黒板にQRコード、それを読み取ると
シンシア
黒板にQRコード、それを読み取ると
私のホームルーム教室にある黒板。
その左下の角。そこにはチョークで書かれたQRコードがある。
「少し離れて真っ直ぐ読みとってね!!」
と一文が添えられていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼らに勧められるまま、私はスマートフォンをスラックスのポケットから取り出してカメラを起動する。
画面に表示される四角い枠組みに合うようにスマホを前後に動かしてQRの四隅にピッタリと合わせる。
すると、ブラウザアプリが起動して何やら4G回線を通して一つのサイトに繋がった。
白い画面は上から徐々に赤いページが表示されていく。
流れ出すのは聴き心地が悪いが耳にこびりついたイントロであった。
私はすぐに音量ボタンに手をかけて連打する。
繋がった先は私のYoutubeチャンネルであった。
これは私が高校二年生の時の話。
六月の第一日曜日。
プロポーズの日に私がボーカロイドと呼ばれる音声合成ソフトを使って作った曲をYoutubeに初投稿しました。
何故この日なのか。
ちょうど完成した時期が六月だったのです。
六月の花嫁。
結婚する二人の幸せを願うみたいなテーマで歌詞をつけたからです。
音楽の知識が無いどころか、苦手なものですから、なんとか形にするまでに二年以上かかった自信作でありました。
動画や個人サイトをたくさん見ながら、やっとの思いで完成した曲。
簡単なコード進行を淡々と引くピアノ。
四つ打ちのドラム。
一音だけ伸ばしっぱなしのベース。
音痴なメロディを歌う下手な機械の声。
ワンコーラス(一番)のみで1分4秒と非常に短い曲。
今見ても、当時の自分から見ても曲として成立しているかも怪しい完成度でしたが、自分もボカロPになれたのだという嬉しさに満ち溢れてたのを覚えています。
初投稿を終えて、ウキウキな気持ちで一週間が経った頃。
ふと、放課後にホームルームの教室を覗くと二人のクラスメイトが何やら黒板に書いているのです。
教室に入ると私は驚きました。黒板に設置されているプロジェクターを使ってQRコードを書いていました。
私の姿を見るなりそれを読み取ることを進めるのです。
そうして冒頭の話に繋がります。
私はどんな反応を返したら良いか分かりませんでした。
そこそこ大きさのあるコードでありましたしすぐに消してほしいと言い出すことができませんでした。
それに加えて彼は私の製作の状況を知っている唯一の人でありました。
LINEのひとことメッセージ欄にパソコンで音楽を作っている人にしかわからない程度の言葉で進捗具合を書き込む。
ということをやっていたのが原因で彼だけは私がボーカロイド曲を作っていることを知っていました。
クラスメイトといいつつも、音楽の話をしたり地元も近いという共通点からそこそこ自分としては仲の良い関係だと思っていました。
ここで縁を切られたく無いという浅はかな気持ちから私は強く消すことを要求できませんでした。
次の日登校すると、当たり前のようにQRコードはあります。
そしてうっすらと聞こえるのです。私の曲が。
悪ふざけで何人かが読み取りに行っている様子を私は見ていました。
時折私の席に、曲聞いたよ笑。という雰囲気で報告をしにくる人にありがとねーと笑顔を振りまくことしか出来ませんでした。
なんで私は笑わなきゃいけないのだろう。笑わないと、恥ずかしさと悔しさなのか。判別できないグルルとした感情のせいで涙が出そうになるのです。
私に見えるように再生とページ読み込みを繰り返して再生回数を工作する人も。
結局三限ぐらいまでQRコードは残っていました。
運良く黒板に関心がない先生の授業が続いたためです。
ヒヤヒヤとして気が気ではありませんでした。
私はこのQRコード作成に関わっていないですが、この先につながる世界は私のチャンネルページですから、すぐ黒板の裏側に自分がいるような感覚がするのです。
一度QRコードを読み取れば、自分の裸の画像がある。というのは言い過ぎかも知れませんが、それと似たような感覚です。
ただ私は音楽を投稿する人に対して強い憧れがあったので、焦がれて止まないアノ人であれば作品は見られてこそ!
こんな状況は笑って吹き飛ばすとそう信じた私は平気なフリを装いました。
その後は板書を山程書く教師の手によって消されました。
それからしばらく何故かクラス外からボカロPと小馬鹿にしながら私のことを呼びにくる輩がいましたが、すぐになくなりました。
人の話題とは一過性であることもこの時知りました。
良いことも続かなければ悪いことも続かないのがこの世界です。
私は意地になって、その後もチャンネルを消さずに同じチャンネルで投稿を続けましたが、聞いたという報告を受けることはありませんでした。
どうしてもここで負けたくなかったのです。
作品を晒しものにされる時、どんな顔をしてどんなことを言ったら良いのか今でも分からないです。
大切なものなのです。
見てもらいたいものでもあるのです。
それと同じくらい私は作品を見られたく無いという思いもあります。
鏡写しの自分のようでなんだかとても恥ずかしいのです。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
自分のチャンネルページをQRコードにされるという黒歴史でした。
黒板にQRコード、それを読み取ると シンシア @syndy_ataru
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