に行った。そして無事に帰ってきた!文句があるか?野郎ども!? 奈那美(=^x^=)猫部 @mike7691

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ